今回執筆の機会を与えていただいたことを光栄に思います。私は高校時代の化学の授業や実験が面白かったことがきっかけで、本塾の理工学部、理工学研究科(修士・博士課程)に進学し、その後もケミカルバイオロジーという分野のプロの研究者として科学に携わる人生を送ってきました。学生の皆様にとって、私の経験談が少しでも参考になれば幸いです。

学生生活

将来は研究者として疾患治療に貢献したいという漠然とした夢を持ちつつ大学生活をスタートさせましたが、具体的なビジョンはまだ描けておらず、授業や学生実験などに取り組みながら自分の進むべき方向性を模索していました。2年生に上がる時には学科分けがあり、生命科学に興味があったことに加え、流行に乗りたい気持ちもあって当時新設されたばかりの生命情報学科を選びました。生命情報学科は文字通り、生物学も情報科学も(そして化学も物理学も)分かる人材を育成することを目標としており、現在の専門とは直接関係のない勉強も多くしましたが、当時幅広く学んだお陰で視野を広げることができたかもしれません。

学業以外では、入学後すぐに理工学部体育会水泳部に入部し、日々練習に励んでいました。シーズン中の練習は朝7時半開始で週4日、さらに週末に試合と、大学生活の結構な割合を水泳が占めていましたが、仲間と切磋琢磨しながら非常に充実した時間を過ごすことができ、心身ともに鍛えることができました。

試合後に水泳部の同期・後輩と

4年生からは研究室に配属され、大学院と合わせて6年間、研究中心の生活を送りました。研究室選びの際には、がんの治療に貢献したいという思いから、井本正哉先生が主宰されていた応用細胞生物学研究室(当時)の門を叩きました。研究内容は、土壌にいる微生物の代謝物やその誘導体の中から抗がん活性を有する化合物を探索し、その作用を分子レベルで解析する研究でした。がん細胞に効く化合物を探索する過程は宝探しのようでワクワクし、世界中の誰も見つけたことのない化合物を自分が発見し、その効果を1番に試せる点が魅力的でした。実験系の研究室でしたのでほぼ毎日朝から晩まで研究室で過ごしましたが、研究室のメンバーから多くを学ばせていただき、特に井本先生からは知識や技術だけでなく研究者に必要な心構えやハードワークの重要性なども教えていただきました。

修士学位授与式後に井本研究室の同期と

卒業後にバルセロナで開催されたシンポジウムで井本先生と再会

社会人としての研究活動

大学院修了後は、理化学研究所(理研)の長田裕之先生のグループで研究する機会をいただきました。有機化合物をツールとして用いてがん細胞の機能を理解し制御する、という研究の軸は学生時代と変わっていませんが、理研はベテラン研究員が多く、最先端の研究機関で研究できる喜びを感じながら日々の研究に励んでいました。そして理研で働き始めて5年が過ぎようとしていた頃、共同研究先であるドイツ・ドルトムントのマックスプランク研究所(MPI)に行ってみないか、というお話を長田先生よりいただきました。研究の世界に国境はありませんし、自分もいつかは海外挑戦をしたいと思っていましたので、不安もありながらあっさりと渡独を決断しました。

理研・長田研究室のメンバーと

実際にMPIのHerbert Waldmann先生のグループに加わってみてまず驚いたのは、非常にグローバルな環境だったことです。世界屈指の研究機関であるMPIには、周辺のヨーロッパ諸国やアジアなど世界中からモチベーションの高い研究者が多く集まっており、ドイツ語圏ですが研究所内の公用語はもちろん英語でした。出身国は違えど同僚の多くは自分と年齢が近く、同分野の研究を志しているという共通点があって、刺激を受けることは多かったです。研究の方も、それまで自分が理研で進めていたがん細胞の酸化還元制御に関する新たな研究提案をし、Waldmannグループの専門家の方々のご協力の下で、無事に成し遂げることができました。さらに嬉しかったのは、グループに新たに加わったドイツ人大学院生の研究指導を任せていただき、日々議論を重ねながら一緒に研究を進められたことです。約1年半の滞在期間中にMPIで多くの貴重な経験をし、良き仲間に出会えたことは、私にとって何ものにも代え難い収穫でした。

ドイツ・MPIの生物系研究チームのメンバーと

最後に

私は大学入学時に現在の姿を思い描いていたわけではありませんが、現在の仕事や生活においても本塾で学んだことや経験がかなり活きていると感じています。私が理工学部に入学した約20年前と比べると、今は世の中の仕組みも科学技術のレベルも大きく違いますし、これから20年後はさらに変化すると思います。今すぐに役立たなくても将来重要になることもあると思いますし、逆もまた然りです。本塾理工学部には素晴らしい人と学べる環境がそろっていますので、自分が興味あることを中心に幅広く学び、学生生活を思う存分楽しんで下さい。

プロフィール

河村 達郎 (かわむら たつろう)
(慶應義塾志木高等学校 出身)

2005年3月
慶應義塾大学理工学部生命情報学科 卒業

2007年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了

2010年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程 修了

2010年4月
理化学研究所 特別研究員・基礎科学特別研究員

2015年9月
ドイツ・マックスプランク分子生理学研究所 訪問研究員

2017年4月
理化学研究所 研究員

現在に至る

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