この度は塾員来往への寄稿の機会を頂戴しましてありがとうございます。

私は慶應義塾大学理工学部の2年目までを日吉で過ごした後、ダブルディグリープログラムの派遣生としてフランスのマルセイユに渡り、現地の大学へ2年間通いました。帰国後は慶應義塾大学大学院理工学研究科に秋入学し、2年間の修士課程を経て、慶應と留学先大学の両校からそれぞれ修士号をいただきました。その後、博士課程進学のために英国のエディンバラに3年間留学し、博士号を取得しました。帰国後は日本国内の化学メーカーに就職し、以来、研究開発職に就いています。
※ダブルディグリープログラムの規定により、学部は中途退学の扱い

理工学部1,2年 ~学門3→応用化学科~

高校の時に化学の奥深さに魅了され、理工学部への進学を志望しました。また、幼い頃から環境問題に関心があり、いつからか太陽光発電、すなわち光をエネルギー源とした発電にとりわけ興味を抱くようになりました。大学入学当初は太陽電池といえば物理分野のイメージでしたが、学問としては化学に惹かれており、学科選びの際には大いに悩んだものです。最終的に選んだ応用化学科では様々な種類の化学系教科を学ぶ機会に恵まれ、特に物理化学や材料化学といった領域が自身の興味に近いとわかりました。そうした中、慶應の理工学部・理工学研究科とフランスのエコールサントラル(理工系大学)の両校で学ぶことで2つの修士号を取得できるというダブルディグリープログラムの話を聞きました。私にとって、これは理工系の勉強を継続しつつ視野を広げられる良い機会に映り、志願しました。留学先の授業についていけるか少々不安ではありましたが、提携校の中でも化学に注力しているエコールサントラルマルセイユ校への派遣が決まり、挑戦する覚悟を決めました。








高台から一望したマルセイユの街

学部3,4年 ~マルセイユ~

留学先ではすべての授業がフランス語で行われるため、学部3年次の夏休みはフランスのヴィシーでの語学研修に充てました。そして秋口に入るとマルセイユへ移動し、南仏らしい緩やかな時の流れと港町特有の活気に包まれながら、現地学生と肩を並べての授業を懸命に乗り切りました。

体育(女子サッカー)の仲間と一緒に
筆者は後列中央

数学、物理、化学、プログラミング、簿記、体育…といった必修の授業が朝から夕方まで毎日組まれ、それに加えて生徒会主催のスポーツ大会等のイベントが定期的に開催されます。こうして1年目はめまぐるしく過ぎていき、ぎりぎり留年を免れる状況で2年目に進学しました。幸い、2年目に入ると授業の理解度が上がり、なんとか全単位を取得できました。サントラルマルセイユで太陽光発電や半導体工学といった科目を受講できたことは、その後の進路選択の上で大きな糧になりました。また、留学中に出会った景色、人々、そして多彩な価値観は、渡仏前に期待していた以上に自身の視野を広げてくれました。

修士1,2年 ~総合デザイン工学専攻~

2年間の留学を経て、慶應の修士課程に秋入学しました。事前に太陽電池関連の研究が出来そうな研究室を幾つか見学させていただき、最終的に応用化学科の藤原忍教授の研究室に配属になりました。

藤原研メンバーとの懇親会
筆者は中央左付近

修士課程では、セラミックスや溶液法の知見を深めながら、化学的な機構で作動する色素増感太陽電池の電子輸送部材の改良に意欲的に取り組みました。今思い返せば卒業研究の論文執筆を経ていない修士学生ということで、先生方には色々とお手数をおかけした場面があったかと思います。しかし、正式な文章の書き方から研究者の心得に至るまで懇切丁寧にご指導いただき、充実した研究生活を送ることが出来ました。独立行政法人日本学生支援機構からの奨学金や加藤科学振興会からの研究奨励金の獲得による経済的なご支援をいただきながら、藤原研究室にて初めての学会発表や論文執筆の経験が出来たことは、その後の研究人生につながりました。研究室の合宿や、矢上キャンパスの音楽会でサークル仲間と演奏をしたのも良い思い出です。

博士課程 ~エディンバラ~

エディンバラ国際サイエンスフェスティバルでの実演

研究者として国際的な研究活動基盤を築くために、海外で博士号を取りたいと思いました。話は前後しますが、修士課程に入学する直前の夏に、英国エディンバラ大学のニール・ロバートソン教授の下で2か月間、研究インターンシップを経験しました。その時に触れた国際色豊かな研究環境やパブリックエンゲージメント活動(専門家が専門性を地域へ還元する各種活動)には大いに刺激を受けました。そこで日本学生支援機構の奨学金に応募し、無事奨学生としてロバートソン研究室への博士課程進学を果たしました。現地では化学系太陽電池部材の研究に新たな切り口から取り組み、英国、スウェーデン、ロシア、日本を含む各国の研究グループと共同研究をする機会に恵まれました。研究以外にも、学生実験の補佐を始めとして、出前授業の企画や学生寮の住み込みアシスタント等、様々なことに挑戦しました。エディンバラでの研究活動や学内・学外活動は一筋縄に行かないこともありましたが、周囲に支えられながら根気よく続けた結果、大学内の賞をいただくことができました。

ロンドンの学会でのポスター発表

現在 ~化学メーカー~

コロナ禍で前例のない形での就職活動となりましたが、幸い日本国内の化学メーカーに研究者として就職することができました。日々の業務は実験・解析が中心なので、そうした意味では大学時代とほとんど違いはありません。一方で、メーカーにとっては良い商品を世に出すことが社会への一番の貢献となりますので、研究テーマに対して企業研究者ならではの視点でアプローチすることが重要になってきます。このことは個人的に大きな発見でした。本業以外では、エディンバラでのパブリックエンゲージメント活動の経験を活かし、会社と地域が連携して行うリビングラボ活動や、社内での国際交流を促進するようなコミュニティー作りにも携わっています。二度の留学経験に基づいて、こうした活動の重要性を認識するようになりました。

さいごに…大きな決断で迷うときは、とことん考え抜くようにしています。そして考えが尽きてもなお結論が出ないときは、一歩を踏み出してみると案外良い方向に道が開けたりするものです。常々感謝の気持ちを忘れず、これからも歩みを進めていきたいと思います。

筆者が通っていた思い出のエディンバラ大学

プロフィール

田中 英里(たなか えり)
(慶應義塾女子高等学校 出身)

2014年9月
慶應義塾大学理工学部応用化学科 DDプログラムにより上級学校進学のため退学

2016年9月
慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻修士課程 修了

2016年11月
École Centrale de Marseille 修士課程 修了

2020年10月
三菱ケミカル株式会社 入社

2021年4月
College of Science and Engineering, the University of Edinburgh博士課程(PhD) 修了

現在に至る

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