音楽情報処理という研究分野があります。音楽を聴いたり作ったりといった普段わたしたちが楽しんでいる行為を、コンピュータを介して行おうというものです。対象がアナログ(例えば実際に鳴っている音)かディジタル(例えば楽譜)かによって、手法が異なってきます。わたしどもの研究室での例を挙げながらご紹介します。

 いま、鳴っている音楽を自動で楽譜に起こす作業を考えてみましょう。これはもう半世紀以上も前から追求されてきた課題で、単旋律・単楽器の曲ならば簡単ですが、オーケストラのような音が複雑に混ざってしまっているものを対象にすると、音源を分離したり、声部ごとの拍認識も必要となり、難度が格段に上がり、現在でも研究が続いています。このような楽曲認識においては、昔から信号処理を中心とした手法が追求されてきました。わたしどもの研究室でも、楽器音を信号処理するとインパルス列になるという理論を追求している学生さんがいます。また、近年の深層学習を取り入れた新たな展開も見せており、通常の信号処理では無視されてきた音の位相も考慮することで、認識精度が向上することが2024年の修士論文として発表されました。また、音響は声紋のように可視化できるのですが、その図を用いて和音の種類(コード)を簡便に付与するシステムを作った2024年卒業の学生さんもいます。

 楽譜から楽譜への変換として、楽曲をオルゴールで鳴らせるように編曲するシステムを作った学生さんがいました。オルゴールは音域が狭く、また短時間に多くの音が連打できないという楽器自体の制約があります。この研究で面白かったのは、編曲を職業とするプロの編曲者にシステム出力を評価してもらったところ、点が辛い方もいましたし、良い編曲ではないかと言ってくださる方もいて、編曲という作業がある意味人間くさい作業で、たった一つの正解はないということが再確認できたことでした。

 楽器を練習する際は、教則本を用いることが多いですが、克服すべき課題や程度は人それぞれで違うため、ある時点のその生徒のスキルに合った練習曲が使われるべきです。教師は豊かな経験を元にふさわしい練習曲を即座に選択しますが、生徒が家で一人で練習する場合には練習効率も効果も落ちてしまいます。現在、生徒に合った練習曲を先生に代わって提供する手法を企業と共同で開発しています。これも楽譜から楽譜への変換の例となりますが、オルゴールと違って、さまざまな練習課題をどう組み合わせて編曲をするか考慮する必要があります。

 このように音楽情報処理は、人間が経験と知識と感性で行っている作業を、数学や音楽理論を駆使してコンピュータに行わせる研究分野です。

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