数ある記事の中から、私の記事を読んでいただきましてありがとうございます。内田 伸哉(うちだ しんや)と申します。電通、LINEヤフーを経て現在は株式会社スターミュージック・エンタテインメントというベンチャーで取締役CMOをしております。
おそらく、「これぞ理系!」という人生からは真逆の人生を歩んでいる人間だと思います。この「塾員来往」は、主に理工学部を志望する受験生に向けて書かれていると編集の方から聞きましたので、「ああ、こんな人もいるんだなぁ」と、読んでいる皆様にちょっとした気づきを与えられるような、すごく短いビジネス本のようなコラムにできればと思っております。どうぞよろしくお願い致します。
大学に理工学部を選んだ理由は小さなころから「物事の仕組みを理解するのが好き」という芯が自分の中に強くあったからでした。小学校の頃は「テレビはなぜ映るのか」を疑問にもって図書館で仕組みをひたすら調べていました。中学の頃はちょうど1997年でインターネットが生まれたばかり。学校にパソコンが導入されていたので、そこでプログラムを学びながらテレビゲームを作成していました。高校・大学はその興味をもったまま理系へ進学。特に量子力学の「光は粒なのか波なのか」という世界の仕組みに興味を持ちました。研究室では池原研究室に属しブラインド音源分離(たとえばピアノと歌声が混ざった曲からピアノの音だけを取り出す技術。ノイズキャンセリングなどに応用される。)を専攻しました。
研究室で私が優等生か劣等生かと言われれば劣等生であったと思います。というのも研究室にあまり顔を出さず、大学時代はプロマジシャンとして都内中の舞台やホテルを駆けずり回ることに熱中しすぎていたためです。小学生の頃にナポレオンズというマジシャンをみてマジックにはまり、高校に奇術部があったためそこでスキルを磨き、大学生の頃にはプロとしていろいろな舞台に出演をしておりました。多くの同期が研究室で成果を出しているときに、私は舞台で鳩を出していたのです。
いざ就職となり、同期がソニー、トヨタ、NHK技研などの理系職の進むなか、結果、私は電通に就職しコピーライターとして仕事をしておりました。
周りからは、なぜ理系なのに文系にいくのか、と多く言われたことをいまでも覚えています。ただ、私の中では文系も理系もなく「物事の仕組みを理解するのが好き」という一心で結果がその仕事でした。というのも、プログラムは「前に進め」と入力すれば何の疑問もなく前へ進みます。しかし、人間は「前へ進め」といったからといって世の中全員がそう進むとは限りません。時には「進むな」と言ったほうが進むこともあります(ダチョウ倶楽部さんの「押すなよ、押すなよ(早く押せ!)」と同じ原理ですね)。研究をやりつつマジシャンとして大学生活を過ごしていったなかで、結果的に「人の感情・行動」という仕組みを理解したくなり、結果言葉で心を動かす研究職であるコピーライターに就いたのです。
私が書いたコピーの中で、特に思い出に残った仕事は島根県のキャッチコピーでした。書いたコピーは「日本で47番目に有名な県。」。2010年当時、島根は知名度が調査で47位でした。これを逆手にとり、「島根県自身が島根県に認知がないことを発信すれば、チャーミングなのでは。」と思い企画をしました。結果、島根の自虐コピーは大ヒットしカレンダー化もされました。カレンダーは3万部を超え、1000部売れれば大ヒットと言われるカレンダー業界をざわつかせる異例のヒットとなりました。私が調べた限りでは、2015年にはポケモンカレンダーに次いで、2番目に売れたカレンダーになりました。
2013年にはヤフー株式会社(現在のLINEヤフー株式会社)に転職。社長直下にブランドマネジメント室を立ち上げ室長となります。インターネットの世界がパソコンからスマートフォンへと移り変わる激動の時代を肌で体感することができ、PayPayのネーミング・ロゴデザイン・ブランド立ち上げや3.11企画「検索は、応援になる。(現在は「これからも、できること。」という企画名に変更)」、「さわれる検索」「History of the Internet」等をディレクションしました。結果CANNESやNew York ADCなど国内外多くの広告賞を受賞しました。
また電通、ヤフーと社会人をしながらマジシャンの活動も継続しており、2010年にはiPad magicという動画で500万再生を記録。2018年にはTikTokを開始して、現在はTikTok1020万フォロワー、YouTube250万フォロワーに成長をしました。マジックは言語を必要としないためフォロワーの多くはアメリカやインドネシアといった海外のユーザーです。
その後、本業においても副業においてもコミュニケーションの主軸がスマートフォンや縦動画といったメディア中心になってきていることを感じ、2021年にショート動画のベンチャー企業であるスターミュージック・エンタテインメントに参画し、現在に至ります。今はショート動画(TikTokやYouTubeショートなど縦型の短尺動画)の広告代理店兼インフルエンサーマーケティングを生業としています。
長々と自身の経歴を話してしまいましたが、一貫していたのは「仕組みを理解するのが好き」という好奇心と「人を楽しませたい」というエンタメ精神です。その2つを一貫してやってきたからこそ、充実していろいろなことを体験してこれたと思っています。私自身もまだ未熟でこんなことを言うのは烏滸がましいですが、大学生のみなさんと、これから大学生になるみなさんに、私が大学生のころからやっていてよかったなと思うことを2つお伝えしてこのコラムを締めたいと思います。
1つ目は好きなことがある人は好きなことを目一杯やっておいたほうがいいということです。私の場合ですと理系で学んだ論理能力はプレゼンテーションを作るうえでかなり役立っていますし、マジックで培ったコミュニケーション能力も仕事にいきています。そんな成長する過程を、温かく見守ってくれた研究室の池原先生には感謝をしておりますし、あの研究室の環境があったからこそ、好きなことをして仕事もできるという最高の今につながっていると感じています。
2つ目はあまり世間の杓子定規に収まらないでほしいということ。世の中は理系や文系だったり、優秀か優秀じゃないか、学歴があるかないか、という区別や、ときに差別は(昔から比べると少なくなってきましたが)まだまだあります。私自身も文系や理系の区別なく自分の、その時に興味を持っていることの「仕組みを理解するのが好き」ということを追い求めていただけで、それが結果文系理系などの分野に収まっていただけでした。結果、自分の納得のいく仕事ができ成果を出せたことが多かったように思います。
これから大学生になるみなさんは希望とともに不安や将来に関しても心配がある人も少なくないと思います。報道でも日本は高齢化でやばいみたいなことが多く騒がれていますが、私自身は楽観的で、日本はこれからさらによく面白くなると思います。そのためには自分の「好き」を力にして、杓子定規に収まらず、日本にいながらも海外や世界と戦っていくことが大切だと思っています(もちろん戦争ではなくビジネスで)。
そういった自分の基盤をつくる環境として、日本の大学や理工学部、研究室やサークルは世界一の環境のうちのひとつだと思っています。是非皆さんにも充実したキャンパスライフを送っていただきたいということを願い、このコラムを締めたいと思います。長々とした文章お付き合いありがとうございました。
内田 伸哉 (うちだ しんや)
(慶應義塾高等学校 出身)
●経歴
2005年3月
慶應義塾大学 理工学部 電子工学科 卒業
2007年3月
慶應義塾大学大学院 理工学研究科 総合デザイン工学専攻修士課程 修了
2007年4月
株式会社電通 入社 コピーライター
2013年
ヤフー株式会社 入社 ブランドマネジメント室 室長
2022年
スターミュージック・エンタテインメント 取締役
現在に至る
●受賞歴
文化庁メディア芸術祭文部科学大臣奨賞
Cannes Lions
OneShow
NewYork ADC
TCC新人賞
朝日広告賞
他多数受賞
●著書
プレゼンのアイデアノート51(東洋経済新報社)
企画に年功序列は存在しない(クロスメディア・パブリッシング)