修士課程を2003年に卒業生し社会人となり、10年経ちました。今回、あらためて大学のころを振り返りましたが、現在の私に、大学の生活や経験が活きていると思います。

理工学部を選択した動機

大学を受験する際に募集要項を取り寄せたときのことです。募集要項を見れば、将来やりたいことが明確になり、希望する学科が絞れると期待していたのですが、理工学部の説明に書いてある内容は知らないことばかり、絞るどころではありませんでした。

理工学部の学門制を活用し、興味があった医療に関わる研究が含まれ、進路の選択肢が広い「学門1」を選ぶことにして、将来については追々考えることにしました。

大学生活

学部の同期と

大学1,2年はテニスやアルバイトで一生懸命な日々を送っていました。やりたいことを自分でみつけ、がんばるという行動力と体力はついたと思います。一方で、理工の基礎をおろそかにした代償は大きく、今でも当時の教科書を引っ張り出すこともあります。これは後悔しています。 私は、物理情報工学科を選択し、研究室を選ぶころも医療に対する興味は変わることはなく、関連する研究室の見学を通して、特に生体の測定器について研究をしたいと思いました。4年からは配属された研究室に入り浸りの生活でした。

研究室の思い出

研究室では、生体の酸素分圧を測定するセンサを検討しました。センサを実現するための専門的な研究はもちろんですが、センサはどんなことに使えるか?そうするとセンサはどうあるべきか?実現するにはどんな材料が必要か?その調達はどうするか?といろいろ考える必要がありました。使い方を考えるために大学病院の先生に、材料を探すために他大学の教授や企業の方に連絡を取りながら進めたことを覚えています。

この経験を通して、幅広く活動し考えをまとめていく楽しさと、交流を通し様々な考え方に触れながら活動の意義を客観的に捉えることの大切さを学ぶことができました。

研究室の同僚

研究室同期との卒業旅行

現在の仕事

米国での送別会

現在は、内視鏡や腹腔鏡を使った診断や手術に用いる画像機器の開発を担当しています。研究室のときと同様に、幅広く活動しどう使われるか考えることを大切にしています。また、その思いは強く、より使用環境に近いところで開発に携わりたいと思い、5年ほど米国に赴任しました。

赴任期間中は、実際に開発した製品を使っていただいている多くの施設を訪問し、想定通りに使われていること、機能していないこと、改良したいことを直接確認しました。また、新しい機能の要望や仕様について先生や施設の方とディスカッションを重ね、どうあるべきか考えました。どう使われているか日常的に感じ、どうあるべきか考える生活はとても刺激的でした。

現在は、赴任期間を終え、画像機器の開発を通して、実際に肌で感じてきたことを大切に、どう実現していくか考え開発を進めています。

最後に

私にとって大学生活は、何をやりたいかが具体的になり、どう進めていくか学んだことも多くあり、貴重なものとなっています。また、幅広く物事を考える姿勢は理工学部の風土と思います。これから大学を向かえられる方にとっても貴重な時間になると思いますので、ぜひ楽しんでください。

プロフィール

長谷 憲多朗(はせ けんたろう)
(広島大学附属高等学校 出身)

2001年3月
慶應義塾大学理工学部物理情報工学科 卒業

2003年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了

2003年4月
オリンパスメディカルシステムズ株式会社 入社

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