この塾員来往では慶應義塾大学理工学部を卒業しその後さまざまな分野で活躍する方々が、後輩のみなさんへ向けて在学中や卒業後に学んだことを伝えていく場だと認識している。 このような場に私のような人間が寄せられる文章などあるのだろうかとも悩んだが、中野先生からの推薦理由が「ユニークな経歴の持ち主」ということだったので自信を持って書かせていただくことにした。
たくさんの人に支えていただきながら長い間好きなことをやっている私から偉そうなことは何も言えないが、とにかく好奇心を持って学び続けよう。
新しいことでも、古くからあることでもいいから「知りたい」「見つけたい」「実現させたい」「上手になりたい」好奇心さえ持ち続けていればどんな状況でも楽しめると信じている。
母と祖父が数学の教師、父がSEという理系な家庭に育ち、幼い頃から数学やコンピュータに親しんだ私は迷うことなく高校で理系クラスを選択。
大学進学時、情報系に強い関心を持っており学門5を第一希望としていたが実力不足により推薦をいただけず断念。しかしあれもこれもと好奇心ばかり強くて優柔不断な私の目に、基礎的な物性から情報系への応用まで幅広い分野をカバーする電子工学科(現:電気情報工学科)はとても魅力的に映り進むことを決めた。
大学時代はその時間のほとんどをバンドサークルなどでのドラム演奏に費やしていた。
教室にいる時間より塾生会館にいる時間のほうが圧倒的に多かったはずだ。
K.B.R. Modern Schacks、K.B.R. the Kalua、クロスオーバー研究会など、学内のサークル複数に顔を出して様々な人たちと出会い、好きな音楽の話ばかりして朝になるまで酒を飲んでは、ときどき単位を落とす。
4年生になると中野誠彦先生の研究室へ配属。
歓迎コンパの日、それまで音楽仲間しか友人がいなかった私は、「果たして音楽の話がない場でなじめるのか」めちゃくちゃ不安だったのを覚えている。
しかし、逆に新しいコミュニティはとても新鮮で興味をひかれることが多く、その後大学院修了までの3年間は研究室メンバーには多くの部分で支えられ、寝食・苦楽をともにする。
研究室では配属当初CMOS回路の基板ノイズを研究する班に所属。
様々なアイディアをシミュレーションで試行錯誤する日々を送るが、大学院へ進学してからは新たな分野へ進むことになる。
今ではバイオメディカルLSIと呼ばれている、神経信号センシング用CMOS回路の開発だ。
NTT研究所との合同研究として始まったこの研究は、神経細胞が発する微弱な電気信号を取り出すための低ノイズ増幅回路を設計・開発し、さらには実際に培養された神経細胞を用いてその電気信号を確かめるというもの。
回路ノイズのこともまだまだ理解しきれていない自分にはずいぶんと大きな課題のようにも思えたが、それよりもこれまで学んできた電子工学の分野を飛び越えた挑戦にとてもワクワクしていた。
開発したチップを携えNTT研究所へ出向いた共同実験は実際には数えるほどだったはずだが、夜を徹して神経細胞の活動と向き合ったあの時間は猛烈に記憶に残っている。
さらに特別な経験として覚えているのは、ワシントンD.C.で開催された国際学会SfN2008へのポスターセッションでの参加。
Abstractやポスター作成にも苦労するほど英語があまり得意でなかった僕は、最終的には質問者とメモを使って会話をした記憶すらある。
そんな貴重な経験を積ませていただいている裏でもそれまで通り、いやそれまで以上に音楽活動の範囲を広げていった。
ダンス×バンドサークルや他大学のゴスペルサークルに参加したりと、学外での活動も増えていったりして、今のバンドメンバーとも出会ったのもこの時期だ。
かなりの時間を音楽に割いていた僕でもこのような特別な経験をさせてもらえたのは、新しいアイディアや疑問に強い好奇心で付き合ってくれた中野先生、そしてチップの設計や実験に深夜まで付き合ってくれた研究室メンバーのおかげであることは間違いない。
改めて感謝を述べたい。
卒業後はNTTコミュニケーションズでSEを2年経験した後に脱サラ。
現在はwacciというバンドのドラマーとして、ドラム演奏のほかwebサイト構築や動画編集など好奇心の赴くまま様々な分野に首をつっこみながら活動中。
学んだ分野とまるで違うことをやっているように思われることも多いが、周波数の考え方や音響機器に関しては理工学の知識が役立つことは驚くほど多い。
そういった直接的に関連すること以外にも「この勉強は何の役に立つの?」と感じていたことも学ぶことを続けていれば突然繋がる瞬間がやってくる。僕にとっての理工学部は学ぶことをやめない為に「どう学ぶかを学んだ」場だった。
これから入学するみなさんにもどうかそう信じて学び続けてほしい。
最後に
本稿執筆時はいまだコロナウィルスが世界中で猛威を振るいエンターテイメントも教育も従来の形で届け・受け取ることが難しい状況である。
医療従事者および社会インフラを支えてくださっている皆様に感謝するとともに、一日も早く事態が収束し、再び様々な分野で豊かな好奇心が発揮されリアルなコミュニケーションが活発に行われる日が来ることを心から待ち望んでいる。
※写真提供協力:佐藤大祐、山口昌也(中野研OB)
横山 祐介(よこやま ゆうすけ)
(慶應義塾高等学校 出身)
2007年3月
慶應義塾大学電子工学科 卒業
2009年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻 修了
2009年4月
NTTコミュニケーションズ株式会社 入社
2011年3月
NTTコミュニケーションズ株式会社 退社
2012年11月
EPIC Records Japanよりwacciとしてメジャーデビュー
現在に至る
※wacciプロフィール
暮らしの中にそっと入り込んでいけるようなPopsを作るべく結成したバンド、wacci。バンド名のワッチは「私たち」の略。
「別の人の彼女になったよ」は、wacci史上初の女性目線の異色の楽曲として話題沸騰中。
そのほか、ドラマ主題歌となった代表曲「大丈夫」やSNSで話題となった「感情」をはじめ、泣いていたあなたがちょっと笑えるような、笑っていたあなたがもっと笑えるような歌を届けます。