塾員来往に寄稿する機会をいただき、ありがとうございます。理工学部に入学してから長い時が経ちますが、今でもこうして都度交流をもたせていただくことで、自分自身を見つめ直し、考え、学ぶ機会を与えていただいていることに感謝いたします。

理工学部の面白さ

初めての海外での学会発表

私は子供のころから、父親の影響を受けて理科が好きでした。小学校に入る前から、当時では珍しかったパソコンでプログラムの入力をさせてもらったり、電子工作キットを一緒に作ったりと、様々な技術を知り体験することにワクワクしました。中学校に入って習った化学の授業で、自分の身の回りの事象が原子という目に見えないもので成り立っていることを知り、化学をより深く勉強したいと思って理工学部に進学しました。化学をより面白く感じたのは大学に入ってからで、それまでに覚えた公式は理論で導け、まだ説明できない事象も将来的にはできるようになる可能性を知った時でした。この時から、人生で初めて勉強が楽しくなりました。

理工学部での授業は、範囲も量も膨大で大変でしたが、各分野の学問を究めた先生方と直接お話をする機会も増えるに従って、知識だけでなく、学問、研究そして教育に対する様々な姿勢も教えていただきました。私の学生生活は研究三昧で、今にして思えばやり過ぎたかもしれませんが、全身全霊でやり尽くしたという満足感もあります。

博士課程三年生の時から日吉化学教室で教鞭をとる機会に恵まれました。これまで理工学部の中で過ごしてきた身にとって、法学部、経済学部そして商学部のすべての文系学部の学生に教えることは、同じ文系学部の中でも目指しているものや考え方の違いを知る機会となり、私自身の勉強にもなりました。また、留学生や通信教育課程の学生にも教える機会があり、化学が多様な社会においてどのように役に立つかを考えるきっかけになったと思います。

日吉キャンパス化学教室での授業

知的財産権の世界へ

研究の道を進んでいた私が、現在の知的財産権分野に転向したきっかけは、大学でTLO(Technology License Organization、当時)の設立に携わったことでした。自分たちが行っている研究の成果が、どのように社会に役に立つのかを知りたいと思い、その社会に伝えるための知的財産権に関わることで、研究と社会とのつながりを自分で作りたいと思いました。研究が上手くいっていて次の仕事のオファーを幾つかいただいていた中での急な転向決意で、先生方からは様々なお言葉をいただきました。転向したその年に弁理士試験に合格した旨の報告に伺った際に、先生方の心底ほっとした表情に触れ、本当に心配をかけてしまったという申し訳ない気持ちと、見守って下さっていたありがたさとを覚えています。

それから知的財産の道を歩み続け、今はヘルスケアカンパニーで日本及び韓国の知的財産権の責任者を務めています。グループ会社全てを担当しているためカバーしている技術分野は製薬から医療機器まで幅広く、また、常に最先端の技術を追求しているため内容はどんどん変わっていきます。そのため、新しいことへの挑戦の日々ですが、大学で広い範囲の技術分野の基礎を学んだこと、そして、未知のものに取り組み自分で作り上げていく姿勢を培ったことが役に立っています。加えて、私が一緒に仕事をする人達は、研究を社会へと繋げていくという仕事の性質上、研究職の人達だけでなく、マーケット、事業戦略等多部門に渡り、さらに、社内外、国内外等、多種多様な背景を持つ人達です。ここでも、大学の実験や講義、オープンキャンパス等のイベントにおいて、理工学という専門分野を、同じ専門の人だけでなく文系の学生や学外の人達等、様々なバックグラウンドを持つ相手に合わせて伝えるスキルを習得したことが、仕事を進めるうえで着実に活かされています。

今の会社は社会貢献にも積極的で、ボランティア活動の一環として私自身も障害者支援施設を継続的に訪問しています。また、ちょうど今年は、DE&I(Diversity, Equity and Inclusion)の一環として、様々な背景を持つ人達にどのように教育をもたらし将来のキャリアの可能性を広げるかについて、アメリカやヨーロッパの人達と議論しています。大学を卒業してからも、数年に一度のペースで講演会や講義する機会を与えていただき、先生方や学生から新しい刺激を受け続けてきたからこそ、自分の経験を裏付けにアジアの代表として意見を挙げられると実感しています。

今の会社の上司と

終わりに

直接的な研究活動からは離れましたが、大学で学んだことや教える側に立った経験にひとつとして無駄なものはなく、変動する世の中で自分の能力を活かしつつ活躍するための礎となっています。今後も研究の成果と社会とを繋ぐことで、科学の発展と次世代の科学者とのために貢献していきたいと思います。

プロフィール

鈴木 麻珠三(すずき ますみ)
(桜蔭高等学校 出身)

1999年3月
慶應義塾大学理工学部化学科 卒業

2001年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻修士課程 修了

2004年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻博士課程 修了

2007年7月
米国ワシントン大学ロースクール(CASRIP) 留学

2008年3月
東京医科歯科大学知的財産本部人材養成プログラムアドバンスコース 修了

2003年4月
慶應義塾大学法学部日吉化学教室 助教

2006年4月
一色国際特許業務法人 弁理士

2013年11月
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ知的財産部 部長(現職)

2014年4月
慶應義塾大学文学部基礎化学 非常勤講師

資格・受賞歴
弁理士(特定侵害訴訟代理業務付記)、一級知的財産管理技能士(特許専門業務)
藤原賞

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