こういう原稿や講演を頼まれると、決まって「基礎学問のすすめ」と題して、専門である信号処理分野の数学的基礎から発展させて、興味深い応用研究ができることを示して、基礎がいかに大事か、基礎がしっかりしていればどんな方向にも進めていけると常に勧めてきた。教育者として至極まともなことを言ってきたつもりである。それがこの10年で社会は大転換を迎えている。人工知能研究の発展によるものである。

学生時代からほぼ30年、信号処理の基礎研究を行ってきた。信号処理とは画像、音声、通信等の信号を変換、加工して、情報を取得したり、信号を復元する基礎学問であり、現在の高度情報化社会を支える重要な技術である。現象を数学的に記述、モデル化して問題設定を行い、様々な最適化手法を駆使して問題を解き、解を得る。そのために深い知識や長年の経験が重要であり、そこに研究に対する情熱と嗅覚が加わって新しい研究が完成する。だから学生にはとにかく基礎をきちんと勉強してどんな方向にも発展できる力を鍛えろと言い続けてきた。

しかし、この10年の人工知能の進化により、以前のような物語は成り立たなくなってきている。私自身のことを述べれば、ある事をきっかけに50歳を境に、信号処理から深層学習を使った画像復元の研究にテーマを変更した。実際の画像や音声は数学モデルで完全に記述することは不可能であり、最適解が得られたとしても十分な結果が得られないことが多々あったが、同じ問題を深層学習ベースで解くと、信じられないよいうな優れた結果が得られた。定年間際になって改めて研究の面白さに心躍り、これからも何ができるか楽しみで仕方がない。

一方で深層学習による画像処理の研究は、(もちろん基礎知識は必要であるが)プログラミングスキルと探究心さえあれば初学者でも十分できる研究であり、知識や経験に基づく先入観を持つより、新鮮で斬新なアイデアから驚くべき成果が得られることがある。当研究室の学生も学部4年生の頃から驚くほどの研究成果を達成する者もおり、世界を見ても若い研究者達の活躍は凄まじい。若者たちに多くの成功チャンスがあり、今まさに第4次産業革命が始まっているのである。

私自身はまだ「若い奴には負けない」と気張りつつ、学生の力を伸ばしサポートして、一緒に驚くべき研究成果を目の当たりにしたい。「基礎学問のすすめ」はもちろん重要であるが、これからは「実学のすすめ」にしよう!

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