COP25、COP26の開催と合わせて全世界的に脱炭素・カーボンニュートラルが強く叫ばれるようになり、ハイドレート研究もこれまでとはやや異なるコンテクストの中で実施すべき時代がやってきたと言えます。私自身は2020年の秋からこのことを強く意識するようになり、2021年度の冒頭に研究グループのプロジェクトを全て見直すことにしました。とは言うもののもともとハイドレートの物性を活用した環境・エネルギー技術開発のための研究を長年実施して来ていましたので、カーボンニュートラル時代というコンテクストの中で我が研究グループのプロジェクトを見直してみても全てをひっくり返すような必要はなく、実はこれまでやってきたことの多くがそもそもカーボンニュートラル時代にも重要な研究だったりするわけでした。ハイドレートを活用した蓄熱技術の研究がその例となります。蓄熱技術の開発が本格化したのはかなり古くハイドレート蓄熱も1980年代には開始されていました。かつてはベースロード電源からの供給力が過剰になる夜間にハイドレートを生成させて、需給の逼迫する日中は分解させることで得られる冷熱により冷房をまかなうという考えでした。これは過去の背景になりつつありますが、再生可能エネルギーの不安定さを補完するする技術として蓄熱はカーボンニュートラル時代にも重要です。より大きな視点で捉えてもカーボンニュートラル時代にエネルギー貯蔵の重要性は以前よりも増してさえいるかと思われます。例えばJournal of Energy Storageという比較的新しい学術誌があるのですがこのImpact Factorはここ3年で3.5→6.6へと90%上昇という飛躍を見せています。我が研究グループでも2021年から2022年にかけて3編の論文をここに発表しました。

時代が変わっても重要性は変わってないという話ではなくカーボンニュートラル時代に向けた新たなプロジェクトも始めています。その代表はトリチウム水分離濃縮技術です。福島第一原発に保管されているALPS処理水のトリチウム濃度は100万ベクレル/リットル程度です。100万ベクレルと聞くとものすごい高濃度のようにも思われますがトリチウム水の濃度を質量あるいは物質量基準で表現するとppmにも満たない低濃度です。これまでこのような低濃度のトリチウム水を分離濃縮する技術は存在しないとされていました。しかし近年ハイドレート生成により数百倍から1000倍の分離濃縮が実現可能であることが示されつつあります。これはトリチウム水の方が軽水よりも3 ℃程度高温でハイドレート化する、すなわちハイドレートになりやすいという物性を活用したもので、トリチウム水分離濃縮は核融合にも活用できる技術です。大村グループでは(株)イメージワン、創イノベーション(株)との共同研究としてこの技術開発を進めていて、社会実装まで進めたいと思っています。

図1 DSCを用いたハイドレートの生成・分解熱測定
Iwai, Miyamoto, Kurokawa, Hotta & Ohmura, J. Energy Storage, https://doi.org/10.1016/j.est.2022.104801

図2 重水+シクロペンタン系で生成・成長するハイドレート
Maruyama & Ohmura, Can. J. Chem Eng., https://doi.org/10.1002/CJCE.24493

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