物理実験を行うと、ほぼ例外なく、理論とはある程度の食い違いが生じます。これは、非常に単純な実験(たとえば高校の物理実験など)であっても、理論との微小なずれが生じることが一般的です。この差異の理由を考察すると、例えば「温度の変動」「測定のタイミングのわずかな差異」「ノイズの影響」など、さまざまな要因が考えられます。このような場合、2つのアプローチがあります。1つは、その実験を説明する理論を修正し、これらの要因を考慮して新たな理論を構築するアプローチです。もう1つは、できる限りこれらの要因を排除し、実験を理論に近づけるアプローチです。このような実験は、理論からずれる要因を考えられる限り排除した「シンプルな実験」といえます。

このような「シンプルな実験」をすると、何が分かるのでしょうか?それは、より微細な要因による理論との食い違いが測定できれば、新しい物理学を明らかにできます。例えば、原子は特定の波長の光を吸収することが知られています。光の波長を横軸に取り、原子が透過した光の強度を縦軸にとるグラフを吸収スペクトルといいます。吸収スペクトルは、通常1本の線のように見えますが、微視的に観察するとある程度の幅に広がっています。これは、原子内の熱運動によるドップラー効果の影響です。さらに詳細に調べると、複数のスペクトル線が観察されます。これは原子内の電子のスピンや同位体の影響に起因します。それをさらに詳細に調べると、より多くのスペクトル線が分かれています。これは原子核のスピンによる影響です。このように、精密な測定を行えば、より微細な影響(新しい物理学)を発見できる可能性があります。要するに、精密な測定によって、どんな物理現象も観察できる可能性があると言えます。

図1: ルビジウム原子の吸収スペクトルの例。通常はここにあるスペクトル線を全部まとめて1本の線として観測される。緑の丸で囲った部分は、原子核のスピンの影響でさらに細かく分かれている。

しかし、シンプルな実験はいうほど簡単ではありません。例えば温度が変化しない環境を整えたり、振動がない条件を確保したりするためには、多くの努力が必要です。そのような例として、理論的にシンプルな光を作ることを考えてみましょう。物理学の理論においてもっとも基本的な光は、単色正弦波の光です。つまり、単純な三角関数の波動で表される光です。このような単色正弦波の光は理論的には非常に扱いやすいのですが、現実にはこのような光は存在しません。それは、宇宙が誕生する前から存在し、宇宙が終わった後も永遠に存在し続けるという完全な正弦波がないからです。理想に近い現実の光は、非常に長い時間にわたって正弦波として振る舞う光です。この正弦波の持続時間をコヒーレンス時間と呼びます。たとえば、太陽光のコヒーレンス時間は約10-14 秒程度であり、発光ダイオードの光でも約10-12 秒程度です。それに対して、レーザー光は非常に長いコヒーレンス時間を持つことがあり、短いと約10-9 秒、長いと10-6 秒になることがあります。しかし、これでもまだ理想の光からは程遠いといえます。このようにコヒーレンス時間が短くなる理由は、レーザーの温度変化、外部からの機械的振動や音、電源のノイズなどです。このような要因を取り除いたり、キャンセルする仕組みを組み込むことで、1 秒以上の長いコヒーレンス時間を持つレーザー光を生成できます。

図2: 基準となるレーザーに対して、別のレーザーの周波数変動を1 Hz以下に抑えたときの、レーザー間の差の周波数測定の例。コヒーレンス時間が1秒以上になっている。

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