地球上のあらゆる生物の生命の設計図をAI(人工知能)に学習させることで、まったく新しい生命の設計図をAIによって設計する研究を始めました。
生命の設計図は細胞の核の中のDNAに書き込まれています。人間の生命の設計図は長さ30億の文字列です。DNA塩基配列という専門用語が使われるように、4種類の核酸分子(A, C, G, T)が一列に並んだ文字列として生命の設計図は書かれています。そして、地球上には数千万種の生物が存在しています。さらに、同じ種の中でも個体間でDNAの文字列は少しずつ異なっています。ヒトでも一人一人のDNAの文字列は異なります。地球上には70億人のヒトが生きています。[数千万種]×[数十億個体]×[数十億の文字列]という超膨大な量のDNAの文字列のデータをAIにひたすら学習させます。そうすると、大量の画像を学習したAIが人間の能力をはるかに凌ぐ高精度で画像を識別できるように、DNAの文字列を学習したAIは生命の設計図の違いを識別できるようになります。こちらのDNAは日本人のAさん、あちらのDNAは東京の庭園に咲いたアサガオといった具合です。さらに、大量の画像を学習したAIが人間では区別することができないような合成画像を作り出すことができるように、たくさんの文章を学習したAIが小説を書くことができるように、DNAの文字列を学習したAIは新しい生命の設計図を作り出すことができるようになります。新しく設計されたDNAの文字列は、最新の化学のテクノロジーによって、実物のDNA分子として合成することができます。それを細胞の核の中に導入すると、新しい生命が誕生する可能性があるということになります。このような新しい生命や人工細胞を作り出す学問分野は合成生物学と呼ばれています。
ここまで読んでいただいた皆さんの中には、神を冒涜する行為だ、倫理的に許されないと思わる方も多いと思います。もちろん、倫理的な議論は必要不可欠ですが、この場では、あくまでもサイエンスとしての話しです。実は、上記のようなストーリーはそんなに簡単なことではありません。DNA文字列の組合せの空間は膨大で、ほとんどの新しく設計されたDNAはまったく役立たずのガラクタに終わります。かなり正確にDNAの文字列を作り出したとしても、少しでもおかしなところがあると設計図として機能しません。ちょっとでもおかしな文章が書かれている小説は駄作だと皆さんが思うようにです。仮に何かしらの機能を持ったまったく新しいDNAの文字列をAIがゼロから作り出すことができたら、宝くじに当たったようなものです。このような研究をしていると、神様はなんと精巧に我々生命の設計図を作り出したのだと恐れおののくばかりです。
榊原研究室URL http://www.dna.bio.keio.ac.jp/