私は現在、アメリカにあるマックスプランクフロリダ研究所の研究員として、私達の脳がどのように構築されていくのか、その仕組みを解明するべく研究を行っています。今回良い機会を頂きましたので、研究生活を中心にこれまでの経歴をご紹介したいと思います。

学部時代

私は、生命現象について勉強したいという漠然とした思いから生命情報学科へ進学しました。生命情報学科では、細胞生物学・分子生物学・生物情報学など様々な角度から生命現象を勉強します。生物が生きていくためには、体中のとても複雑な仕組みが一つ一つ秩序だって働くことが必要で、そのシステムが破綻することで病気などの不都合が生じるわけです。そのような複雑精緻な生物の仕組みを学んでいくうちに、「自分も生命現象の一端を解明してみたい」と生命科学の道へ進む方向性が見えてきました。また、授業では先生方の行っている研究内容を聞く機会がありましたが、その授業では、どの参考書にも載っていない、最先端の研究から得られた成果を惜しげも無く話してくださいました。特に私の心を掴んだものとして、ES細胞などの幹細胞を用いた研究の話がとても刺激的で、自分も幹細胞の研究がしたいという思いをさらに強くしたことを覚えています。

研究室配属〜修士課程

4年生になるといよいよ研究室配属になります。私の研究テーマは、プラナリアという生物の幹細胞がどのような性質を持っているかを解析することでした。プラナリアにはどの組織の細胞にもなれる幹細胞があるため、一匹のプラナリアを小さく切ってもすべての組織を再生して完全体にまで回復します。この驚くべき幹細胞の能力に魅了され、研究にのめり込んでいきました。どうしたら幹細胞の能力を最大限引き出すことが出来るのか、様々な方法を試しながら奮闘した日々を思い出します。8~9割はよい結果のでない日々だったと思いますが、世界の誰も知らない現象を発見するために、どのように考え何をしたら良いのか、先生や先輩方から非常に丁寧に指導していただいたおかげで、研究が嫌いになることは一度もありませんでした。むしろ研究の楽しさのほうがより記憶に残っています。研究とはとても不思議なもので、数少ない成功がそれまでの苦しい日々を忘れさせ、次の研究に向かう原動力となります。研究の成功はつまり、新しい現象を世界で初めて自分だけが目の当たりにしていることを意味します。そんなときは興奮を抑えられない自分を感じることが出来ます。そして、これが研究の醍醐味であり、これがあることで研究を続けられるのだと思います。このような研究の楽しさを、時には朝まで熱く語ってくれた先生や先輩そして同期の仲間にとても感謝しています。今研究の世界に身を置いているのも、そのような環境で研究生活をスタート出来たからであることは間違いありません。当時のメンバーは今でも良い刺激を与え続けてくれます。

生命情報学科内の研究室対抗ソフトボール大会で
優勝した際の写真。
最前列でトロフィーを持っているのが筆者。

修士課程修了後の追い出しコンパで
研究室のボスとツーショット。

博士課程〜

博士課程で所属した研究室の集合写真。
最上段右から二人目が筆者。

博士課程からは慶應義塾を離れ、脳を中心とした神経系の発達に関する研究を始めました。それから現在まで神経系の研究を行っています。我々の脳には無数の神経細胞が存在しますが、全ては神経幹細胞から産生されます。多種多様な神経細胞が産生されるのですが、どのような仕組みでその多様性を生み出すことが出来るのかまだまだ未解明の事が多いのです。私は、神経幹細胞が持つこの能力を詳細に理解することを目標にしています。この研究を発展させることで、今では多くの方が一度は耳にしたことがあるであろうES細胞やiPS細胞といった特殊な幹細胞から、特定の神経細胞を人工的に生み出すこと出来るように,なります。これを細胞移植に用いることで、これまで治療が困難とされていた病にもアプローチが可能となると信じて研究しています。

このように現在も幹細胞に関する興味を引き継いでいることを考えると、大学時代にどのような情報に触れるかはとても重要です。その点、慶應義塾は幅広く高いレベルの情報に触れることのできる環境が整っていたのだろうと思います。

最後に

マックスプランクフロリダ研究所で。

慶應義塾の卒業生は全国各地で活躍されています。私の場合は研究の世界での事になりますが、慶應義塾出身の研究者が非常に高いレベルの研究を展開されています。さらには、これが国内に限った事ではないから驚きです。実は、今私の所属するアメリカの研究所にも慶應理工学部出身の先生が研究を行っているのです。この事からも、グローバルな人材を世に送り出す高いレベルの教育が慶應義塾で受けられると感じていただけるのではないでしょうか。 在学当時はどれ程貴重な時間を過ごしているか考えることはありませんでしたが、今になって思い返してみると何ものにも代え難い経験をしていたのだとわかります。現在受験を考えている方々にも、是非慶應義塾大学の環境で良い時間を過ごしてほしいと思います。そしていつの日か、これを読んだ方の中から研究者が現れ、熱い議論を交わすことができたら嬉しく思います。

プロフィール

石野 雄吾(いしの ゆうご)
(神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校 出身)

2006年3月
慶應義塾大学理工学部生命情報学科 卒業

2008年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了

2011年9月
総合研究大学院大学生命科学研究科生理科学専攻博士課程 修了

2011年10月
生理学研究所 研究員

現在
マックスプランクフロリダ研究所 研究員

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