自動運転車、ドローン、自律制御型ロボットなど、我々の身の回りにあるものは、高度に自動化され日進月歩でスマートになっていきます。では、そのスマートさを生み出す基礎となる科学技術はどのようなものでしょうか?冒頭の例に挙げた対象に共通しているのは、距離や速度などの外界の情報を利用して必要な時に必要な分だけ外界に対して働きかけを行うことで望ましい振る舞いを実現しているという点です。 つまり、「もの」の世界で起きている「こと」を計測し、「こと」に基づいて自身がとるべき行動を適切に判断するための高度な情報処理の仕組みが備わっていることがスマートさを生み出すからくりになっています。

私が専門とするシステム制御工学という分野は、まさに「こと」の情報処理にフォーカスをあて、世の中にある様々な対象の「動き」を設計するための方法論を研究しています。冒頭の例で言えば、物理法則を記述する方程式やセンサから得られるデータを利用して対象の動きを予測するにはどうすれば良いのか、さらに、望みの動きを得るためにはエンジンやモータにどのような指令を与えるべきか、という問いを物理と情報の視点から理詰めで考えることでスマートな動きを実現するための論理を生み出し、それを実現するコンピュータプログラムの開発へと繋げていきます。

システム制御の応用先は電気・電子回路や機械システムに限りません。現在、私たちの研究室では、システム制御の応用として、DNAやタンパク質などの生体分子で構成される「生体分子回路」に興味を持って研究に取り組んでいます。DNA上の遺伝子にはタンパク質の設計情報が書き込まれており、生物の機能を支える様々なタンパク質はこの情報を用いて合成されます。これらのタンパク質は、お互いの合成を促進・抑制するような化学反応の回路を構成しており、細胞の内外の状態に応じて必要な時に必要な量のタンパク質を合成することで適切な機能を発現できるように設計されています。化学反応の回路で実現されるこのスマートなタンパク質合成の「動き」を生み出す仕組みはシステム制御そのものです。

そこで、私たちの研究室では、生体分子の反応回路におけるシステム制御のメカニズムの理解を深め、さらにその知見を活かして反応を人工的に制御して工学や医学などの応用につなげるための基礎研究を行っています。研究を進めて行くと、生体分子回路と人工物の制御メカニズムには多くの共通点があることが明らかになり、それらを普遍的に体系化した数式を用いて反応を予測したり、実験により制御したりできることがわかってきました。

このように、材料もスケールも異なる「もの」同士であっても、それらの「動き」に着目してみると普遍的な設計原理を見出せることがあります [1] 。先端科学技術というと「もの」を想像しがちですが、私たちは、「こと」のサイエンスを通して世の中の課題を解決していこうと研究しています。



[1] 人工物や生物、社会現象に共通する構造を制御や通信の観点で統一的に理論体系化しようという学問分野は、ノーバート・ウィナーが1940年代にサイバネティクスと名付けて提唱されました。現代の科学技術の発展にもなお示唆を与え続けているのには驚くばかりです。

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