このたび、塾員来往への寄稿の機会をいただき、誠に光栄に思います。

私は慶應義塾大学の修士課程を修了後、鉄道会社に就職しましたが、就業中に自分の将来を考え直し退職。慶應義塾大学の博士課程に再入学して博士号を取得したのち、現在は企業研究者として研究開発職を務めています。

一度入った会社を辞めて学生に戻ったり、博士号を取得するまでの経緯が少し特殊な私の経験が、少しでも皆様の参考になれば嬉しいです。

<理工学部物理情報工学科へ>

私は昔から、自分が将来やりたいことがあまりイメージできず、だからこそ目の前のことに対して全力で取り組むタイプでした。

高校で理系科目が好きだった私は、特に迷うことなく理工学部を選択します。その中でも物理情報工学科を選択した理由は、物理も情報もいろんな科目が学べそうだから、という理由。自分が将来やりたいことがわからないからこそ、多くの分野を学べる学部で学業に専念していれば、いつか将来への道がきっと見えてくるはず、という楽観的な考えだったように記憶しています。

<学部~修士の充実の研究室生活>

学部4年生から物理情報工学科の石榑崇明先生の研究室に所属しました。光通信用途のポリマー光導波路を研究する研究室です。このときの理由も、研究分野に強いこだわりがあったというよりは、学部2年次に受けた石榑先生のオプティクスの授業が面白かったから、なんとなく光の現象に興味があったから、研究室に見学に行ってみたら良い雰囲気だったから、といった理由です。

実際、研究室では学生間の仲が良く、石榑先生ご自身もとても明るく接してくれるので、いつも明るい気持ちで過ごすことができました。私みたいに自分の将来進むべき道がまだ明確ではない人間にとっては、居心地の良い環境が自分のモチベーションへの何よりの助けになっていたように思います。

研究活動には真摯に取り組みました。将来の役に立つかは当時わからなかったですが、真面目に取り組んで結果が出れば、学会にも行けるし論文も出せるし、学内外の発表会で受賞できたり、全力を尽くすことが楽しかったです。

この時の業績が、後々博士課程に再入学する際の自分を助けることになるとは、この時は全く思っていませんでした。

学生として国際学会に参加できて嬉しそう(右:石榑崇明先生、左:執筆者)

<最初の就職、そして葛藤>

就職活動に関しては、研究以外の、生活に身近なことをやりたいなと漠然と考え、インターンのご縁もあった鉄道会社の技術系総合職に就職しました。

研究とは全く違う業界で働いてみて、技術が実際に使われる“現場”の雰囲気・考え方を知ることができました。たとえどんなに高度な技術が世に存在したとしても、それが実際に使われるかは別問題。たとえば鉄道だったら、何より安全が重要で、1%でも安全性を損ねるおそれがある技術は導入できない。そういった考え方を学べたのは、この業界で働いたおかげです。

ですが、働きながらだんだんと違和感を覚えるようになります。

自分が本当にやりたいことなのか?本当はもっと研究開発に近いことをやりたかったのではないか…?

それまで“なんとなく”で進路選択してきた私が、このとき初めて自分のやりたいことに関して強い想いを抱きました。転職も考えますが、なかなか思うようにいきません。

そんなとき、恩師である石榑先生に相談したことで、「もう一度学生として博士課程に入学して研究を再開し、その間に自分のキャリアについて見直し、納得のいく再就職をする」という道が開けました。

一度社会人を経験した私にとって、退職して無収入になり、学生に”戻る”ことには大きな抵抗、葛藤がありました。そこで判断の助けとなったのが学術振興会の特別研究員という制度です。日本の若手研究者を対象に、研究奨励金を得ながら研究に専念できる制度です。この特別研究員への採用にあたっては、かつての学部~修士時代の自分の研究業績が助けとなりました。当時、目の前のことに全力で取り組んでいてよかったと心から思いました。

こうして、恩師、家族、友人、かつての自分の頑張り等、たくさんの人に背中を押してもらいながら、博士課程への道を歩むこととなりました。

<2回目の学生!博士課程の日々>

博士課程として慶應義塾大学の石榑研究室に再入学し、再び通信用ポリマー光導波路の研究に従事しました。

明確な自分の意思で進んだ道だからこそ、一つ一つの経験がより一層意義のあるものに感じられました。

日本学術振興会の特別研究員として研究を進められたので経済的な不安も極力抑えられましたし、国際学会への積極的な参加などの活動費にあてることもできました。

特にかけがえのない経験となったのは、共同研究先であるドイツの研究所に、1か月間滞在させてもらえたことです。最先端の研究技術に直接触れ、海外の研究者と議論しながら研究を進めることができ、自分自身の大きな成長につながりました。

こういった研究活動を通しながら、博士課程の経験を心から楽しんでいる自分に気づき、将来的にはこの経験を存分に生かせる職業に就きたいと思い、研究職を納得して選びました。

ドイツの研究所で楽しそうに実験中

ドイツの研究所の皆様と一緒にごはん(左奥:執筆者)

<現在>

そして現在、私は日本電信電話株式会社にて、通信用途の光導波路デバイスという分野で研究開発職を務めています。

現在の業務には、博士課程で得た知識・経験がたくさん活きています。研究分野が近いので技術的知識を活かせているのもありますが、研究遂行能力(テーマ立案・検討計画・データ解析等)、海外経験や英語力など、業務全般に活かせる能力・スキルを習得できたと感じています。これは、これまで目の前のことに全力で取り組んできた恩恵だとも思っています。

なにより、自分の考えで自分の道を自分で決めたのだという納得感が、今の自分を支えています。

・目の前のことに全力で取り組むことには意味がある

・遠回りに思える道でも得られることがたくさんある

・大事なのはその都度、自分で決めていくこと

これらが、自らの経験で得た教訓です。ここまで読んでくださった皆様におかれましても、一つ一つの経験を大事にしながら、自分のやりたいことを探してみていただけたらと思います。

再就職後も国際学会で発表ができた様子

プロフィール

森本 祥江(もりもと よしえ)
(成蹊高等学校 出身)

2014年3月
慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 卒業

2016年3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 修士課程 修了

2016年4月 - 2017年8月
小田急電鉄株式会社

2020年3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 博士課程 修了

2020年4月
日本電信電話株式会社 入社

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