「流体力学」は気体や液体など、流れるものの総称である「流体」の動きを扱う学問です。流体の動きを記述する「Navier-Stokes方程式」という偏微分方程式は19世紀前半に確立されましたが、この方程式は、機械工学科2年生の講義「流体力学の基礎」で扱うようなごく限られた場合を除いては解析的には解けず、滑らかな解が存在するかどうかという数学的な命題はミレニアム懸賞問題(賞金100万ドル)の一つにもなっています。
一般的に解析的には解けないNavier-Stokes方程式ですが、コンピュータを用いた数値シミュレーション(即ち、Navier-Stokes方程式の近似計算)はここ半世紀ぐらいの間にだいぶできるようになってきました。ただ、数値シミュレーションを行うのも一筋縄ではいきません。これはNavier-Stokes方程式の持つ「非線形性」という性質にあります。非線形性とは何かしら掛け算の形で決まる相互作用のことです。例えば、ある波長の波同士が掛け算の形で相互作用すると半分の波長の波が生み出され、さらにこの半波長の波と元の波が相互作用すると1/3波長の波が生み出され…、というように、この非線形性によってどんどん高調波が生まれていきます。流体運動もこれと同じで、大きなほうはシステムのスケールから、小さなほうはそれ以下では分子運動と見なされてしまうスケールまで、非線形性によって極めて幅広いスペクトルを持つ運動となります。流体シミュレーションを行う際には、この幅広いスペクトルを捉えるべく、空間を細かいメッシュに分割してNavier-Stokes方程式を近似計算しますが、このメッシュの細かさが予測精度に大きく影響してきます。数十年前に比べて天気予報の精度が格段に上がっているのは、スーパーコンピュータの発達によって、より細かいメッシュを用いて流体シミュレーションができるようになったことに大きく依っています。
21世紀の流体力学では、自然現象の予測や産業機器の設計における流体シミュレーションの信頼性を増していくとともに、流れを自在に制御することによって、社会に貢献していけると良いなと考えています。図1は海洋研究開発機構(JAMSTEC)との共同研究で行った数値シミュレーションの一例ですが、この研究からは、この地域にある家庭用エアコンのフル稼働に相当する量の除湿によって、線状降水帯による豪雨を抑制できる可能性が示されています。大学の研究室の予算規模やタイムスケールではいきなり大きなことはできませんが、このような革新的な流れ制御のアイデアを、数値シミュレーション結果を用いて提示していくことが、社会を動かしていくための種として重要だと考えています。また、近年の第3次人工知能ブームの影響で流体力学への機械学習技術の応用が世界的に盛んになっており、我々のグループでも2018年度から科研費の補助のもと、このテーマに積極的に取り組んでいます。他にも、量子コンピューティングの活用など、21世紀の流体力学には大きな可能性が秘められています。古くて新しい学問、「流体力学」の今後の進展にご期待下さい。
図1 線状降水帯の制御の数値シミュレーション.左:数値シミュレーションによって計算された雲(白)と降水(赤)の三次元分布.右:除湿しなかった場合(NC)および地域全体を1%~20%除湿したと仮定した場合(PA-1)の1時間降水量の時間変化.(D. Hiruma, R. Onishi, K. Takahashi, and K. Fukagata, “Sensitivity study on storm modulation through a strategic use of consumer air conditioners,” Atmos. Sci. Lett. 23, e1091 (2022). https://doi.org/10.1002/asl.1091 Creative Commons Attribution License. © 2022 The Authors.)