慶應義塾の理念に、「自我作古」という言葉があります。これは、前人未到の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓するという、勇気と使命感を表した言葉となっています。このためには、一人ひとりが想像力を高め、真理を追究する姿勢が何よりも重要となります。さらに、前人未到の領域において「道を拓くために目標となる方向性を定めること」を意識し、困難や試練が待ち受けていても「努力を継続すること」を心掛け、また開拓して得られた事象に対して「価値を見出すこと」が必要となります。これは、曾國藩の引用として解釈されている、白川静氏の「志・恒・識」の姿勢にも通じるものと考えています。理工学部・理工学研究科での学びをもとに、一人でも多くの皆さんが世界に飛躍できることを信じております。
慶應義塾の精神は、「独立自尊」という言葉に集約されています。まず、一人一人が独立した個人として、他人に付和雷同するのでなく、自らの理想を掲げて自分自身の判断と責任で行動することが基本となります。当然ですが、一人一人が理想とするものは決して同じとは限りません。しかし、独立した個人の意見であれば、異なる多様な意見を自分のものと同様に尊重して、自由な気風の中で議論することによって、組織や社会の理想を皆で追求する。このような多事争論を踏まえ、自ら行動することで社会の先導者となることを、慶應義塾では伝統としてきました。
科学技術に対する高度な知識を有するだけでなく、自分自身で考えて正しい判断ができ、自己と他人の尊厳を守って行動できる科学技術者を育成すること。生涯にわたって活躍の場を広げてゆくための、教養、専門知識、そして交友関係を得ることができる環境を提供すること。これが我々の理想とする理工学部における教育です。
理工学部は11学科で構成されていますが、1年生の段階では専門分野を特定せず、学門という広い枠組みで入学します。そして、科学技術者として基礎となる数学、物理学、化学、生物学、科学実験、プログラミング、語学、総合教育科目(人文科学・社会科学)などの科目を学びます。これは、理工学部が創立以来貫いてきた、「すぐ役に立つ教育はすぐに役に立たなくなる」という基礎重視の考え方に立脚しています。専門分野や学科の特徴に関する知識を増やした後、2年に進級するさいに、自分の興味と適性を自分自身で判断して、学科の選択を行います。各学科では、基礎力を充実させつつ、より専門性の高い科目を履修するカリキュラムが用意されています。また、学部3年生以上が履修する総合教育科目が設置され、理工学の知識を身に付けた段階で改めて科学技術者の道徳観や倫理観について考える機会を提供しています。4年に進級すると、指導教員を決めて卒業研究に取り組むことになります。
国際的な人材育成のためのプログラムも豊富に用意されています。総合教育科目には、日本語と英語で時事問題や学術について議論するグローバルリーダーシップセミナーがあります。標準的なカリキュラムの他に、短期留学、派遣交換留学、ダブルディグリープログラムなど多くの国際交流プログラムがあり、国際的な観点から物事をとらえる機会を提供しています。理工学部ダブルディグリープログラムは、学部3年に進級する段階でフランスの名門理工系グランゼコールに入学し、フランスのエリート学生とともに2年間学んだ後、慶應義塾大学大学院理工学研究科に進学することで2つの大学の学位取得を目指すものです。欧州トップクラスであるドイツのアーヘン工科大学でドイツ語と工学の両方を学ぶ研修、欧米大学サマーセッションとの単位互換、米国企業でのインターンシップなど、留学開始時の語学力が文系ほど問われない理工系の利点を生かし、意欲ある学部生が留学を体験する様々な機会が用意されています。
理工学部の1・2年生は他学部の学生とともに日吉キャンパス、3・4年生と大学院生は隣接する矢上キャンパスに通います。この特徴を生かし、日吉キャンパスでは他学部の学生とともに授業を受ける科目も設置されています。外国語教育研究センターでは最上級の英語や、様々な外国語に関する科目が履修できます。教養研究センターでは、研究論文執筆・発表を日英両言語で学ぶ科目や、文化・音楽・芸術に関する様々な教養科目が設置されています。また、日吉キャンパスは各種課外活動の拠点でもあり、多くの学術・国際交流・芸術・スポーツサークルがあり、理工学部生も所属しています。矢上キャンパスの理工学部体育会はもとより、慶應義塾全体の体育会に所属して活動する理工学部生も増えています。大学生活においては、広い交友関係を得ることも重要であり、理工学部は多様な人的ネットワークを形成する環境に恵まれています。
学部卒業生の7割ほどが慶應義塾大学大学院理工学研究科に進学します。残りの3割の進路は、企業への就職と国内他大学院への進学が主ですが、海外有名大学院への進学者も増えています。このことは慶應義塾大学理工学部の教育が世界で高く評価されていることを示しています。
理工学研究科は3つの専攻で構成され、大学院生はいずれかの専攻に所属します。一方、履修する科目については、主専門関連科目を中心に全専攻で開講されている200以上の科目から自主的にカリキュラムをデザインすることができます。大学院生を対象とした総合教育科目も設置されています。
理工学研究科では、研究室において最先端の研究に従事することになります。中央試験所、マニュファクチュアリングセンターなどの共通施設では、最先端研究を支える様々な機器を利用することが可能です。さらに、総合大学の利点を生かし、専門をまたいだ複数の学部による医薬工連携、文理融合研究が積極的に行われています。また、先端科学技術研究センターを中心に産官学連携を推進し、研究成果の社会還元を図っています。学術的な成果は一流の学術誌や国際会議で発表されていますが、後期博士課程はもとより、修士課程の大学院生も海外で開催される国際会議に参加して自らの研究成果を発表しています。
将来、国際的舞台で活躍するためには、世界レベルで最先端の研究環境を経験することが大切です。理工学研究科は先端科学技術国際コースを設置し、英語のみで科目履修、研究遂行、論文執筆をして学位が取得できる制度を整えています。これにより、多くの欧州トップクラスの理工系大学院とのダブルディグリープログラムが実現し、大学院生が欧州の提携校に渡って国際的環境で最先端の理工学研究に携わり、2つの大学から学位を授与されるようになりました。一方、欧州からの優秀な大学院生が理工学研究科に多数在籍することになり、矢上キャンパスの国際化は飛躍的に進みました。
理工学部・理工学研究科の卒業生は、産業界をはじめとする様々な業界において活躍しています。従来の国内企業に加えて、外資系や海外の企業に就職する人も増えていますし、自ら起業する人も珍しくなくなってきました。後期博士課程を修了した人を中心に国内外の大学・研究機関で活躍する研究者も多数輩出しています。卒業生には、理想を求めて新しいことに自ら挑戦し、協力してくれる人々のネットワークを構築している人が多く見られます。慶應義塾が誇る卒業生ネットワーク「三田会」をはじめ、「理工学部同窓会」、さらに義塾内にとどまらない様々なネットワークをとおして卒業生の選択肢と活躍の場を世界へと拡げています。理工学部同窓会は、理工学部同窓会奨学金によって学部学生への経済的支援も行ってくれています。
科学技術が高度化するとともに専門分野の細分化がどんどん進んでおり、単に自らの専門分野を極めるだけではなく、世界中の他分野の人とネットワークを構築する能力や幅広い視野で物事をとらえる能力が重要となります。また、科学技術が社会に大きな影響を与える現代では、先端科学技術に携わる上での道徳感や倫理感が強く問われるようになっています。理工学部・理工学研究科では、独立自尊の精神を持って世界を舞台に理想を追求してゆく卒業生の輩出を目指しています。