この度は塾員来往へ寄稿する機会をいただきましてありがとうございます。私は2015年に物理学科を卒業しました。そのまま慶應で博士学位まで取得し、現在は大阪大学蛋白質研究所で研究者として働いています。

物理学を勉強していこうと最初に考えたのは、高三になる直前だったと思います。この学科を選んだ多くの方々と同様、この世の現象に対してシンプルで美しい説明を可能にし得る物理学という学問に魅力を感じたためです。ただ、慶應への入学を決めた時点ではあまり深く考えてはおらず、物理面白いし物理学科でいいかな程度のものでした。入学して講義を受けてみるとやはり物理は面白く、また当時住んでいた学生寮の先輩からもおすすめされ、学科分け時に即決で物理学科を選んで二年生へ進級しました。余談ですがこの学生寮は自治寮、学年縦割りの三人一部屋、GHQも使っていた歴史ある建物、などなど今思えばなかなか強烈なところでした。個人的にはとても楽しい四年間でしたし、一緒に住んでいた人たちとは今でも親しく付き合っているのですが、諸事情により当時の思い出をここには書くことができません。なんというか、男子寮ってバカなことばかりしますよね。

話を戻して物理学科での三年間ですが、正直に申し上げますと三年生までの私はあまり真面目な学生ではありませんでした。すいません見栄を張りました。かなり不真面目な学生でした。講義自体は(当時理解できる範囲で)楽しんでいたのですが、あまり勉強には身が入らず進級だけはなんとかしているという体たらくでした。転機になったのは研究室配属です。どうせなら興味のあるところに行きたいな、と成績の悪い分際で生意気なことを考えていた学部三年生の私は、中迫雅由先生が主宰する生物物理学研究室を希望しました。その年の秋学期に受けた中迫先生の講義で、生命現象を物理学の俎上に載せることに面白さを感じたためです。まあ運よく希望通り中迫研に配属された私を待ち受けていたのは二年間の怠惰のツケだったのですが。何かにつけて不勉強だった私は多々お叱りを受けましたが、中迫先生の粘り強いご指導のおかげでなんとか研究を始めることができました。

学部四年、学科分け説明会にて(一番右が筆者)

研究室では、学部から修士まではX線散乱を使ったタンパク質構造・構造変化の解析に従事しました。さらに修士課程の後半から博士課程までは、低温電子顕微鏡を使った高分解能での構造・動態解析にも取り組みました。当時の低温電子顕微鏡はタンパク質の高分解能構造解析を可能にするブレークスルーが起きたところで、これにいち早く注目した中迫先生が私に提案してくださったという経緯でした。博士一年の時には低温電子顕微鏡の開発者がノーベル化学賞を受賞し、自分は最先端の技術を学んでいるんだ、と改めて実感したことをよく憶えています。また、私から見て中迫先生は、新しい装置・技術を作るということを重要視していました。そんな姿勢に影響を受けたのか、自然と私の研究もタンパク質動態解析のための新たな手法を作る、という方向へ定まっていきました。中迫研での6年間はとても刺激的で、自身の研究の他にも放射光施設でのX線イメージング実験など様々な経験をさせていただきました。研究室メンバーも皆さん個性的で、とても楽しい研究室生活でした。

博士学位取得後は、計算機によるタンパク質動態シミュレーションを研究に取り入れるべくポスドクとして理化学研究所へ行きました。学部三年の時には思いもよらなかったであろう進路ですが、どうも私は研究が好きなようです。そして現在は冒頭でも述べた通り大阪大学で研究を続けています。ここでは低温電子顕微鏡を実際に自分で操作して構造解析をやりつつ、実験とシミュレーションを組み合わせた自分なりのタンパク質動態解析法を確立するべく取り組んでいます。「実験もする、手法開発もする」研究者を目指してはいますが、未熟さを痛感するばかりです。とは言いつつも、一体これから何を見ることができるのか、何を知ることができるのか日々ワクワクしながら研究しています。

現在の所属研究室にて(前列右から三番目が筆者)

プロフィール

大出 真央(おおいで まお)
(栃木県私立文星芸術大学附属高等学校 出身)

2015年 3月
慶應義塾大学 理工学部 物理学科 卒業

2017年 3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 基礎理工学専攻 前期博士課程 修了

2020年 3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 基礎理科学専攻 後期博士課程 修了

2020年 4月
理化学研究所開拓研究本部 基礎科学特別研究員

2023年 4月
同 さきがけ研究員

2024年 2月
大阪大学蛋白質研究所 助教

現在に至る


受賞歴
藤原賞(2019年度)

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