この度は、塾員来往への執筆という素晴らしい機会を与えていただき、大変光栄に感じております。研究室を主宰されていた清水史郎先生をはじめ、関係の先生方にこの場を借りて感謝申し上げます。 学生時代の記憶をさかのぼり書きましたので、慶應義塾大学理工学部に少しでも興味を持っていただく機会になれば幸いです。
私は慶應義塾高等学校(通称、塾高)の出身です。塾高はのびのびとした自由な校風で、生徒だけでなく先生も個性豊かな方が多い印象でした。高校三年間はひたすら部活(吹奏楽部でトランペット)に時間を注ぎ込んでいました。
高校で理系文系を選ぶとき、国語と社会の科目が苦手で、小さいころから昆虫採取が好きだったという程度の理由で、特に目的意識もなく漠然と理工学部を目指すことにしました。
周りでよく話していたのが、大学では内部生は外部生と違い受験をせずに入るから、かなり勉強をしないと追いつけないぞ、という内容の話でした。私は特に成績が良いというわけでもなく、大学に進学したあとに周りについていけるのかを不安に感じておりました。そんな時、物理の先生が「塾高の卒業生たちは他の学生に負けないガッツがあるので何とかなる。研究生活でも粘り強く生きていけるはずだから頑張れ。」という言葉をくださり、「まあなんとかなるか」と明るく自分を保つ礎となりました。
この言葉は学生生活、研究生活だけでなく、社会人になったあとでも自分を奮い立たせる言葉となり、今でも時折反芻しております。
大学では真面目に授業を受け、サークルに参加し、アルバイトをしてと、ごく当たり前の学生時代を過ごしましたが、そのどれもが私にとってかけがえのないものであり、毎日がキラキラして見えました。
特に力を捧げていたのがサークル活動で、私は慶應ウインドアンサンブルという吹奏楽サークルでトランペットを続けていました。100人以上という大所帯ながら、みんな個性的で、1人1人が真剣に遊び、真剣に音楽に取り組んでいました。お酒の味も覚えて、また様々な人がいる中でどうやって周囲と付き合っていくかを学ぶことができ、自分の人格形成に大事な時間であったと、今振り返って思います。
ただし、授業をサボることはなく、サークルと両立させていました。化学と生物に興味があったため、入学時は学門3を選択し、2年生に上がるタイミングでは、アウトプットの幅が広い応用化学科に入りました。
3年生になると研究室選びがもっぱら話題の中心になりますが、有機化学も面白かった中で、個人的には生体触媒というものに興味を持っておりました。化学合成では難しいような反応でも、酵素を使えば簡単に進むということに感動を覚えたのがきっかけで、生物への興味が湧き、いつの間にか化学のフィルターを通して見る生物分野に憧れておりました。気が付けば、応用化学科で最も生物寄りである清水研究室に入ることを心に決めていました。
当時清水研究室ではタンパク質の機能制御に関わる「糖修飾」に注目して研究しており、研究室の同期も殆どそれに関連した研究テーマとなっておりました。
そんな中、自分は学科内の高尾先生との共同研究で、全合成に成功した天然化合物の活性評価をすることとなりました。また合成中間体も多数頂けたので、どの部分構造が活性に重要なのかも同時に調べることとなりました。
これまで研究室で扱ってこなかった、新しい研究テーマを任せてもらえたことを喜び、毎日目を輝かせながら実験を行っていました。
ヒントがほとんど無い状態からの評価だったので、色々な実験を試してみてもヒットはほとんど無いのが現実でした。ですが、新しい実験を組むときは、どんな作用を持っているのだろう、ひょっとして新しい抗がん剤の種になるのではないか、とワクワクしながら計画を立てていました。
清水先生の部屋でのディスカッションにて、決定的なデータを持って行ったときに、よくやったなと握手をして頂けたのは、昨日の様に覚えています。
比較的早いうちから国内、国際学会に参加させてもらい、論文発表の機会も与えて頂きましたので、とても感謝しております。(今だから言えますが、学会参加時にはコアタイムから解放されるため、研究室の中では、一種の旅行のようなイベントでした。国際学会のために清水先生と二人で行ったドイツで食べた絶品ローストポークとビールの味は忘れられません。)
ラボには様々な機械や技術があり、自前でできない実験に関しては清水先生が外部の先生を紹介してくださりました。また学内ではアクセス可能な論文が非常に多く、必要な情報は自分で得ることができる環境が整っていました。「環境は整っている、後は自分がやるだけ」という状態で、研究室の仲間と切磋琢磨しながら生活を送ることができたのは、非常に恵まれていたと思います。周囲からの刺激を受けながら、自分の意志で研究を進めた日々は、一生忘れることのない宝物となりました。
研究で用いていた化合物がどんな薬になるだろうか?という視点で研究を行っていたため、就職の際には製薬会社のイメージがあり、縁あって現在の会社に就職することができました。
現在は、医薬品の開発〜販売の流れとは関係のない部署ですが、研究業務を行っておりまして、外部との共同研究を通して、会社の新規事業に関わるような業務を行っています。仕事では広範囲の理化学的な視点が必要であり、半分以上が研究室時代に触れてこなかった領域の内容です。ですが、研究室で培った知識や考え方、理系的なセンスは、現在の仕事に大きく役立っており、これも清水先生に指導して頂いた賜物だと感じております。
これからは、企業の研究者という立場で、社会に貢献できる技術の開発や発展に携わっていきたいと思います。
最後になりますが、心を込めて過ごした研究生活の経験はどんな職種でも役に立つはずです。将来どんな職業に就きたいかも決まっていないのに理系で大丈夫だろうか、周りが文系ばかりだが自分は理系で本当に良いのだろうか、と悩んでいる方もいるかと思います(私がそうでした)。将来へのアドバイスはできないですが、私が自信をもって言えることは、真剣に集中して研究を続けることは必ず自身の成長を促し、将来の武器になる知識やスキルをもたらしてくれるということです。その経験は、理系職であろうが文系職であろうが、自分を助けてくれる瞬間がいつか必ず来るだろうと確信しています。慶應義塾大学理工学部は、そのような経験が得られるように、真剣に、夢中になって勉強、研究ができる環境を整えてくれている場所です。
宮嵜 奏(みやざき そう)
(慶應義塾高等学校 出身)
2015年3月
慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業
2017年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了
2017年4月
東和薬品株式会社 入社
現在に至る