この度は塾員来往に寄稿する機会を頂き大変光栄です。推薦頂いたSD工学科大森浩充先生に感謝申し上げます。
私は大学でディーゼルエンジンの燃焼制御に関する研究を行い, 現在本田技研工業に勤務しております。職場では新卒入社当初から現在に至るまで約6年間データサイエンティストとして, 主に大規模時系列データ等の分析業務を行っております。業務内容が情報系であり, 大学の専門分野である制御系と大きく異なっていたため, 入社当初は苦労しましたが, 現在は仕事にも慣れて楽しく過ごしております。
本稿では自分の経験を率直に振り返ることで, 慶應義塾大学理工学部を目指す受験生の方々や, 今後のキャリアについて考えている在学生の方の一助になれば大変幸いです。
私は鹿児島県私立ラ・サール中学校・高校で中高の計6年間を過ごしました。当時は男子校の寮で生活しており, 周りのレベルも非常に高く, 勉強に集中できる環境でした。そんな中, 自分は数学が得意だった一方, 英語が非常に苦手で, 結局1年浪人しても第一志望の国立大学には入学できず, 滑り止めとして考えていた慶應理工に1浪して入学しました。そのため, 入学当初は特に慶應理工でやりたいことも明確にはなく, 受験に失敗して仕方なく入学したという気持ちが強かったように思います。
慶應理工へ入学した当初は, 特にやりたいこともなかったのですが, 私大に通いつつ一人暮らしをするということもあり, せめて金銭的に親になるべく迷惑をかけないようにと思い, 入学後すぐに塾講師のアルバイトを始めました。アルバイトは初めてだったため, 慣れるまで時間はかかりましたが, 自分の中学・大学受験の経験が活かせる仕事だったのもあり, 研究室配属となる学部4年まで熱中していました。それもあり, サークル活動には参加せずに, 終始交友関係が狭いままでした。交友関係が狭いと, 単位も自力で何とか取得していく必要があるため, 勉強面に関しても注力しておりました。結局学部生時代はアルバイトと勉学に追われ, 趣味や遊びなどには時間が割けなかったのを社会人になった今, 後悔しています。卒業時に「日本機械学会畠山賞」を受賞し, 勉学に励んでいたことは多少報われたのですが, 皆さんは私を反面教師に学部生時代もっと遊んで, 色々なことを経験してください…
さて, 慶應では学部2年に進学する際に学科選択がありますが, 私は「機械工学科」と「システムデザイン(SD)工学科」の2つで悩んでいました。最終的に「横文字でカッコいい」という安易な動機でSD科への進学を決めました。SD科は簡単に言うと機械系と情報系を複合したような学科で, ハードウェアとソフトウェア全体をシステムとして捉えて研究するというような趣旨の学科と認識しています。特にSD科の授業として記憶に残っているのが「SD工学基礎演習」です。本授業では内容を選択できるのですが, 自分は「チームでモノを作る」形式の授業を選択しました。簡単に言うと「体験型のゲームを作る」というような内容で, 「機構」「回路」「プログラム」の3つの担当に分かれて作業を行い, 自分はプログラミングを担当しました。当時プログラミングの知識は授業で習ったC言語の基礎程度しか持ち合わせていなかったですが, 自分でゲームの画面を一から工夫して作ることが楽しく, 当時は夜中も家で作業して, より面白いゲームとなるように趣向を凝らしていました。最終的に慶應幼稚舎の子供たちが見学に来てくれて, ゲームを楽しそうにプレイしてくれていることで, とても高い満足感を得ました。今思えば, 当時作ったものはC言語でopenGLを使って作ったような単純なものでしたが, 子供の喜ぶ顔を見て, 私は「人が喜ぶようなモノづくりをしたい」と明確に考えるようになり, その考えは今も変わっておりません。
昔から数学が好きで, 大学の座学でも一番得意だったのが制御理論であったことと, SD工学演習の影響もあり, ソフトウェア開発へ興味があったことから, 制御系の研究室である大森研究室を希望し配属となりました。その後大学院へ進学し, 私は研究テーマとして「ディーゼルエンジンの燃焼制御に関する研究」を選択しました。この研究テーマは「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」という国家プロジェクトの中の1つ「革新的燃焼技術」に関する研究で, 内燃機関の熱効率を向上させる技術開発を目的とした産学連携のプロジェクトでした。自分は「制御チーム」に所属しており, 他大学や企業も参加する規模が大きいプロジェクトでした。私はその中で「学習制御を用いたディーゼルエンジンの燃焼制御技術の研究」というテーマで研究を行い, Matlab/Simulinkで様々な制御ロジックを構築し, 東大所有のテストベンチで検証しました。私の研究成果は, 燃焼制御システム「RAICA」の一部として, SIP革新的燃焼技術の成果の一つとして公表されました。このように自分の研究内容が国家プロジェクトの成果に大きく貢献できたことは, 当時とても感動しましたし, 今でも誇りに思っています。
また, 大学院では数多くの論文発表し, 様々な学会へ参加しました。修士2年間で国内外様々なところで計10回程度学会発表しました。その甲斐あってか, 大学院卒業時に「日本機械学会三浦賞」と「自動車技術会大学院研究奨励賞」の2つを受賞することができました。学会は正直「色々なところへ出張しておいしいものを食べたい」という不純な動機が大部分を占めていたような気もしますが, ドイツ, 熊本, 大阪, 名古屋, 北海道など様々なところへ行くことが出来て, 今となっては良い思い出です。
(参考)SIP革新的燃焼技術 成果集: https://www.jst.go.jp/sip/k01_publications.html
自動車関係の研究をしていたこともあり, 自動車会社に興味を持ち, HondaとToyotaのインターンに参加しました。両社とも良い会社だと思ったのですが, Hondaの方が自分のやりたいことが出来ると思い, Hondaへ学校推薦で入社しました。
しかし, 配属の際に自分の希望の自動運転の制御開発系の部署に配属とはならず, コネクテッド系の部署に配属となりました。業務内容は主にFCD(Floating Car Data)と呼ばれる, 車両から取得している大規模な時系列データの分析なのですが, 大学時代の専門性とは性質が全く異なり, PythonやSQLといったデータサイエンスに必要不可欠な技術も一切有していなかったため, 入社当初はとても苦労しました。配属当初は希望が通らず, 数年で異動することも考えていましたが, 今ではデータサイエンスに面白さを感じるようになり, 職場環境や上司・同僚にも恵まれて, 楽しく仕事しています。自己研鑽として, データベーススペシャリストといった資格も取得し, データサイエンティストとして会社の業務に多少なりとも貢献できていると思います。Hondaに入社した時も, 慶應に入学した時と同じように, 初めはネガティブに感じていたことも, 続けていくうちに面白いと感じるものが見つかり, 継続の重要性を改めて感じました。
ここまで私の経験を記載してきましたが, 改めて自分の経験を振り返ってみて, 私のように本意ではなく, 特にやりたいこともなく, ネガティブな印象であったとしても, 学生生活や社会人生活を送るうちに興味が湧くことがきっと見つかるでしょうし, 慶應義塾大学理工学部にはそういった環境が十分整っています。まずはご縁があった環境を大切にし, その中で精一杯努力してみると, きっと良いことがあると思います。
最後にここまで長文にお付き合いいただきありがとうございました。自分の経験が皆さんの進路などの参考になればと思い, 締めの言葉とさせていただきます。
江口 誠(えぐち まこと)
(鹿児島県私立ラ・サール高等学校 出身)
●経歴
2017年3月
慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 卒業
2019年3月
慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻 修士課程 修了
2019年4月
本田技研工業株式会社 入社
現在に至る
●受賞歴
2017年3月 日本機械学会 畠山賞
2019年3月 日本機械学会 三浦賞
2019年3月 自動車技術会 大学院研究奨励賞