表題の「第一原理計算」というのは耳なれない言葉だと思います。「第一原理」というのは考えている範囲で最も基礎的な法則という意味です。「第一原理計算」はそのような基礎法則から理論計算だけで様々な物理量を求めていく手法です。放射能などの核力が関わる現象や重力による現象を除けば、我々の身の回りにある現象は、電磁気学と量子力学が基本法則になっています。いくつかの分野に「第一原理計算」があり、分野ごとに想定する基礎法則や計算対象が異なりますが、ここでは電磁気、量子力学などの基礎方程式に基づく計算だけで物質の性質を調べるものを考えています。

「第一原理計算」の一番面白い点は、個人的には、現実の現象を理論計算だけで説明することだと思っています。もちろん、それ以外にも沢山の利点があります。例えば、コンピュータ上でシミュレーションしているので、実験などでは観察できない原子、電子レベルの情報を得て、現象の理解を深めることができます。また、「第一原理計算」は、実験と比肩しうるレベルの予測精度をもつため、しばしば実験の代わりに使われています。最近では、有用な物質を探索するのに、実験をする代わりに、計算を行って、多くの材料の中から有望な材料を選び出すスクリーニングなどにも使われています。

私の研究室では内殻電子によるX線光電子分光スペクトルの高精度計算を行って、半導体中の不純物原子の形態を調べています。X線光電子分光というのは、X線を試料に照射して、飛び出してくる電子の運動エネルギーを測定し、その電子が元居た原子の状態を調べるものです。図に、シリコン(Si)半導体中の隣り合う2つの砒素(As)原子の電子状態を示します。光電子はAs原子の内殻3d軌道から放出されます。左(右)側が電子放出前(後)の状態です。後の状態は、電子がいなくなることで、実質的にプラスの電荷が存在するのと同じ効果があり、周りの電子がそのプラスの電荷に引き寄せられていることがわかります(右下の図)。このように電子放出の前後で、その電子の周りの状態は大きく変わります。面白いのは、電子が飛び出した後の状態がどうなろうが、飛び出した電子には関係ないように思われますが、多くの場合、飛び出した後の状態を計算に含めないと実験をよく説明する結果になりません。これは量子力学的効果によるものと考えられています。

図1 光電子放出前後のAs2クラスター電子軌道の様子。各図の中央付近にある青緑色の二つの球がAs原子を表し、光電子は左側のAsから放出されている。

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