この度は塾員来往に寄稿する機会を頂き、誠に有難うございます。在学中から卒業後まで見守ってくださる恩師の機械工学科・堀田先生、そして関係者の皆様に感謝を申し上げます。
慶應義塾大学理工学部での学びから、現在に至るまでのつながりを、拙筆ながら書かせていただきます。一貫しているのは、自らの情熱と継続的な学び、そして新たな世界に踏み出す勇気を大切にすることです。
私は埼玉県にある栄東高校を卒業し、慶應義塾大学へ進学しました。当時は頭よりも体を動かすことが生きがいで、来る日も来る日もトレーニングと極真空手に明け暮れていました。受験期には、当時の先生方の手厚いサポートのおかげで、運動に燃やした熱量を学業に向けることができ、慶應義塾大学理工学部に入学しました。
入学後、部活動・サークル活動の活気に驚き、今やれることは妥協せずにやろう!と思い、日本拳法とアメリカンフットボール、そして町道場の極真空手を継続しました。週末になると、朝は日本拳法、昼はアメリカンフットボール、夜は極真空手、というバイタリティ溢れる生活をしていました。しかし、途中で頚椎を怪我してしまい、2年生の前半はしばらく安静に。文字通り怪我の功名で、再び学業への熱量を取り戻していきました。
4年生の研究室配属には、堀田研究室を希望しました。振り返ると、ポリマー材料に関して特段深い学習をしていなかったにも関わらず、堀田先生の人柄とポリマー材料への熱量に胸を打たれ、「自分もポリマー材料について学びたい!」と一念発起して堀田研究室を希望しました。幸運にも堀田研究室の一員として迎え入れていただき、そこが人生の転換点になったと感じます。
研究は、ポリマーフィルム(基板)への成膜によるガスバリア性の向上を扱いました。ポリマーの性質に対して金属やセラミックの性質を表面処理で付加するという、実用的な研究でした。通常は高熱に耐えられないのですが、低温のプラズマを利用することで、特定の混合気体からポリマー基板にも成膜することができる点が画期的でした。
プラズマによる成膜技術自体は、広く深い分野で、極めて難度の高い領域でしたが、先生や先輩、同期の助けもあり、少しずつ研究成果も出て、国際学会や 国際研究書籍執筆 、 国際論文執筆 など数々の経験を積ませていただきました。実践を通じて、「情熱を注いで努力をすれば、必ず道を切り拓ける」ことが、身体に染み付いたように思います。
研究テーマと関連していた薄膜に関する技術は、導電性の緻密な制御にも利用され、基板を変えれば半導体等にも活用できる技術でした。薄膜の成膜と機能性に関する書籍を執筆した際には、導電性膜等への応用も学習し、徐々に情報処理を支えるインフラ構築に関わる市場規模の大きさや技術発展の目まぐるしさに興味を惹かれていきました。
M2の頃の就職活動では、紆余曲折の末に、自分の直観的な興味として情報処理技術の発展に携わりたいという思いに(またもや)一念発起して、NTTドコモへの入社を決めました。情報流通の中心である通信インフラを起点に、システム開発やアプリケーションまで扱うNTTドコモは、当時の自分が学びたいテーマの全てが詰まっていました。
NTTドコモでは、事業の根幹となる無線アクセスネットワークのエンジニアとして、建設投資計画から無線通信エリアの設計、難しい建設プロジェクトの現場マネジメントまで、一気通貫で取り組みました。困難に直面することも多々ありましたが、「指示するだけでは現場がついてこない、まずは自分が学ぶこと」を信条に、徹底的に学び、実践し、胸襟を開くコミュニケーションを意識しながら、価値を創り出していきました。
2019年には国家プロジェクトのマネジャーとして、中央省庁の大規模なプロジェクトを提案からデリバリまで年間数億円規模でリードしてきました。主な内容は、無線技術(5G)を活かしたシステムインテグレーションのプロジェクトで、人工知能(AI)の深層学習、映像伝送技術等をかけ合わせながら、鉄道車両の脱輪事故を防ぐための状態監視システム等を構築しました。
このときも、AIシステム開発をベンダに丸投げではなく、「まずは自分が学ばなければ、何が難しく何がすごいのかわからない」と年間1000時間以上、AIシステムの開発について独学で学びました。同時に、「新たな技術は米国をはじめ世界で勃興している、一次情報を取るには英語が必須だ」と直観し、常に英語を基本言語として学びに徹していました。
2021年末にはNTTドコモを円満退職し、これまでに培ったプロジェクトマネジメント経験を活かして個人で複数のIT/DXコンサルティングを受託するようになりました。事業開発からソフトウェア開発、デザイン設計、インフラ知識の応用まで携わり、今までの学びが結実し、やりがいを感じていました。
しかし、「個人レベルでは真に日本のGDP成長に貢献できるほどのインパクトを発揮できない」ことを痛感しました。NTTドコモの国家プロジェクトを委託していた会社の、AI開発責任者であった西岡氏とともに、AIソリューションで日本の産業を支えるためのスタートアップ企業として、株式会社パルシベイトを創業しました。組織のナレッジを蓄積・活用するAIソリューションの開発とクライアント企業への技術支援に取り組んでいます。
今日、社会に流通する情報量は、一つの業務をとっても、人間の認知できる量を超えてきています。ムーアの法則では、半導体集積回路の集積率が、一定期間ごとに倍々に増えていくと言われ、それを支える通信インフラも概ね10年に一度、4Gから5G、そして6Gへと進化を続けています。
10年先に、果たしてどのような社会が待ち受けているのか。人間中心のエシカルな技術開発が進めば社会はより住みやすく、人々は生産的になるはずです。しかし、技術進歩のペースには国家間の隔たりがあり、日本はデジタル後進国と言われ、相対的な産業の競争力は低下傾向にあると言えます。
私は、株式会社パルシベイトの事業を通じて、最先端のデジタル技術で日本の産業を支えていけるよう、不断の努力で日本社会の明日を作っていきたいと思います。そのためにも、研究室時代に実体験をもって学んだ「情熱を注いで努力をすれば、必ず道を切り拓ける」ことを再び心に留め、諸先輩・後輩とのつながりを大切に、謙虚な気持ちで一歩一歩進んでまいります。
辻 和久(つじ かずひさ)
(栄東高等学校 出身)
2014年3月
慶應義塾大学 理工学部 機械工学科 卒業
2016年3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 開放環境科学専攻 修士課程 修了
2016年4月
株式会社 NTTドコモ 入社
2021年12月
株式会社 NTTドコモ 退社
2022年1月
個人コンサルティング事務所 開業
2024年4月
株式会社 パルシベイト 創業
2025年1月
株式会社 パルシベイトにてKUSABIより資金調達
現在に至る