私は現在、関西学院大学理工学部において教育・研究に従事しています。「有機化学」を専門にしています。早いもので関西の地に異動してから12年が経過しました。
今回、本稿に筆を執るにあたり、若かりし頃の記憶を辿ってみました。
高校時代は月刊誌「大学への数学」の学力コンテストに毎月応募するぐらい(実力はさておき)数学に興味を持っていました。一方、化学の方は、化学の先生が3年間担任になるという恵まれた環境を活かせず、正直、それほど興味が湧きませんでした(担任の先生、スイマセン!)。ところが、高3の夏にS予備校の化学の先生の講義(中和滴定の話でした)を聞いて、化学は暗記ではなくて体系的に理解できる学問であるということに気がつき、それをきっかけに化学が好きになりました。そういう訳で、大学は化学系のIII系に入学しました。
いざ大学に入学して学業に打ち込むと思いきや、大学3年間はテニスサークルの活動に夢中になっていました。特に、3年生になるとコートリーダーなど中心的な役割を担うことになり、午前中の矢上の授業を終えるとダッシュで川崎や品川のテニスコートに向かうという日々を過ごしていました。教員目線で言えば不良学生でしたが、学生実験の際に恩師である鈴木啓介先生から「君は今日の僕の授業に出ていなかったね。」と声を掛けられるぐらい、化学科は学生と教員との距離が近くて、アットホームな雰囲気がありました。そんなサークル中心の生活でしたが、有機化学の授業には可能な限り出席していました。鈴木先生の「有機反応論」の講義は、なぜその反応が起こるのかという視点から反応の本質を理解することに主眼が置かれ、その解説に「なるほど。」と妙に納得がいき、ベンゼン環を見ると次第にワクワクするようになりました。
研究室配属では鈴木研究室の門を叩きました。3年生の3月1日より新たな生活がスタートしました。学生実験のTAの際にはフレンドリーで笑顔の多かった先輩が、実験中は私語もなく非常に真剣な表情で研究に打ち込む姿を見て、サークル活動の延長線上にあった気分が一瞬で吹き飛びました。研究室はとにかくメリハリがありました。化学科のサッカー大会で優勝するために特訓したり、土曜日の夕方の“充を囲む会”(現、九州工業大学北村充先生が発足)で将来を語り合ったりなど、研究と息抜きのバランスが非常に良かったです。
大学院に進学する際、鈴木先生が東工大に異動することになり、研究場所を大岡山に移しました。研究テーマは、高反応性分子を用いた反応開発と見た目に面白い(=構造論的に興味深い)人工分子の合成でした。ここで経験したことは、自分が設計した通りに反応が進行することは極めて少ないということです。うまくいかない実験の方が多いので、俗に言う心が折れた状態になる訳ですが、それで終わりにせずにうまくいかない原因を明らかにすることが、次のステップにつながるということを学びました。
「転んでもただでは起き上がらない。」という心意気で実験に取り組むと、予期せぬ結果が新しいテーマに繋がるということもありました。海外から講演旅行で来日した教授とのディスカッションでのアドバイスが突破口になることもありました。研究では、「伸るか反るか」という場面もあります。この反応がうまくいけばゴール、そうでなければ、、、という時には運も大事ですが、やはり研究を楽しむ気持ちが非常に重要であると感じています。
研究室では、同期3人が博士課程まで進学し、お互いに切磋琢磨しながら成長しました。私は、博士課程を中退して教員の立場となり、研究室の運営も支えました。
2008年より現在の関西学院大学で研究室を立ち上げる機会に恵まれました。大学のある三田は山田錦の産地としても有名で、四季の移り変わりを楽しむことができる自然豊かな場所にあります。その気になれば、ぱっと温泉にも行けるので、温泉好きの私には恵まれた環境です。ぼ〜っと湯に浸かりながら、標的分子の合成戦略を練ることもしばしばあります。新天地ではベンゼン好きに拍車がかかり、ベンゼン環を高度に縮環させた新しい芳香族化合物の合成と物性・機能の開拓に精力的に取り組んでいます。
慶應大、東工大、関西学院大と三つの大学で個性豊かなメンバーと研究活動をともにしてきました。慶應の良さは何と言っても個々のスマートさに加えて、その結束力にあります。慶早戦で肩を組んで「若き血」を歌う際に生まれる一体感を研究生活でも強く感じることができました。これからも「塾員」としてのマインドを持ち続けながら、高い目標を持って一体感のある研究室運営を行なっていきたいと思います。
羽村 季之(はむら としゆき)
(神奈川県立厚木高校 出身)
1996年3月
慶應義塾大学理工学部化学科 卒業
1998年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻 修了
2000年3月
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻 中退
2000年4月
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻 助手
2007年4月
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻 助教
2008年4月
関西学院大学理工学部化学科 准教授
2013年4月
関西学院大学理工学部化学科 教授
2015年4月
関西学院大学理工学部環境・応用化学科 教授
現在に至る