この度は塾員来往の執筆という大変貴重な機会をいただき、心より御礼を申し上げます。
私は学部入学から助教としての期間も含めて、12年間を慶應義塾で過ごしました。理工学部の卒業生として、在学中のことや慶應義塾での助教としての経験、そして現在の仕事までを紹介させていただきます。
私が大学進学の際に工学部を志望したのは、建築士の父の影響でした。将来は私も建築の道に進みたいと思っていましたが、慶應義塾大学の理工学部に入学後、2年次での学科選択の時に父に「電子工学の技術はどんなものにも必要。仕事にも困らないし、とても役に立つよ。」と言われ、電子工学科を選びました。
その当時、電子工学科に進む女子は5人ととても少なかったのですが、運よく気の合う友人たちに恵まれ、毎日楽しく矢上キャンパスに通っていました。毎週の実験レポートの提出は大変だったのですが、友人たちと一緒に図書館で遅くまで勉強したり教え合ったりして乗り切りました。その時の友人たちとは今でも家族ぐるみで会ったり集まったりしています。
4年生の研究室選びでは、通信に興味があったので、無線通信の信号処理が専門の眞田幸俊先生の研究室に入りました。配属後は、デスクが与えられ居場所ができたのをとても嬉しく感じたのを覚えています。大学在学中には教員免許の取得も目指していたので、一ヶ月間鹿児島の母校に戻り、教育実習にも行きました。初めての学会発表をしたのも4年生の時です。この一年は研究生活というものがスタートし、自分が続けたいこと、打ち込みたいことに出会い、充実した毎日を送っていました。同時に自分の進路について考えるきっかけになったようにも思います。
大学院では、企業と共同研究を行う機会や国際会議に参加する機会にも恵まれました。眞田研究室には常に留学生もおり、国際的な雰囲気で研究生活を過ごすことができました。一方で、最初の国際会議では、緊張から英語での質問に全く答えられず落ち込みました。ただ、何回か発表を経験していくと慣れてきます。何回目かに参加した国際会議では、登壇後に海外の研究者からあれこれと聞かれ、研究テーマに興味を持ってもらえたととても嬉しかったことを覚えています。研究者として認められたように感じました。修士課程の時から学術論文の投稿も行いましたが、何度も不採録を受けました。回答文の作成は大変でしたが、眞田先生が丁寧に指導してくださり、無事採録されました。こうした一つ一つの経験が自信に繋がっていったように思います。そして、もっと研究を続けたいと思い、博士課程に進学しました。
博士課程在学中には自身の研究を進めていく一方で、文部科学省の支援事業「グローバルCOE」というプログラムに研究員として参加しました。このプログラムは、複数の学科の博士課程に在学する学生が参加するプログラムで、毎週の講義や国際交流ワークショップなどの機会が用意されていました。今思うと、異分野の教員や学生が定期的に集まる機会は本当に貴重だったと思います。今でも想定外の場所でこの時一緒だった先輩や同期、後輩に会うことがあります。こういう横のつながりが慶應義塾の強みだと常に思います。
博士取得後は、その当時の大学とソニーとの繋がりで、ソニーコンピュータサイエンス研究所に訪問研究員として勤務しました。入った初日に、同じく慶應義塾大学の元教授で所長の所眞理雄さんから「専門以外のことをやりなさい」と言われ、とても衝撃を受けました。さて、困ったな、と思っていたところにエネルギーのプロジェクトに誘われ、今までとは違う研究内容を通してまた経験を積むことができました。研究所はとてもユニークな場所で面白かったのですが、やはり大学教員になりたいという想いがあり、その後の3年間は電子工学科で有期の助教として勤務しました。教員としては未熟でしたが、学生の指導から大学教員の仕事まで、多くの先生方から学ばせていただきました。
現在は、神奈川県平塚市にある東海大学工学部電気電子工学科で電力や通信に関する研究を行なっています。研究室には、留学生も含め、学部4年生以上の学生が20名近く在籍しています。私が眞田先生の研究室で様々な国の留学生たちと出会い、視野が広がったように、学生たちにも同じような環境を作ってあげたいと思っています。そして、私はこれまで大学で理系教員として教育に携わってきましたが、日本は世界の中でも理系分野に占める女性の割合が低く、特に電気電子分野の女子学生の数はまだまだ少ないといった現状にあります。横の繋がりを作るため学科でも女子会を開催していますが、所属する学会でも、女性エンジニアにキャリアや研究に関する講演をしてもらう機会を作り、リケジョを応援する活動を行なっています。最近はオンライン形式での開催が多くなりましたが、男女問わず多くの方にご参加いただき、私も元気をもらっています。
福澤諭吉先生も早くから男女問わず同じように勉強をする機会が与えられることの大切さを説いていらっしゃいました。そして、その土壌は慶應義塾大学に深く根付いており、私の在学中も沢山の先生が私の進路を暖かく後押ししてくださいました。このように好きな道を極め、何の躊躇もなく進路を選択することができたこと、本当にありがたく思っています。
塾員であることの素晴らしさは、どこに行ってもネットワークがあり、すぐ仲良くなれることです。私は在籍した研究所でも現在の所属でも、同じ慶應義塾出身の先輩方に支えられてきました。そして、これからは私自身が誰かの力になれれば、と思っています。皆さんの夢の実現を心から応援しています。
稲森 真美子(いなもり まみこ)
(池田学園池田高等学校 出身)
2005年3月
慶應義塾大学理工学部電子工学科 卒業
2007年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻修士課程 修了
2009年9月
慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程 修了、博士(工学)
2009年10月
慶應義塾大学総合医科学研究センター 特別研究助教
(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所へ出向)
2010年4月~2013年3月
慶應義塾大学理工学部電子工学科 助教
2013年4月
東海大学工学部電気電子工学科 専任講師(2018年より准教授)
現在に至る