私は、学部4年、修士1年半、博士3年と計8年半の間、ここ慶應義塾大学で学生生活を送りました。改めてこの8年半を振り返ると、慶應義塾大学での「教育」、「研究」、「人生勉強」は、本当にかけがえのないものだったと強く思っています。本稿ではこの8年半を振り返って、学部時代・大学院時代の出来事・経験談を書かせて頂くとともに、現在の研究内容についても簡単にご紹介したいと思います。
私は、慶應義塾大学理工学部に入学後「学門1」という物理系の学門を経て、2年生のときに「物理情報工学科」に進みました。当時、物理情報工学科はまだ新設したばかりだったので、正直どのような学科なのかよくわかりませんでしたが、もともと、私自身、「物理」と「情報」に興味があったのと、学科説明会のときに、椎木先生が「ドラクエ」を使って「物理情報工学科」を丁寧に説明してくれたり、伊藤公平先生や的場正憲先生が元気良く勧誘してくれたりしたので、その活気&雰囲気の良さから、物理情報工学科に進むことを決めました。そのときから「この『物情』で『1期生』としてしっかり頑張ろう!」と思いはじめました。
理工学部の卒業式にて友人と記念撮影 (中央が私です)
物理情報工学科の授業が始まると、そこから楽しい毎日が続きました。授業では、物性工学、量子力学、磁性、統計力学、電磁気学から電気・電子回路、制御工学、プログラミング言語に至るまで、幅広い分野にわたって、自分の興味のあることばかり教えてくれたので、自分が成長していく感じが目に見えてわかりました。結局、全ての授業を一度も欠席することなく4年生を卒業し、自分としては達成感のあるとても充実した学部生活を過ごすことができました。
椎木一夫教授と椎木研の同期 (上の右から2番目が私です)
本大学を卒業後、そのまま本大学大学院の修士課程に進学しました。研究室は4年生のときから所属していた「椎木研究室」です。椎木研究室の入り口には「磁性(じせい)と人生(じんせい)の研究室」と書いてあり、まさに、「磁性と人生」を学ぶことになりました。
椎木先生は私に「スピントンネル素子のインピーダンス特性」というとても面白そうな研究テーマを与えてくれました。当初「大学でしっかり勉強していたのだから、このまましっかり研究もやればうまくいくだろう」と思って研究に挑んでいましたが、実際にはそんなに簡単なものではありませんでした。いくら作っても素子が作れず、できたとしても良好な特性が出ない。初めはこの繰り返しでした。このような状況を椎木先生は、毎日多忙だったにも関わらず、しっかり見てくれていました。そして、私に「研究」、そして、「人生」のいろはを教えてくれました。教えてくれた内容はたくさんありすぎてここで全てを言うことはできませんが、グループ研究だからこそ絶対必要な「人間関係の大切さ」であったり、「目的に向かった計画の立て方」であったり、「2番はビリと同じ、1番を目指せ!」といったどれも超重要なことをまさにゼロから教えて頂きました。
そういった椎木先生からの御助言のおかげで、何とか研究も軌道に乗り、修士の間にスピントンネル素子の磁気インピーダンス効果を発見することができました。これにより修士を1年半で修了でき、さらに、日本学術振興会の特別研究員にも採用されました。博士課程では、スピントンネル素子を用いた発振制御型磁気センシングを提案し、その実証にも成功しました。これらは全て椎木先生からのきめ細かい御助言のおかげです。他にも、海外学術論文の書き方やプレゼンテーションの上手な方法、そして、特許の書き方まですごく丁寧に教えてもらいました。ちなみに、椎木先生と一緒に出願した特許は既に慶応大学知的資産センターを通じて特許化されています。大学教授からこんなに手厚く教えてもらえる学生は他にはいないのではないか、とひそかに思っています。そして、紆余曲折ありましたが、1つ1つ積み重ねてきた研究成果を博士論文にまとめることができて、これ以上ない達成感を味わうことができました。
学位(博士)授与式の日に椎木研の後輩達と記念撮影 (ネクタイをしているのが私です)
椎木研OB会&椎木教授還暦パーティー (新宿ワシントンホテルにて)
椎木研の後輩が北海道に遊びに来てくれました (北大赴任後、2年目の冬)
現在は、北海道大学電子科学研究所にて、磁性薄膜のエッジとエッジの間に分子を挟んだ新しいタイプのナノスケール接合デバイスに関する研究を行っています。スピントンネル素子の発展版で、「スピン」と「分子」と「ナノ」を融合させた新規の量子デバイスです。チャレンジングではありますが、未知の研究分野なので、面白い物理現象がたくさん潜んでいると思っています。
最近、ヨーロッパのNews
“Nanotechweb”
で私の研究内容が取り上げられました。詳細はこちらを参照して頂くこととしまして、ここではその内容を簡単にご紹介します。私は上述の量子デバイス、すなわち、究極のナノスケール接合を作製するために、薄膜のエッジとエッジを互いに対向させた新しい手法を提案しました。この手法では、薄膜の膜厚によって接合面積が決まるため、例えば、10nmの薄膜を用いれば、10nm×10nmの超微小接合が実現できます。昨年、この実証に初めて成功しました。
この技術が確立すると、いろんな夢が広がります。例えば、エッジとエッジの間に分子を挟めば、究極のナノ分子プロセッシングや巨大なスイッチング効果が期待できます。これはBeyond CMOSスイッチングデバイスの創製に繋がります。また、薄膜を磁性体にすれば、ナノスケールでのスピン注入や巨大な磁気抵抗効果も期待できます。これは次世代磁気ヘッドデバイスや磁気センサーへの応用に繋がります。このように、「スピン」と「分子」と「ナノ」の融合デバイスは、物理的にも工学的にも意義のある、とても魅力的で、かつ、将来性のあるデバイスなのです。昨年秋には科学技術振興機構さきがけ 「
革新的次世代デバイスを目指す材料とプロセス
」 にも採択されました。是非こちらも参照して頂ければと思いますが、ここまでたどりつけるようになったのも、慶應義塾大学理工学部、物理情報工学科、椎木研究室での「教育」、「研究」、「人生勉強」があったからこそだと強く思っています。これからも慶應義塾で得たかけがけのない数々の経験を胸に、画期的、かつ、斬新な研究を進めていこうと思っています。
海住 英生(かいじゅう ひでお)
(成城高等学校 出身)
2000年3月
慶應義塾大学理工学部物理情報工学科 卒業
2001年9月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻修士課程 修了
2002年4月
日本学術振興会 特別研究員 (DC1) 兼任
2004年9月
慶應義塾大学大学院理工学研究科礎理工学専攻博士課程 単位取得満了退学
2004年9月
北海道大学電子科学研究所 助手
2005年9月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士(工学) 取得
2007年4月
北海道大学電子科学研究所 助教
2009年10月
科学技術振興機構さきがけ
「革新的次世代デバイスを目指す材料とプロセス」研究員兼任