この度は、塾員来往に寄稿する機会を頂きありがとうございます。私は1999年に物理学科を卒業し、その後京都大学にて修士課程、東京大学にて博士課程を修了し、研究員、特任助教、准教授を経て、現在筑波大学にて研究室を主催しています。物理学科に在学していた時は、友達と遊んだりアルバイトをしたり、勉強以外のことで忙しく毎日を過ごしていて、成績も良くなかったので、当時の私を知る先生や友達からは、現在私が研究者となり大学で働いていることに、とても驚かれます。自分でも驚きです。あまり将来のことを深く考えることなく、目の前にある興味深いことについて仕事していたら、このような職につき、研究を続けていました。

私は、高校の時の先生がとても面白く教えて下さったのをきっかけに物理に興味を持ち、そして物理がとても好きになり、大学で物理学科を志望しました。大学3年生までの講義を中心とした大学生活では、大学での物理はやっぱり難しいなあと思いながら、漫然と受け身で講義を受けて過ごしていました。講義以外に、友達と遊んだりアルバイトをしたり、毎日忙しいなあと思っていた記憶があります。今から考えると、当時は人生で一番自由になる時間があった時期だと思うのですが、本人はそんなことに気づくこともなく、呑気に過ごしていました。物事をあまり深く考えていなかった私は、研究室配属の時期が近づいても、入りたい研究室を考えるでもなく、周りの友達たちがしっかりと希望研究室を考えている様子を見て焦ったことを覚えています。そして焦った私は、先輩達に話を聞いたり、研究内容や研究生活について情報収集をしたりして、宮島英紀先生の研究室を希望しました。磁性物理という研究内容に興味を持ったこと、それから、実は、仲の良い友人が希望していたので、一緒の研究室に行きたいなという(不純な)動機もありました。

研究室に入ると、まず輪読やセミナー等に参加するのですが、専門的で難しいことが多く、たいへんだなと思って過ごしていました。研究には膨大な知識が必要で、好きな科目だけではなく、苦手な科目も勉強しなくてはいけなくて、先輩や同級生についていくのが精一杯でした。なんとか毎日を過ごしていると、やがて先生に卒業研究テーマをいただき、実験がスタートしました。実験では、装置を組み立てたり、そのために必要なネジを自分で作ったり、液体窒素や液体ヘリウムなどの寒剤を使ったり、とにかく初めてのことばかりで全てが興味深く面白く、とても楽しい毎日でした。宮島先生が、いつもニコニコ(?)しながら、いろいろ教えて下さいました。先生は本当に装置のことが好きで、大切に思っているんだなあと感じました。それまでは、装置の内部をいじる機会があまりなかったため、装置というのは何だか難しい不思議な、でもデータを出してくれる優秀なボックスと思っていたのですが、実際は、なんと自分でも組み立てたり改良したり出来る、以外と単純なパーツから成り立っているものであることを知りました。さて卒業研究では、装置を組み立てるところまでは楽しく過ごしたのですが、研究テーマであった磁性薄膜におけるスピンフロップ現象の観測は、なかなかうまくいきませんでした。このままでは卒業できないと焦り、でも当時の自分には全く解決能力もなく、ひたすら困ったという記憶があります。困った私は先輩方や同級生に助けを求め、宮島先生に寛大なご指導を多大にいただき、なんとか無事に卒業論文を提出することができました。提出したときの達成感は、今でも忘れられないものがあります。因みに、提出した次の日から、熱を出して寝込みました。

この卒業研究の経験は、その後の私の人生に、とても大きな影響を及ぼしました。例えば、装置の基本を学ぶことが出来たので、その後の研究において装置を改良することが得意になり、様々なユニークな実験データを得ることができました。また、良い実験結果を得るために最も大切なことは準備であると学んだことも、非常に有意義でした。そしてなんと言っても、物理学科で出会った友達が、今もこれからも、私の大切な宝物です。友達と一緒に過ごした時間、みんなでご飯を食べたり、家に泊まったり、おしゃべりしたり、勉強したりしたことは、かけがえのない思い出です。今でも時々友達で集まって、一緒にご飯を食べたりします。慶應大学の物理学科で学生生活を送ることが出来て本当に良かったなあと思う瞬間です。

今は教員として、研究室生活を過ごしています。専門は、宮島研究室で基礎を学んだ、磁性を中心とした固体物性です。学生達には、良い友達とともに苦労を乗り越えて、山あり谷ありの充実した研究生活を過ごして欲しいと思っています。そしてできれば装置の楽しさ素晴らしさ、研究の奥深さ楽しさを肌で感じて卒業し、社会に大きく旅立って欲しいなと思っています。

物理学科で出会った友達と卒業式の日、物理棟の前で撮影。左が執筆者。

プロフィール

所 裕子(ところ ひろこ)
(静岡県立磐田南高等学校 出身)

1999年3月
慶應義塾大学理工学部物理学科 卒業

2001年3月
京都大学大学院エネルギー科学研究科エネルギー社会環境学専攻修士前期課程 修了

2004年3月
東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻修士後期課程 修了
博士(工学)取得

2004年4月
東京大学大学院工学系研究科 研究員
日本学術振興会 特別研究員

2007年10月
JSTさきがけ専任研究員(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 所属)

2011年1月
東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教

2013年4月
筑波大学大学院数理物質科学研究科物性/分子工学専攻 准教授、2018年より教授

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