この度は、「塾員来往」のご依頼をいただけたこと、大変光栄に思います。
こちらのコラムの皆様方の一員になれたこと、大変嬉しく思っております。私の経験がこのコラムを見てくださった皆様の少しでも参考になるようでしたら幸いです。
私は、2023年の甲子園で話題になりました慶應義塾高等学校出身です。当時の私は、人の命に携わる仕事についてみたい、そしてシンプルに国語が苦手だ、という理由で理系を選択していました。高校時代の思い出としては、競走部(陸上部)で毎日日吉のグラウンドを走っていたくらいです。そんな私ですが、当時から化学には多少の興味があり、テスト前に「化学の新研究」を購入して勉強していたのを思い出します。
当時私がいた化学科では大学3年生時の研究室配属は成績ではなく、話し合いで決めるスタイルでした。決して成績が良くない私は、当時新設される末永研究室に興味を持ちました。末永研では、新しい生物活性物質の発見(新規化合物の単離・構造決定)、またこれら生物活性物質の化学合成(天然物全合成)を主とした研究をされていました。末永研の「海洋生物から発見された化合物が抗がん剤のヒントになるかもしれない」という話が、漠然と人の命に携わる仕事に就きたいという私の思いとつながり、末永研に興味を持ちました。結果、末永研に1期生として入ることが決まり、私の研究生活がスタートしました。
末永研は当時新設であり、1期生である私たちはエバポレーターの発注から、研究室の立ち上げに携わりました。当時は、末永先生をはじめ助教の照屋 俊明さんに手取り足取り実験のやり方を教えていただき、大変充実した時間を過ごしていたと思います。お二人は、何もわからない私を根気よく教えてくださいました。当時の実験手法は会社に入った後でも体に染みついていて、今でもその手法は変わっておりません。
大学では天然物の全合成を研究していました。一つが、Reidispondiolide Aという天然物で、当時はまだ全合成が達成されておらず、合成ルート立案・先行実験での合成ルートの検証・必要な原料のスケールアップ、とマルチタスクを先生方にサポートいただきながら進めていました。当時、ルートを進めながら並行してスケールアップを行う必要があったのですが、同じテーマになった後輩と分担しながら進めていました。改めて考えてみると、当時からマルチタスクを分担して、計画的に行う仕事のやり方を学んでいたのかもしれません。
私は、研究室で学んだ有機合成を活かしながら、人の命に携わる仕事に就きたいという思いから医薬品の研究職を希望しました。幸運にも旭化成グループの旭化成ファーマ株式会社という製薬企業に就職し、配属先は合成化学研究部でした。研究所は静岡県伊豆の中心部に位置する大仁というところにあり、自然が豊かでのどかな場所にあります。私が入社して感じた大学とは異なるところは、多くの業務が細かく分業されているところです。大学では一人でやらなければならないことが、企業では分業されています。それ故に一つ一つの業務にプロフェッショナルがいて、それがうまくかみ合うことで成果が出る仕組みになっているかと思います。大学時代、後輩と分担しながら合成を進めていた、そのやり方が社会でも大変役に立ちました。
大学でも会社でも、研究テーマを前に進めるためにはコミュニケーションが非常に大事になってきます。医薬品の研究開発は、合成・分子生物学・薬理学・薬物動態学・知財等の複数の分野が密接に関わります。各分野にプロフェッショナルが存在して、それぞれ別の視点があり、議論しながら新規化合物を医薬品に長い時間をかけて育て上げていきます。私は大学で他分野の人と議論する機会はあまりありませんでしたが、会社に入って大変増えました。他分野の人と物事を前に進めるためには、コミュニケーションは当然のことながら相手の気持ちに立って議論すること大事なスキルだと思っています。日々議論しながら、チーム一丸となって進めた研究テーマが前に進んだ時、私は携わっている人が多ければ多いほど喜びも大きいと感じています。
私は、医薬品の研究開発に携わって12年経とうとしていて、正直自分が携わった医薬品を世に出した、という功績を残せていません。しかし、これからも人々の「いのち」と「くらし」に貢献するため、「昨日まで世界になかったものを」作り続け、日々精進したいと思います。
2019年9月EFMC International Symposium on Advances in Synthetic and Medicinal Chemistry参加時
鳥居原 英輔 (とりいはら えいすけ)
(慶應義塾高等学校 出身)
2007年3月
慶應義塾大学理工学部化学科 卒業
2009年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了
2009年4月
旭化成ファーマ株式会社 合成化学研究部 入社
2020年10月
旭化成ファーマ株式会社 先端創薬研究部
現在に至る