物理を勉強していてシュレーディンガー(Erwin Schrödinger)という物理学者の名前を知らない人はいないと思います。一方でこの著名な物理学者が晩年に"What is Life?” (生命とは何か)という本を書いたこと、またこの本を手にとって読んでみたことがある人は少ないでしょう。1943年に出版されたこの本のイントロでは、”How can the events in space and time which take place within the spatial boundary of a living organism be accounted for by physics and chemistry?” と書かれています。これは「生命現象は時空間的なパターンである」ということを明確に述べていて、私の「生命現象をイメージングで調べる研究」の動機付となっています。

これまでに細胞内で情報伝達を担っているカルシウムやマグネシウムイオン、サイクリックヌクレオチド類、そのシグナル下流の様々な酵素群のリン酸化、細胞内のエネルギー代謝を担うアデノシン三リン酸(ATP)、乳酸、ピルビン酸、など「もの」の変化を調べてきました。また細胞骨格の動き、神経細胞やミトコンドリアの膜電位、さらには細胞の温度などの「こと」の変化も追ってきています。これらの研究には主に蛍光イメージング法を用いてきましたが、蛍光色素と蛍光タンパク質を様々に変えることで、例えばミトコンドリア膜電位、細胞内マグネシウムイオン、ATPなど複数の細胞内シグナルを同時に取得することもできるようになりました。またそれら複数シグナルの相関を解析することにより、細胞内シグナルの「絡み」を調べています。

リアルタイムに変わる生命現象をイメージングで調べる研究をこれまで進めてきて満足しているかというと然にあらず。ここまで続けてきて、イメージング研究の困難さを一層感じ不満だらけです。どんなに頑張っても今までのアプローチでは細胞内の全ての「もの」や「こと」を調べることはできないでしょう。「調べる方法がたまたまあるからそれを調べている」と言われても反論できません。一方であらゆる「もの」と「こと」を調べる方法が将来できたとしても、時事刻々変わる多種類のデータを読み解いて、それらの複雑な「絡み」を調べる方法がありません。単に相関を調べるだけでなく、因果を決める方法や、ビッグデータ解析など、他の分野で開発された手法を取り入れてゆくことが大切だと思います。

小さな細胞の中でおきていることを理解する研究は様々な分野を巻き込みながら現在も続いています。シュレーディンガーが小さな本で述べた研究路線(それとも呪い?)はまだまだ続いているように思います。

同一神経細胞でのマグネシウムイオンとカルシウムイオンの刺激に対する応答
0 minで刺激を加えている。白いバーは20 μmを示す。

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