「物理だけが『学』なしでも学問として意味をなす」と学科主任の先生が言われたのは、学科振り分け後の物理学科歓迎会でのことでした。文字通り「物(もの)の理(ことわり)」を明らかにする学問としての魅力を再確認した機会でした。

思い返せば小学生の時に船の科学館で行われた宇宙博で最先端のロケットや月の石などに触れて以来、自然現象の解明に興味を持っていましたので、最適な選択をしたと胸をなで下ろしたものでした。しかしながら、そこに至る道のりは(そしてその後も)決して平坦ではありませんでした。

高校時代は国連での仕事を目指して経済学部への進学を考えていましたが、部活の先輩から物理の魅力を説かれ理系クラスを選択しました。ただ模試などでの物理の成績は振るわず(最低で偏差値35)、一浪してようやく慶應義塾大学理工学部に入学することができました。その後も特に力学で苦労が続き、一年留年してようやく研究室配属を迎えました。

宮島研究室の同期と地下実験室にて撮影。
左から2番目が筆者。

研究室は宮島先生のところ(現・能崎研)を選びました。22棟の1階奥でいつも電気が点いていて活発に研究を進めていることから(もちろん他の研究室もそうだったのですが、電磁気学の成績が良かったことから志望しました)、高人気の中をじゃんけんで勝ち抜いて選びました。ちょうど大学4年間打ち込んだ体育会射撃部(射的ではありません、念のため)を卒業し、研究室での生活に100%集中することができました。

特に輪講で担当した論文は現在でも私の研究の一つの軸となっております。研究室では装置の予約の関係により泊まりがけで実験することも多く、同じ研究室の仲間たちと飲食をして親睦を深めたものでした。キムチを見ながらまず1杯、一口食べてもう一杯、などと言いながら毎週のように日吉で親交を深めていました。また学会参加時に皆でレンタカーを借りたりして出掛けたのも良い想い出です。

宮島研では当時導入されて間もなかった磁気力顕微鏡を使ったNi-Fe合金の磁区構造観察を行いました。幸いにも論文2報にまとめることができ、国際会議でも2度発表することができました。修士課程に進学する際に、電子スピンの伝導を使った素子の研究への興味が膨らみ、フランスから来ていた研究員の方や江藤先生の協力を得ながら海外留学を志しました。英米仏の大学に資料請求を行い、回答をもらうことができた英国の大学に応募しました。その中でケンブリッジ大学のブランド先生から前向きな回答があって、ちょうど東芝に講演にいらっしゃることになっていたので、品川プリンスホテルで会っていただくことができました。そこからトントン拍子に博士課程留学が決まりました。

ギリシャ・ロードス島でのサマースクールに
ブランド研メンバーと参加。
右から3番目が筆者。

ブランド研には30名近い学生・ポスドクが在籍しており(英国の中では非常に異例な規模)、同僚同士で自由に研究を進められる環境でした。円偏光を用いたスピン偏極電子励起と磁気力顕微鏡による薄膜・素子評価の二本立てで研究を進めました。先生から「留学生は(英国の学生ほど)頻繁に家に帰れないので研究成果が大きい」と冗談交じりに言われたりもしました。また同僚の中にはカレッジ(主に教育・研究を担当する大学(ユニバーシティー)に対して少人数教育・学生寮などを担当)も同じ学生もいて、共に下宿するなど一生続く親友が得られたことは非常に大きな財産です。

ケンブリッジ大学での学位授与式。中央左で学長に手を握られ学位の宣誓をしている筆者。

ポスドクも含めて4年半ほどケンブリッジで過ごしましたが、微細加工を含めて新たな技術を習得したいという思いが募り、独米を中心に転職先を探しました。30件以上に応募した結果マサチューセッツ工科大学のムーデラ先生が受け入れてくれることになり、相変化メモリの開発と磁気トンネル接合の研究を行うことができました。

東北大猪俣研での芋煮会。
前から2列目左が筆者。

その後は東北大の猪俣先生の下でCREST研究員としてホイスラー合金薄膜の研究、理研の大谷研でナノスケール素子の開発に邁進しました。2007年に英国ヨーク大学で公募があり、自分の研究室を主宰できることになりました。これまで各機関で学んだ手法を用いて、新たな磁性材料とスピントロニクス素子の開発並びに非破壊イメージング手法の確立を進めています。

筆者主催で隔年開催しているヨーク大でのシンポジウム。

これら日米欧での経験から、世界各国からの研究者との間に存在する研究への姿勢の違いなども学ぶことができました。具体的にはスマートな研究を目指す英国、応用志向な米国と系統的な研究が得意な日本というような大まかな差を感じています。研究への取り組み方を含めて、様々な国からの留学生やポスドクそれぞれの長所を生かすように研究を進めています。博士号は運転免許のようなもので、どんな悪路でも乗り越えていけるような研究者を育てたいと考えています。英国では研究費の採択率が日本に比べて非常に低いものの、日本をはじめ各国との幅広い共同研究も含めて、スピントロニクス研究のハブの一つとなることを目指しています。

ヨーク大学の研究室。右が筆者。

末筆ながら塾員来往に寄稿する機会を与えてくださり、どうもありがとうございました。拙い文章ではありますが、多少なりとも物理(特に磁性・スピントロニクス)の魅力が伝わり、一人でも多く世界に羽ばたこうと考えてくれましたら幸いです。

ヨーク大学、筆者の実験室にて。

プロフィール

廣畑 貴文(ひろはた あつふみ)
(東京都立日比谷高等学校 出身)

1995年3月
慶應義塾大学理工学部物理学科 卒業

1997年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程 修了

2001年10月
英国ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所博士(PhD)課程 修了

2001年10月
英国ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所 ポスドク研究員

2002年3月
米国マサチューセッツ工科大学 フランシスビッター磁性研究所 ポスドク研究員

2003年4月
東北大学工学部材料物性学科 CREST研究員

2005年4月
理化学研究所フロンティア研究システム量子ナノ磁性研究チーム 研究員

2007年9月
英国ヨーク大学電子工学科 講師

2011年10月
英国ヨーク大学 准教授

2014年10月
英国ヨーク大学 教授

2018年10月
英国ヨーク大学 上席教授

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