興味がある問題を、興味のおもむくままに考えることが数学を楽しむコツ

子どもの頃から算数や数学は得意な方だったという早野さん。中学1年のときに初めて数学者という職業を知り、数学者への道を目指した。しかし、自分に数学者としての資質があるかどうかわからず、早期に本格的な研究を開始する。そして、博士課程1年で博士号を取得。そんな早野さんに、数学と長く楽しく向き合うコツを聞いた。

Profile

早野 健太 / Kenta Hayano

数理科学科

専門は「トポロジー」の中の低次元トポロジーで、主に「4次元多様体」と「特異点論」を研究。2013年、大阪大学大学院理学研究科数学専攻博士課程修了、博士(理学)。北海道大学の助教を経て、2016年4月より慶應義塾大学理工学部数理科学科専任講師。2020年4月より准教授(現職)。

研究紹介

「新版 窮理図解」では、毎回ひとりの研究者を取り上げて紹介します。

今回登場するのは、現代数学の一分野である「トポロジー(位相幾何学)」で、
「4 次元多様体」と呼ばれる図形を研究している早野健太准教授です。

注目の現代幾何学「トポロジー」の最前線

目には見えない「4 次元多様体」を探求す

地球が球体であることは今や周知の事実だ。しかし、地球の全体像を見ることができるようになったのは、ロケットが開発された20世紀のことだ。現在、私たちは宇宙の全体像を知らない。それは宇宙を外側から眺めることができないからだ。しかし、数学の理論を駆使すれば、その問題を解決できるかもしれない。そこで力を発揮するのが「トポロジー」である。

「トポロジー」で扱う「多様体」とは何か

「トポロジー」は、日本語で「位相幾何学」と訳されるように、幾何学の一種だ。高校までに習う幾何学は「ユークリッド幾何学」と呼ばれるものだが、大学に入って学ぶトポロジーは、それとは異なるやり方で図形を分類し、その特徴を考える。
トポロジーで扱う図形は「多様体」と呼ばれる。多様体とは「全体の一部は認識できるが、全体像ははっきりとはわからない図形や空間」である。地球の表面はトポロジーの世界では「2次元多様体」と呼ばれる。地球の表面のごく一部だけを見れば「平面」で、2次元空間ととらえることができるからだ。一方で、球面は3次元空間に描かれるため、「3次元なのでは?」と思われるかもしれないが、これはあくまでも「3次元空間の中に存在する」だけであり、球面を構成する各点は(x, y)など独立した2つのパラメーター(変数)で表されるので、2次元である。

想像できない「4次元多様体」を可視化する

トポロジーでは、さらに次元の高い「3次元」や「4次元」、「5次元」など「n次元多様体」を扱っている。4次元以下を「低次元多様体」、5次元以上を「高次元多様体」と呼ぶ。その中で早野さんが研究しているのは、「4次元多様体」だ。
4次元多様体は、構成する各点が独立した4つのパラメーターで表される多様体である。そして、2次元多様体も4次元多様体も無数にある。しかし、私たちは3次元空間までしか認識できないので、4次元多様体がどのようなものかを想像できないし、見ることもできない。
「そこで、これまでの研究では、4次元多様体の特徴を、図式を使って可視化する手法が編み出されてきました。その1つに『カービー図式』があります」と早野さん。
4次元多様体のカービー図式とは図1のようなものだ。1つの4次元多様体があったとき、その特徴を考える重要な要素の1つに、4次元多様体上の関数の「特異点」(あるいは「臨界点」)がある。
「多様体の形は、関数の特異点などを調べるとわかります。特異点とは、その関数を微分すると0になる点のことを言います。関数の特異点の位置関係を、ある規則にしたがって描くことで、4次元多様体を表したものがカービー図式です」と早野さん。トポロジーの研究者は、カービー図式を見るだけで、一般の人には想像もつかない4次元多様体の形がわかるという。なお、4次元多様体の特徴を、図式を使って可視化する手法は他にもある。たとえば、図2は「トライセクション」と呼ばれる手法で、1つの4次元多様体上の関数の特異点の位置を3つの図式で表している。
早野さんはさまざまな4次元多様体について、「それらは、どのような特徴を持っているか」などを日々研究し、学生たちと議論しているという。

図1:4次元多様体の変形
修士1 年の時に発表した論文に載っている、「カービー図式」による4 次元多様体の変形の様子。ある4 次元多様体(左)はカービー図式を使って変形していくと、矢印のように進んで、最終的に4 次元多様体の中で最もシンプルな「4 次元球面」(右下)にたどり着く。

図2:4次元多様体の図式化
「トライセクション」と呼ばれる手法によって、1つの4 次元多様体上の「関数の特異点」の位置を3つの図式で表している。

量子力学の「ゲージ理論」で大きな発展を遂げた4次元多様体の研究

「4次元多様体の場合、『位相構造』と『微分構造』とで大きな違いが現れることに強い興味を抱きました」と早野さん。
「位相構造とは、多様体を構成する各点の『つながり方』のみに着目して定義される構造をいいます。一方、多様体をさらに細かく分類するときに使うのが、形の“滑らかさ”による微分構造です。微分構造は位相構造の一種で、多様体の形に関して、より詳しい情報を持っています」と早野さん。
高校までで習うユークリッド幾何学では、辺の長さや角度によって図形を分類する。一方、トポロジーにおいても、「多様体に、微分構造のような付加的な構造を与えて、その構造も込めて分類したいというモチベーションがあります」と早野さん。
「トポロジーの世界では、2次元多様体において、『コーヒーカップとドーナツは同じものだ』と言われます。いずれも穴が1個で、変形していくと同じ形に行き着くからです。これは、多様体を構成する各点の“つながり方”に着目した位相構造による分類です。残念ながら、3次元以下の多様体では位相構造と微分構造との差が現れないので、私たちは実感することができませんが、4次元多様体は、位相構造と微分構造の違いが顕著なのです」と早野さん。
さらに、4次元多様体の「複素構造」にも興味があるという。「複素構造を持つ多様体は、位相構造も微分構造も持ちますが、逆は成立しません。位相構造を持つからといって微分構造を持つとは限らないし、微分構造を持つからといって複素構造を持つとは限らないのです。4次元多様体では、位相構造は同じでも微分構造が異なっていたり、同じ多様体の2つの微分構造で、一方は複素構造から得られるが他方はそうではないものが存在したりします。その辺りが4次元多様体の研究の非常に興味深いところですね」と早野さん。
位相構造を持つが微分構造を持たない4次元多様体の存在は、たとえば1952年に証明された「ロホリンの定理」より従う。また、1982年には、イギリスの数学者サイモン・ドナルドソン(1957~)が、複数の異なる微分構造を持つ4次元多様体が存在することを量子力学の「ゲージ理論」を用いて証明した。それにより4次元多様体の理論が大きく発展した。

「宇宙の形」は解明されるのか

ではなぜn次元多様体を研究する必要があるのだろうか。
「2次元空間である平面上で、2本の直線が交差しているとき、交差を解くことはできません。しかし、3次元空間に広げると、2本の直線は上下に分かれているので、簡単に交差を解くことができます。さらに次元を高めると、多様体を動かす自由度が増えるので、交差を解くなどといった操作が簡単に行えるようになり、多様体が扱いやすくなります」と早野さん。
実際、最先端の物理学では、4次元を超える「高次元空間」が存在すると考えられており、「超ひも理論」では、宇宙は時間という次元を含めると10次元ではないかと言われている。そのため、高次元を扱うトポロジーは重要な研究手法の1つになっている。
近い将来、早野さんたちトポロジーの研究者が、宇宙の形の謎を解明してくれる日がくるかもしれない。


(取材・校正:山田久美)

インタビュー

早野健太准教授に聞く

テレビドラマで数学者という職業を知る

数学者になろうと思われたきっかけを聞かせてください。

中学1年のときに、テレビドラマ『やまとなでしこ』を見て、初めて数学者という職業があることを知ったのがきっかけです。「将来、数学者になろう」と思ったのは高校に進学する頃で、大学では数学科に入ろうと決めました。とはいえ、高校時代は、数学ばかり勉強していたわけではなく、水泳部に所属し夏合宿では1日に1万メートル以上泳ぐなど水泳にも夢中でした。その後、大阪生まれで大阪育ちの私は、自宅から通学できる大阪大学へ進学し、希望通り数学科に進みました。

数学の中でも、「トポロジー」を選んだのはなぜですか

実は、学部1、2年の頃はあまり勉強せず、競技ダンスサークルに入って練習に没頭していました。競技ダンスサークルに入ったのは、大学に入学したときの新入生歓迎イベントで、楽しそうだなと思ったからです。実際、競技ダンスはとても楽しく、夢中になりました。しかし、学部3年の頃に、「数学の勉強も真面目に取り組まなければまずい……」と焦りを感じて、サークルをやめ数学の勉強に本腰を入れ始めました。 ちょうどその頃、学内で少人数の数学セミナーが開催されることになり、参加するようになりました。そこで教授に薦められたのが、1冊のトポロジーの本でした。勉強してみたら 興味がわき、どんどん惹かれていきました。そして学部3年の終わり頃には、4年になったらトポロジーの研究室に入ろうと思うようになっていましたね。

そのまま、大阪大学の大学院に進まれ、ドイツにも行かれたと聞きました。

修士1年から論文を書き始めたのですが、ちょうどその頃に、自分と同じ問題を扱った論文を公開している先生を発見したのです。同じ問題にもかかわらず、自分と結果の一部が異なっていたので、指導教員にその先生に連絡を取っていただき、お目にかかることになりました。さらに、その先生の論文の共著者がドイツに呼んでくださり、博士課程在籍中に半年間、ドイツのマックス・プランク研究所に行きました。そして共同研究を始めることになったのです。当時は大学院生だったので自由な時間があったからこそできた貴重な経験です。とても運が良かったと思っています。

数学者としての資質を見極めるため早めに研究に着手

博士1年のときに日本学術振興会特別研究員に選ばれ、1年で博士号を取得されるなど、早くから論文の執筆を開始されていますね。

数学者になるリスクは高いので、学部3、4年の頃は、自分が将来、数学者としてやっていけるかどうか強い不安感を抱いていました。周囲の先生方からは、「勉強と研究は、別の能力」という話をよく聞いていたからです。
私の場合、数学の勉強は時間さえかければできるという自負がありましたが、研究に関しては判断ができませんでした。そこで、早めに研究に取り組むことで、自分には、数学者としての資質があるかどうかを見極めることにしたのです。そのため、学部4年の後半から研究を意識して勉強をするようになりました。そして、修士1年のときには、本格的に研究を開始しました。数学にはいろいろな分野がありますが、研究論文を書き始めるまでの勉強に時間がかかる分野はできるだけ避けたいと思いました。ちなみに、数学者にならなかったとしたら、保険会社に就職してアクチュアリー(保険数理士)になろうかと考えていましたね。

博士課程修了後、北海道大学で教員をされましたね。

公募で採用していただきました。北海道は食べ物も美味しく、ウインタースポーツも楽しめる最高の環境でした。しかし、任期が5年間の期限付きでしたので、期限を待たず2年半で、同じく公募で2016年に慶應義塾大学に移籍しました。

企業では数学科出身者が引く手あまた

学生さんはどのような道に進まれるのですか。

企業に就職する人や、中学・高校の教員になる人が多いと思います。とはいえ、私の分野に限っていえば、トポロジーを生かせる就職先はほぼないと言えるでしょう(笑)。一方で、私は現在、ゲーム会社の研究職の方と共同研究をしていますが、その方が、あるゲームソフトの開発を人工知能(AI)によって自動化することに取り組んでいて、その課題に、4次元多様体の研究でも重要な「特異点論」を駆使しています。現在、AIによる機械学習や深層学習が幅広い分野で使われていますが、特異点論が役立つ分野は結構あるように感じています。また、その方は、「数学の学習経験者は重用される」ともおっしゃっています。「単なるプログラミング技術であれば、誰でも習えばある程度できるようになりますが、プログラムの構造全体をより俯瞰的に理解する能力は一朝一夕には身に付かない。それを数学の学習経験者は身につけている」といいます。
確かに、数学というとキャリアパスが見えづらいかもしれませんが、就職に困ることはまったくなく、むしろ「数学に関する博士人材が欲しい」という企業も増えてきているように感じます。今やITを導入していない企業は少なく、幅広い業種において数学科出身者は引く手あまただと思います。

慶應義塾大学の学生を指導する際に意識していることはありますか?

研究をしていく上では、自分の頭でとことん考え抜くことが重要です。そのため、日々のセミナーでは、学生に、自分の頭で考えて自力で答えを見つけ出してもらうように心掛けています。ですから、私の方から多少のヒントを出すことはありますが、答えは極力教えないようにしています。

数学を楽しむことを第一に考える

大学で数学を専攻したいと思っている高校生へのアドバイスをお願いします。

まず、意欲があれば大歓迎です。数学は化学や生物学などとは異なり、実験装置や薬品などが不要なので費用もほとんどかからず、いつでも始めることができます。一方、高校生が持っている数学のイメージは「問題を解くこと」かもしれませんが、決してそうではありません。問題を解くことよりも、教科書や参考書に書いてある内容をしっかり理解することの方がずっと重要です。そのため、早いうちから教科書を落ち着いて読む能力を養ってほしいと思います。また、興味の対象を自分で見つける能力、その対象について自分の頭で考え抜く能力も養ってほしいです。 さらに、数学を勉強している中で出てくる専門用語の意味を大切にしてほしいと願っています。たとえば、高校数学では「極大・極小」を習いますね。極小点の値(極小値)を求める問題などは、与えられた関数を微分すれば導き出せます。一方で、「極小点とは何かを説明しなさい」という問題を出すと、正確に答えられる生徒はほとんどいません。しかし、極小点の意味をきちんと理解しておかないと、小手先だけの計算知識で終わってしまいます。単に計算によって答えを導き出すだけならば、現状ではコンピュータに任せればいいわけです。それよりも、そこから得られる結果が何を意味しているかを理解する方がはるかに重要です。そのために、専門用語や使われている言葉の意味を深く理解する努力をしてほしいですね。これは数学に限らず、あらゆる自然科学の学問について言えることだと思います。

数学者としての今後の目標や将来の夢をお聞かせください。

現在、この3~4年ほど取り組んでいる解けない問題をいくつか抱えています。もちろん、それが解ければうれしいのですが、基本的には毎日楽しく研究できたら、それで十分幸せかなと思っています。解けないことを気に病んだり、身体を壊したりしてまで自分を追い詰めるようなことは決してしません。興味がある問題を興味のおもむくままに考えることが数学を楽しむコツです。したがって、「将来、この難問をこの手で解決してやるぞ!」といった野望などはありません(笑)。これからも楽しむことを第一に、数学と向き合っていきたいと思っています。

 

どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎

学生さんから
●学部3年のときに、内容を丁寧にわかりやすく解説してくださる早野先生の講義を聞いて、トポロジーの面白さを知りました。早野研究室を選んだのも、もっとトポロジーを深く勉強したいと思ったからです。実際、先生は研究室でも懇切丁寧に指導してくださるので、1歩1歩着実に知識を積み重ねていると感じています。
また、数理科学科には、数学の先生が多くいらっしゃいますが、早野先生は若くて気さくですので、とても話しやすい点もありがたく思っています。修士課程修了後は企業への就職を予定しています。職場でトポロジーに関する研究を直接生かせるかどうかわかりませんが、数学を通して得た論理的思考力はどの職業でも生かすことができるのではないかと思っています(修士1年生)。

(取材・校正:山田久美)

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