皆さんは、多忙な生活の中で「自分が2人いたらいいのに」と思ったことはありませんか?情報技術は、物理的な制約を超えた感覚や行動の共有を可能とする基盤であり、こうした私たちの想像を現実とする力を持っています。私たちの人間拡張(Human Augmentation)の研究分野では、バーチャルリアリティやロボティクス、機械学習などの技術を援用することで、私たち人間の主体感を維持しながら私たちの身体的制約を超えた拡張が可能かを探求しています。
この研究の本質は、単に身体能力や知覚の範囲を広げることにとどまりません。それは、私たちの「主体感」をいかに強く、柔軟に形成するかという点にも深く関わっています。「主体感」とは、自分自身が環境の中で能動的に関与し、意図を持って行動しているという感覚のことを指します。人間拡張技術の発展により、私たちの身体や意識がどのように拡張されても、その主体感が維持されることが重要となるのです。
例えば、バーチャルリアリティ(VR)の空間内では、同時に多数の手や身体を操作し、現実世界では不可能な体験をすることができます。しかし、こうした体験を自然に受け入れ、自分の行動として認識できるかどうかは、視覚・聴覚・触覚のフィードバックの精度や、インタラクションの設計に依存します。私たちの研究では、能動的な身体への運動指令に伴う神経活動の遠心性コピーに基づく予測に対応して、同時に複数の身体からの感覚情報のフィードバックを与えることで、拡張した身体に対しても一定の行為主体感・身体所有感をもつことができることを検証しています。
また、ロボティクスの分野では、情報の伝送に基づく遠隔操作ロボットの開発が進んでいます。これにより、物理的に遠く離れた場所でも、自分の分身のようにロボットを操作することが可能になります。こうした技術に基づいて複数のロボットを同時に操作する場合においても、複数の異なる遠隔の環境に対応した私たちの意図を伝えられる行動情報の設計を行なうことが重要です。複数の身体の動作が自分の意図に従って直感的に制御でき、あたかも自分自身の体の一部であるかのように感じられることが、「主体感」の形成において鍵となります。
このように、人間拡張技術は単なる機能向上にとどまらず、私たちの主体感を新たな形で生み出し、物理的な制約を超える上での重要な役割を果たしています。私たちが「自分が2人いたらいいのに」と思うとき、その本質は単に作業量を増やすことではなく、同時に複数の場面で能動的に関与したいという欲求にあります。感覚・行動情報の設計がその主体感を支えることで、私たちは新たな自己を発見し、主体的に新しい可能性とふれあうことができると期待されます。今後、人間拡張技術がどのように発展していくかは、まだ未知数ですが、技術と人間の主体感の関係を深く理解しながら、可能性を最大限に引き出していくことが求められます。