このたびは、塾員来往に寄稿する機会を頂きましてどうもありがとうございます。

私にとっての慶應義塾大学での一番の財産は、出会いです。恩師、先輩、仲間、そして研究。そして、同じ研究者である母の座右の銘「継続は力なり」を心にとめながら日々生活しています。

両親が大学で物理の教師をしておりましたので、私が物理の道へ進んだのは自然の流れだったのだと思います。小さい頃に、不思議に思ったことや興味を持ったことを両親が簡単な実験で説明してくれたこともありました。小さいながら身近な自然現象を物理学で説明できることに感動したことも大きく影響していると思います。

慶應義塾大学理工学部へ入学後、私は物理学科を志望し、修士課程ではレーザー分光学を専門とされていた佐々田博之先生の研究室に入れて頂きました。そこではまず軌道角運動量をもつドーナツ型のラゲールガウス(LG)ビームの生成に関わる研究に取り組みました。佐々田研では分子分光の研究テーマが本流?だったのですが、先生は私に、分子分光ど真ん中よりも斬新さがある面白そうなテーマを与えて下さったのだろうと思っています。

初めての物理学会(神戸大学)筆者は左から2番目

初めての物理学会での思い出は大変印象深いものでした。父や母の研究室の学生の皆さんとも同じ量子エレクトロニクス分野での発表。先生の娘はどんな発表をするのか興味津々だったのか会場の中は知っている顔が大勢。登壇すると、心配そうな先生や両親の顔、あとは興味津々な顔がずらりと並び、とにかく成功させなきゃ!という異様なプレッシャーがのしかかってきたことを覚えています。よほど緊張していたのか記憶はそこまでで、どんな発表をして、どんな質問をされたかもまったく覚えていません。この学会デビューには物理学科の仲良し女子で行くことができ、発表後は心置きなく神戸観光をしたことだけはよく覚えています。

さらに佐々田先生は、私が修士2年生の時に、量子光学や量子エレクトロニクス分野でレーザー冷却による原子の光トラップをご研究されていた、東京大学駒場キャンパスの久我隆弘先生の研究室との共同研究への参加の機会を下さいました。LGビームの中に原子を光トラップするという挑戦でした。せっかく佐々田先生から頂いたチャンスだったので、博士課程はこの実験の続きを行いたいと思い、博士課程は久我研究室に籍を移すことにしました。

博士課程での研究テーマは、微小共振器を用いた原子と光の結合系の量子状態の制御というものでした。微小共振器内に10個程度の原子が存在する状態を作り、そこに周波数をある条件に設定した光パルスを伝播させます。原子-光結合系の屈折率が周波数とともに大きく変化する領域では、共振器内に原子がないときに比べ、光パルスの伝播速度(群速度)が光速よりも極端に遅くなったり、逆に光速を超えるように見えたりする場合があります。この観測はこれまでの技術の集大成で、私にとっての難易度も相当高く、なかなか結果が出ずつらい時期が続きましたが、やっと成功した瞬間は今でも忘れられません。

さて、一連の実験の中でふと、波長系に表示されている桁数を見て、この数値は最後の桁まで正しい?誰がどう決めている?という疑問にぶつかりました。その時、この数値は国の「標準」にトレーサブルであり、この標準をつかさどっているところが産業技術総合研究所(産総研)であるということを教えていただきました。究極の条件で日々苦労しながら実験に取り組んでいたこともあり、この数値を決める機関の重要性を深く感じたのもこの時でした。

国家標準を作り上げ、その信頼性を担保する、ということに大いに興味を持った私は産総研の計測標準研究部門を志望し、研究職として採用頂きました。ここでは温度、質量、長さなどの物理量を測定するとき基準となる計量標準をつくるための研究開発を行い、それらを学界や産業界に供給しています。自らが開発した計量標準が「国の標準」となり、社会に直接貢献できることは、責任が大きい一方でこの仕事の最大な魅力であるといえます。

入所後は、光で温度を測定できる放射温度計やサーモグラフィなどを校正するための温度標準技術の開発に取り組みました。日本では未確立だった温度域での標準の立ち上げという課題でしたが、国内唯一の標準が正しいかどうかは自分自身であらゆる手段を使って検証しなければならず、その責任をひとえに背負って自信をもって世の中へ標準を送り出す瞬間は、これまでの努力がむくわれる瞬間でした。並行してこの標準技術をベースとした高速放射測温技術の研究開発も行いました。アメリカで行われた国際学会で発表し、その年にノーベル物理学賞を受賞されたJILA研究所のジョン・ホール先生ともお会いできました。

高速放射測温技術の発表
アリゾナでのOSA Annual Meeting 2005

OSAの国際学会にてジョン・ホール先生と

デュアルコムによる温度計測の発表
ポーランドでのTEMPMEKO2016国際学会にて

現在は、グループの垣根を超え、周波数計測研究グループに所属しています。周波数間隔の正確さから、超高精度な周波数測定や長さ計測に利用されている光周波数コムという超短光パルスレーザーを用いたデュアルコム分光技術を活用し、グループのメンバーと、気体分子の吸収スペクトルを測定し気体の温度を測定する新たな技術を開発しました。このグループには現在なんと、恩師の佐々田先生が客員研究員として研究をされています。あらためて私にとっての慶應義塾大学での一番の財産は、出会いです。

さて、プライベートでは4月から中学生になった長女のお弁当を毎朝5時起きで作っています。最近は10品目をいかに早く仕上げられるかが楽しくなり、今や趣味となっています。長男は小3の卓球少年。神戸や愛知など色々な大会に行くため、旅行好きな家族としては一石二鳥です。

プロフィール

清水 祐公子(しみず ゆきこ、新姓 工藤 )
(雙葉高等学校 出身)

1996年3月
慶應義塾大学理工学部物理学科 卒業

1998年3月
慶応義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程 修了

2001年3月
東京大学大学院総合文化研究科相関基礎科学系広域科学専攻博士課程 修了
日本学術振興会 特別研究員

2001年4月
独立行政法人産業技術総合研究所計量標準総合センター計測標準研究部門 入所

2015年4月
国立研究開発法人産業技術総合研究所計量標準総合センター物理計測標準研究部門

2019年4月
国立研究開発法人産業技術総合研究所計量標準総合センター研究戦略部

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