この度は塾員来往の執筆という大変貴重な機会を頂き、心より御礼を申し上げます。私は学部学生から助手としての勤務も含めて、ちょうど10年間を慶應義塾で過ごしました。今でも私にとって慶應義塾とは青春であり、今までにないくらい楽しいことも辛いことも全てを経験した貴重で特別な場所です。 理工学部の卒業生として、受験から、在学中のことや慶應義塾での助手としての経験、そして現在の仕事までを紹介させていただきます。

理工学部の受験

私は高校生の時から、建築(特に数寄屋建築)のデザインに興味があり、建築学を勉強できる学科を志望しており、受験勉強の合間に建築家や他大学の建築学科教授の特別講演を聴きに行っていました。当時、理工学部には建築を学ぶ環境がありませんでしたが、たまたま読んだ建築の専門雑誌から、将来的に慶應義塾に建築士の資格を取得できる環境が整う計画がありそうだという記事を見つけ、理工学部を受験することにしました。

入学して(学部時代)

入学した1996年は、ちょうど学部学科の改組が行われた年でした。学門4に入学しましたが、学科選択をする2年生の時には、まだ新設されたシステムデザイン工学科に建築の先生が着任していない状況でした。しかし、学部時代に異なる分野を学び、視野を広げてから大学院で新たに建築を学ぶ方が、自分の可能性が広がるのではないかと考え、また、高校時代から尊敬していた著名な建築家の谷口吉生氏も慶應義塾の機械工学科出身であることを知っていたので、学部では、広い意味でのデザインを学ぶことができる機械工学科を選びました。

よくよく考えてみると、幼少期に、親から、壊れた時計やカメラをもらった時、中の仕組みがどうなっているのかを知りたくて分解し、さらに、また後で組み立てられるようにと、自己流で「設計図」を描いて遊んでいたこともあり、機械やその設計にも興味があったのだと思います。そういった記憶もよみがえり、ヒト-モノ-コトの環境や関係を総合的にデザインすることに興味が広がり、機械工学科に進みました。そして、4年生の時に、デザイン理論・方法論を研究するデザイン工学に関する研究室に入りました。

大学生活

部活・サークルには、理工学部体育会硬式庭球部と慶應茶道会に入り、毎日、休みがないほど両方の活動に明け暮れ、仲間たちと充実した生活を送りました。動と静の異なる性質の組織に入っていたので、個性豊かな友人と毎日のように語り合った時間が、今の自分を形成しているように思います。茶道については、入部当初は茶室自体に興味があったために始めたのですが、後々、外国人研究者との付き合いの中で、日本文化のひとつである茶道を紹介する機会が多く、一種のコミュニケーションツールとして役に立っています。

大学院進学

卒業研究を進めていくと、課題を見つけ、その解決方法を提案し、事例に適用して検証するという研究プロセスに楽しさを感じたため、所属していた研究室のもとで大学院に進学することにしました。そして、部活の同期や学科の友人に博士課程へ進学する友人が比較的多かったこともあり、ずるずると博士課程へも進学しました。研究室でも、同期が私を入れて3人と少人数だったのですが、そのうち2人が博士課程に進学することとなり、お互いに大学での研究者を目指すことになりました。研究室の同期とは、在学中も、もちろん離れてからも、連絡を取り合い、悩み事を言い合ったり励ましあったりした仲でしたので、唯一無二の存在です。お互い忙しくあまり会えなくても、私にとって心の友だと思っています。

理工学部体育会硬式庭球部

研究室の同期3人

慶應義塾での助手時代

博士課程在学中から、助手と大学院生の2足の草鞋を履くことになりました。助手の業務は、主に学生実験と演習科目の担当でしたが、多い時には半期で週10コマを担当することもあり、助手業務の合間に学位論文を執筆するという忙しい毎日を過ごしていました。この時の教育経験は、後々の大学教員としての就職活動にも生かされることになり、非常に貴重な経験でした。

慶應義塾から電気通信大学へ異動

慶應義塾の助手の任期満了に伴い、国立大学法人電気通信大学の助手として異動することになりました。異動してから3年後に所属研究室の教授から海外研究滞在の機会を頂き、ドイツ・ベルリン工科大学に8ヶ月間滞在をしました。デザイン工学の研究を進めていくにつれ、ドイツのモノづくりプロセスや環境への取り組みにとても興味を持ち、また、国際会議で仲良くなったベルリン工科大学の同年代の学生(現、ドイツの大学教授)の紹介もあり、ベルリン工科大学で設計の研究をしに行こう!と決め、滞在することになりました。初めての海外長期滞在で、そこで得た人脈は今でも続いています。

電気通信大学から明治大学へ
(やっと任期なしの職に)

電気通信大学での任期満了に伴い、明治大学に異動することになりました。それまでは任期付職を9年間続けてきて、ようやく任期なしのポジションに着くことができたので、今までにないくらいの喜びと、採用してくれた明治大学に何とか貢献したい!という気持ちでいっぱいになりました。ここで初めて、自分の研究室を持つことになりました。

明治大学の学生と

研究室合宿

ドイツ・フランクフルトでの授賞式(2018年4月)

また、着任3年後には1年間のドイツ研究滞在の機会を頂き、ケルンに滞在しました。ドイツでの長期滞在は2度目となりましたが、日本とドイツの設計プロセスや方法論の違いが生活や文化、歴史に基づくものであるという新しい発見もしました。その後、ドイツの大学との大学学部間協定の締結、海外教授・学生の受け入れによる国際交流、国際共同研究の成果等が認められ、ドイツでDeutsche Gesellschaft der JSPS-Stipendiaten e.V.よりJSPS Alumni Club Awardを受賞しました。

最後に

受験生のみなさんは、これから、色々な場面で人生の岐路に立たされることと思います。大学受験もその一つです。場合によっては、必ずしも自分が最も望んだ道ではないように思うこともあるかもしれません。しかし、一生懸命その時その時に努力をした結果導かれた道は、人生を長い目で見ると、最も自分にふさわしい歩むべき道になると私は信じています。また、大学に入っても楽しいことばかりではなく、辛いこともあるかもしれません。しかし、辛い経験をした者は人の痛みが分かる人間になります。良い大学に入ってもどんなに成功しても人を見下したり、人の痛みが分からない人間では、中身が空っぽです。私も親友との辛い別れや様々な壁にぶち当たりましたが、その経験が今の自分を支えてくれています。人のつながりはとても大切です。みなさんも目の前の結果に一喜一憂せずに、一つ一つの出会いを大切にし、自分が与えられた環境でベストを尽くしてほしいと思います。

プロフィール

井上 全人(いのうえ まさと)
(筑波大学附属高等学校 出身)

2000年3月
慶應義塾大学理工学部機械工学科 卒業

2003年6月
慶應義塾大学理工学部機械工学科 助手

2005年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科総合デザイン工学専攻博士課程 修了、博士(工学)

2006年4月
電気通信大学電気通信学部知能機械工学科 助手(2007年より助教)

2009年4月~2009年11月
Technische Universität Berlin (TU Berlin), Germany, Visiting Professor(兼務)

2012年4月
明治大学理工学部機械情報工学科 専任講師(2015年より准教授)

2015年4月~2016年3月
Bergische Universität Wuppertal (BUW), Germany, Guest Professor(兼務)

現在に至る

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