私の専門は有機合成化学です。様々な有機化合物を化学合成する学問です。その目的を達成するために絶対的に必要なのは化学反応です。中学校の理科の教科書から化学反応式が登場し、本格的には高校から習うと思います。みなさんの中には、何の役に立つのかと思いながら、ベンゼンからフェノールの合成法を勉強した人もいることでしょう。ですが、もう少し教科書を先に進めて読んでみてください。フェノールからコルベ・シュミット反応によりサリチル酸が得られ、続くアセチル化反応によりアスピリンとして知られているアセチルサリチル酸を合成することができます。アスピリンは解熱鎮痛薬として、世界中で長年使われてきました。このように、有機合成化学は医薬品を合成することができるのです。医薬品だけではありません。ウィリアム・パーキンが合成染料モーブを発見した1856年以降、人類は有機合成化学の力で、染料や香料、液晶の材料まで合成してきたのです。

私は学部4年生で研究室に配属されて以来、有機合成化学のなかでも「天然物の合成」をメインテーマとして研究を行ってきました。あれ? と思った方が多いかもしれません。よく言われるのが、「何で天然にある物をわざわざ作るのか?」というご意見です。さきほど説明しましたように、有機合成化学は人工物創製の科学としての役割を担っており、人類は限りなく多くの有機化合物を合成してきました。なのに何故、天然物なのか? その答えは、「天然は人類の英知を超えている」からです。今もなお、天然からは見たこともないような構造のものや、とても興味深い生物活性を有するものが発見されてきます。標的としているものが人類の英知を超えているのですから、今までと同じ方法では太刀打ちできません。新しい合成方法や合成戦略の開発が不可欠です。だからこそ、研究室では未知の世界に踏み込んだ化学反応の実験を毎日行っています。実験そのものは楽しいものばかりです。オイルバスでフラスコを熱するだけでなく(図1)、エバポレーターで有機溶媒を濃縮したり(図2)、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで化合物を分離したり(図3)、ときにはLEDランプで赤色や青色の光を照射して化学反応を行ったりしています(図4)。化学反応の実験は失敗が多いのですが(爆発ではなくて、目的の化合物ができない!)、だからこそ成功したときの喜びはひとしおです。その実験が、今までにない新規な合成方法の発見や、自然界を超えた機能を有する化合物の創製につながるかもしれません。まさに、「実験ハ不可能ヲ可能ニス」です。私たちは化学の進歩に少しでも貢献できるよう、日々研究に励んでいます。

図1 加熱還流

図2 エバポレーター

図3 シリカゲルカラムクロマトグラフィー

図4 光化学反応

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