はじめに

現在、自分は横浜市立大学において、教育、研究に携わっております。後にも触れますが、自分は、高校から留学期間を挟んで17年間、生徒、学生、教員という立場で、慶應にいたことになります。雑多な文章になるかと思いますが、ご容赦下さい。

高校から大学

高校受験を経て、なんとか慶應義塾高等学校に紛れ込んだ自分ですが、受験勉強の反動からか見事に落ちこぼれました。今でも覚えているのは、ある数学の試験で、200点満点中16点しか取れなかったことです。数学は苦手でしたが化学に興味があったため、進学時に理工学部を選び、なんとか潜り込むことができました。

化学ならなんとかなるだろうと思い、化学科と応用化学科に進級できる3系(今の学門E)で入学しましたが、相変わらず数学、物理には手を焼いていました。そのような中、1年生後期の必修科目であった化学第3が、その後の進路を決めることになります。化学第3は有機化学の基礎科目でしたが、当時は理工学部の1年生全員必修で、1000人の学生が4クラスに分かれて講義を受けていました。その中で、自分の講義を担当されていたのが山村庄亮先生でした。今にして思えば、大学1年生に対しては難しい講義だったようですが、山村先生の化学に対する情熱が垣間見られた気がします。この講義がきっかけで、有機化学に興味を持つことになり、山村研究室のある化学科への進級を決めました。この講義の期末試験前に、友人宅において徹夜で試験勉強をしたのは今でもいい思い出で、この時の友人達とは、今でも定期的に会って旧交を温めています。

研究室

当時の山村研究室は、山村先生を筆頭に、天然物の合成と電解合成を西山繁先生、植物の光屈性に関する研究を小瀬村誠治先生、植物の就眠物質の研究を上田実先生が、それぞれ精力的に推進している体制でした。自分は、天然物の全合成に興味があったため、海洋天然物であるブリオスタチン3の合成研究のグループに入れていただきました。

卒業研究では、先輩の手伝いをして、目的となるブリオスタチン3の原料となる化合物を大量に合成することが必要で、この時、数多くの反応を経験できたことが大きな糧となりました。また当時、研究室におられた先輩方には大変お世話になりました。夜遅くのディスカッションなどでは、自分の研究の話だけでなく最新の研究動向まで、幅広い議論に参加させていただき、これらがその後の研究生活の礎となったと思います。

山村先生は、自分が修士2年になる時に定年退職されたため、その後を引き継いだ西山先生のご指導のもと、修士を修了し博士課程へと進学いたしました。ひき続き、天然物の全合成をテーマに研究を行なっておりましたが、博士課程2年になる時に、化学科の助手(有期)に採用していただくことになり、それから、博士課程の学生兼教員として、教育にも従事することになりました。学生として後輩の面倒を見てはいましたが、教員として指導する立場になると勝手が違うので、いろいろ試行錯誤を繰り返しながら3年間、勤めさせていただきました。その間に学位を取得し、3年の任期が切れた後、ドイツへ留学いたしました。

学部4年生頃、山村先生と

学部卒業時、学科の謝恩会(雄飛会)

ドイツ

2005年から、およそ2年間、ライプティヒ大学のGiannis教授の研究室にAlexander von Humboldtリサーチフェロー(ポスドク)として在籍いたしました。Giannis教授はギリシア出身で、ドイツで医師免許を取ったあと、有機化学で学位を取ったという変わった経歴を持っており、研究室も、有機合成を行うラボと生物学的アッセイを行うラボを同時に運営されていました。プロジェクトとしては有機合成のテーマが多かったのですが、合成する化合物の選び方において、医者でもあるGiannis教授独特のセンスが感じられ非常に勉強になりました。

Giannis教授と

再び慶應

2007年より再び、理工学部化学科西山研究室の助教として採用していただきました。在職は4年間ではありましたが、研究、教育だけでなく、学科、学部の運営などにも貢献できていたとしたら、少しは恩返しができたかもしれません。学部時代から2度目に慶應を退職するまで、西山先生には本当にお世話になりました。

ある年の西山研究室の集合写真

横浜市立大学

2011年4月から現在所属する横浜市立大学に移りました。この年の3月に東日本大震災があり、非常に忙しない中、移ることになり、当初は苦労もありましたが、なんとか今に至っております。現在は、もともとの専門である天然物の全合成や、それらをもとにした新規生物活性物質の創製を行っております。今後も、より一層、研究、教育に力を注いでいきたいと思っております。

以上、とりとめのない話になってしまいましたが、17年間お世話になりました慶應義塾での経験が、今の自分の大きな礎になっているのは間違いありません。ありがとうございました。

プロフィール

石川 裕一(いしかわ ゆういち)
(慶應義塾高等学校 出身)

1999年3月
慶應義塾大学 理工学部 化学科 卒業

2001年3月
慶應義塾大学大学院 理工学研究科 化学専攻 修士課程 修了

2002年4月
慶應義塾大学 理工学部 化学科 助手(有期)

2004年3月
慶應義塾大学大学院 基礎理工学研究科 基礎理工学専攻 博士課程 修了, 博士(理学)

2005年6月
Alexander von Humboldt リサーチフェロー(ドイツ・ライプティヒ大学)

2007年4月
慶應義塾大学 理工学部 化学科 助教

2011年4月
横浜市立大学 国際総合科学部 物質科学コース 助教

2014年4月
横浜市立大学 国際総合科学部 物質科学コース 准教授

2019年4月
横浜市立大学 理学部 理学科 准教授(改組による)

現在に至る

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