日常生活を送っているとあまり意識することはありませんが、私たちの身体は地球の重力や日々の運動により、様々な力を受けています。この身体が受ける力によって、私達の身体は正常に機能を維持されています。テレビのニュースなどで、宇宙ステーションから帰還した宇宙飛行士が、長時間の無重力状態での生活の影響で筋肉が衰えて、周囲の人に抱えられている姿を見たことがあるかと思います。筋肉や骨などの組織は、その組織を使う、つまり力学的な刺激を受けることで維持されているため、宇宙飛行士の例はまさに力学刺激の減少により筋力が急激に衰えた現象です。このような生体と力学刺激の関係は、ミクロな生物の単位である細胞においても同様に深い関係があり、伸縮力やせん断力といった外部の力学刺激を感知して、増殖や分化、アポトーシスなどの細胞挙動に影響を与えています。

このような細胞の力学刺激に対する挙動は、近年の組織工学・再生医療の分野でも注目されていて、人工的に構築した心筋組織や血管組織、腱組織などに経験則に基づいた力学刺激を加えることで、成熟した組織を形成しようという研究が多く試みられています。しかし、どのような力学刺激がより組織を成熟化させるのか、その詳細なメカニズムの理解には至っていません。それは、生体組織が多数の細胞とコラーゲンなどの細胞外マトリックス内に高密度に配置された不均一な構造を持つ複雑な混合物体であり、たとえ外部からの引張や圧縮などの力学的な刺激を加えても、個々の細胞ごとに受ける刺激が異なっていることが一つの要因です。さらに、細胞ひとつ(単一細胞)をとってもその細胞ごとに個性があることが近年注目されており、たとえ同じ力学刺激であっても単一細胞ごとに挙動が異なることが予想されます。このように、3次元的な生体組織の中の細胞の力学応答は複雑な要因が絡み合っており、私たちの理解が乏しいのが現状です。

そこで私たちのグループでは、光学ライブイメージングシステムと機械的伸展装置を組み合わせることにより、力学刺激条件下にある三次元組織内の単一細胞のトラッキング解析を可能とするシステムを開発しました [1](図)。システムは、ポリジメチルシロキサン(PDMS)伸展培養チャンバと三次元骨格筋C2C12組織、力学進展刺激を印加する高精細ステージとその制御部、およびレーザ共焦点顕微鏡で構成されます。C2C12細胞は遺伝子導入により細胞核、細胞膜、ゴルジ体が3重蛍光染色されていて、三次元組織内での細胞の位置(細胞核)、細胞の形状(細胞膜)、細胞の移動方向(ゴルジ体)がライブイメージングにより取得できます。私達はこのシステムにより、単一のC2C12細胞が力学刺激によってどのような振る舞いをするのかの観測に成功しました。また、力学刺激印加の条件下において、個々の細胞によって異なる挙動(細胞の個性)を示すことを見出しました。このシステムを発展させることにより、私たちの身体の中で日々起きている単一細胞と組織との間での階層化された力学応答のメカニズムの理解につなげていきたいと考えています。

図 力学刺激条件下での三次元組織内の単一細胞トラッキング解析システム

[1] Keitaro Kasahara, Jumpei Muramatsu, Yuta Kurashina, Shigenori Miura, Shogo Miyata, Hiroaki Onoe, “Spatiotemporal single-cell tracking analysis in 3D tissues to reveal heterogeneous cellular response to mechanical stimuli,” Science Advances, Vol. 9, eadf9917, 2023.

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