この度は、塾員来往に寄稿する機会を頂きありがとうございます。私は1998年に物理学科を修了し、以来17年間企業の研究所に所属していました。この間でしたら目の前のことでいっぱいで、離れて久しい大学生活を今さら語るなど出来ないと感じたに違いありませんが、ご縁で2015年春に大学生活へと舞い戻って参りました。企業時代に忘れかけていた無邪気さ、自由さ、そして進取の気概に溢れた大学での研究生活を満喫しています。そして、少しずつ戻って来た記憶・感覚が、今の自分に色濃く映し出されていることに、新鮮な驚きを感じています。

私が志望したのは、物理学科でした。実は化学が苦手で有機化学を再履修したこともあるぐらいです。こう言うと消去法みたいですがそうではなくて、歴史に名を残す物理学者達の生き様が恰好良いことから、憧れていました。当時の物理学科は人気があり、こんな私が入れるのかと心配しましたが、幸運にも入ることが出来ました。これは1年生の級友達とワイワイ楽しく試験勉強したお陰かなと思っています。

矢上で物理学科の学生になり、3年生の終わりには研究室配属です。研究室ライフってどんな感じ?と気になる時期でもありますが、ホームページも無い時代、正直なところ実感がわきません。そんな3年生の時、学生実験でTAをして下さっていたのが磁性研究を進める宮島研究室の大学院生でした。自身の研究をパラレルに進めながら学生実験の面倒を見てくれる姿に憧れ、自分も充実した研究室ライフが送れそうだな、と宮島研究室に入りました。入ってみると、輪講の公用語は英語だし、一人ずつ研究テーマを進めていて報告しているし、何だか急に大人びた感じです。一人前の研究者というものに、またしても憧れを強めたものでした。Fig. 1は、先輩からの刺激で4年生だけで始めた輪講の図です。

今でも聞こえてきそうな宮島先生の言葉は、「そこに物理はあるのか?」です(イメージはFig. 2)。物理があるというのは、議論がきちんと出来ているかという事だと解釈しています。学生にありがちな実験結果の羅列で終わってはいないか、ということでしょうか。知識不足ながらも自分でモデルを考えて考察・議論を深めることの大切さ、それを教わったように思います。今だから分かりますが、社会に出たらどうせ知らない事だらけです。未知の領域で仕事を始めるとき、考えるのは自分です。そして、私自身はどちらかと言うと新しい事が好きな部類です。これには、専門知識の無かった学部生時代に、素人ながらこねくり回して考えていたことが活かされているのかも、と最近になって気づきました。

もう一つよく覚えている宮島先生の言葉は、「研究室で得られる大切なものは、研究室時代を共に過ごす仲間なんだ」という言葉です。上下合わせると10年分近く先輩後輩がいる、社会に出てからも同窓生という繋がりは深く、困ったときには助け合える、これはずっとずっと活きていくと。まさに卒業後、それを実感しています。数年間を一緒に過ごした研究室卒業生は、多くがアカデミック界や同じ業界で活躍されています。学会で久しぶりにお会いして夜に飲んだりする時、実は・・・と公私の相談も。そんなとき、宮島先生の言っていたのはこのことかと実感しています。このほか、「朝早く来い」(Fig. 3参照)や「鉄(Fe)は偉いんだ」など数多くの名言がありますが、ここでは割愛します。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

修士を修了し、当時大盛況であったハードディスクドライブの磁性材料研究を行いたかったため、(株)東芝へと就職しました。当時、日本のエレクトロニクスメーカーは強かった。学会での発表は力強く、議論は熱を帯びていました。私もこんな事をしてみたい、またしても憧れの気持ちからエレクトロニクスの世界へ。そこでは、研究開発を通じて世界のライバル達と競い合うことの楽しさを満喫しました。競争というのはヘルシーであればスポーツと同じように成長を実感できて楽しいものです。そして、勢いのある業界はどこもヘルシーで風土も自由。今から思うと恵まれたカルチャーの中、仲間と夢中になって開発していました。そのとき私の礎となったのは、宮島研時代からの磁性材料研究、そして自分で新しい領域を切り開く「物理はあるのか?」の考え方です。この研究開発の積み重ねに対し、2015年には応用物理学会より「女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞)」という栄誉ある賞を賜りました。

その後、盛り上がっていた開発がひと段落。もっと新しい事をやりたいと気持ちが膨らみ、無邪気で自由で進取の気概に溢れた大学へとやって来ました。2度目の大学生活は3年目、学生で言うとまだ3年生ですね。学生時代に自分を強く感化してくれた先生や先輩のように、怖いもの知らずの元気いっぱいな学生を洗脳して行きたいと思っています。

プロフィール

湯浅 裕美(ゆあさ ひろみ)
(神奈川県立川和高等学校 出身)

1996年3月
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 卒業

1998年3月
慶應義塾大学大学院 理工学研究科 物理学専攻 修士課程修了

1998年4月
株式会社東芝研究開発センター入社 

2009年10月
慶應義塾大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 物理学専修
博士(理学)取得 (指導教官:宮島英紀 現名誉教授)

2015年4月
九州大学 大学院システム情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門教授

現在に至る

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