さまざまな経験を積み観察することで、情報を精査する力が養われる

スパイに憧れていたと驚きの少年時代を語った、金子さん。
その情報を精査する目は鋭い。
一方で、情報(コンテンツ)の使い方しだいで世の中は現在よりずっと豊かで面白くなると、その流通に懸命に取り組んでいる。

Profile

金子 晋丈 / Kunitake Kaneko

情報工学科

香川県出身。専門はアプリケーション指南ネットワーキング。特に、デジタルデータの利活用を促すデジタルデータのネットワーク化について研究を行っていいる。2001年東京大学卒業。2006年同大学院情報理工学系研究科博士課程終了、博士(情報理工学)。同大学院新領域創成科学研究科での特任助手を経て、2006年9月より慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構、特別研究助手。2007年、同機構特別研究講師。2012年4月より現職、デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター研究員を兼任。

小学生で感じた学問の面白さ

観察好きな子供時代

工事現場でショベルカーの動きを延々と見続けているような子供でした。実は今もそういうところがあって、人の動きなどを見るのが好きですね。話しかけたりはしませんが、何をしているのかな? それは何のためなのかな? と考えながら見ています。
例えば、空港のチェックインカウンターにいたスタッフが、搭乗口にいることに気づいて、どのタイミングで移動するのかな、どうしてそのタイミングなのかなと考えるのです。実際に見えるのは、スタッフの動きのごく一部分ですが、その部分が全体のシステムの中で、どんな意味をもっているのかを考えるのが好きなんです。時には、航空会社の違いが垣間見えてきたりして、面白いです。

夢は007

スパイになりたいと思っていた時期がありました。きっかけは、『世界の名探偵50人』のような本を読んだことでした。その中で007が一番格好よかったのです。ただ、スパイになるための本はありませんから、スパイに求められることは自分でマスターするしかないと考えていました。知識、体力、忍耐力、感情のコントロールを習得するために、いろいろな本を読んで試しました。また、スパイは基本的に異国の地で活躍するものですから、限られた情報からきちんと理解しなくてはなりません。その時に情報の真偽を判断する力はどうやったら身につくのだろうと考えましたね。 この点は、親の教育も影響していたと思います。幼い頃から、家には複数の図鑑や百科事典があり、自然と見比べていました。図鑑によって書き方が違うし、中には間違っていることもありました。

慶應義塾大学に来るきっかけは?

東京大学時代の指導教官の青山友紀教授は、NTTで4K技術の研究に関わっていた経験をもつ方でした。博士課程2年の時に、就職をどう考えているかと聞かれ、「特に考えていません」と答えたら、「会社もいいけど大学もいいんじゃないか、私が考えておくから」とおっしゃり、後日、ある国際会議で慶應義塾大学の先生に引き合わせてくださり、慶應義塾大学を勧められました。
こうして2006年に慶應義塾大学のデジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(2011年に改組になりデジタルメディア・コンテンツ統合研究センター、以下DMC)に勤務することになりました。 2012年4月からは理工学部情報工学科の専任講師に着任し、DMCは兼任することになりました。
古今東西のデジタルデータを相互に接続する超大規模な情報ネットワークをどのように設計するか、そのネットワークを軸に展開するサービスからそのネットワークを支えるIT技術までを一貫して考えている人は、世界的にも他にいないと思います。

常識の脆さに気づくまで

初の海外経験は驚きの連続─先入観や思い込みの覆り

小学3年生の時に、生物(形態分類)学者だった父についてイギリスで1カ月間、アメリカで3 カ月間生活しました。当時の飛行機は事故も多く、“あんな重いものが人を乗せて空に浮くなんておかしい”と飛行機の旅に恐怖感を持っていました。しかし、国産プロペラ機のYS-11や、ジェット機に乗ってみると空を飛ぶことが自然に思え、“へぇ、浮くってこんな感じか”と分かったら嫌いではなくなりました。硬いと思っていた雲を飛行機が突き抜け包み込むような柔らかさを持っていることもはじめて理解しました。イギリスに行く際に経由したモスクワでは、知らない言葉をしゃべる人たちがいることに驚きました。父がコミュニケーションできていることにもびっくりしました。イギリスでは、日本から持っていったラジオをつけたら、英語が流れてきて「こいつ日本では日本語しゃべるのに、違う言葉をしゃべるのか!」って思いました。ほかにも、社会システムや文化、あらゆる製品も日本のものとは違っており、カルチャーショックとともにイギリス紳士へのあこがれも生まれました。

知識の限界

4カ月間ですから現地校には通わず、1日おきに家にいて勉強する日と、外に遊びに行く日にしていました。外出する日は、母と兄と私とで順番に行き先を決めました。小学5年生の兄と2人でバス旅行をした時に、居場所がわからなくなってしまいました。持っていた和英辞典で「ここ」と「どこ」を調べて、それぞれ “here” と “where” だとわかりましたが、どう組み合わせていいかどこにも書かれていなくて……旅行中肌身離さず持ち歩いていましたが、辞書って使えないと思いましたね。それとは逆に、“here, where, here, where” としゃべる子どもに、バスの運転手がわかるまで付き合ってくれたことは本当にありがたかったですね。 日本の小学校に戻ったら、学校の授業もよく理解できなくて、周りからは「海外ボケをしている」と言われていました。でも、貴重な経験をたくさんしたと思っています。

研究テーマとの接点

専門の選び方

最初からネットワークの世界を目指したわけではありません。高校生の頃は航空宇宙に興味がありました。私が小中学生の頃は、今みたいにロケットが次々に打ち上げられていたわけではないので、憧れの対象でした。 航空宇宙を専門にしたいと東京大学に入りましたが、物理学があまり好きになれず、電子情報に進路を決定しました。無線とインターネットに魅力を感じていたからです。高校1年生の時に、短波ラジオを手に入れたのをきっかけに、自宅にあったカーテンレールを利用してFMアンテナを独学でつくり大阪のFM放送を楽しんだり、上空にスポラディックE層と呼ばれる特殊な電離層が発生した際に、聞こえるはずもない北海道の放送を受信できたこともあり、電波の神秘性に心を奪われていました。また、同じ頃に手紙を書いて数カ月後に受け取っていたイギリスBBCの短波放送の最新プログラムや周波数情報を、ウェブサイトから即座に入手できたことにも感動していました。 これらのことを思い出して、無線やインターネットで情報をやり取りする電子情報を選んだのです。卒論ではモバイルインターネット、修士ではモビリティサポート、博士ではネットワークアーキテクチャを考えるようになりました。

研究テーマの変遷

DMCに来て4K映像の伝送実験を始めると、課題がたくさん見つかりました。学生時代に学んだあらゆるネットワーク技術を持ち込んで解決を試みましたが、うまくいかないことも多々ありました。そのたびに、わざわざネットワークを使わなくてもいいのでは、と周囲(ネットワーク技術者ではない人たち)から言われ、ネットワークの意義や価値とは何だろうとつくづく思いました。さらに、4K映像を配信できる技術を創っても、ネットワークを介して4K映像にアクセスしたいと思う人がいなければ、その技術は生きてきません。そこで、一つでも多くのコンテンツを閲覧してもらえるような世界の実現を考えるようになりました。
誰もが簡単にデジタルの情報を作れるようになればなるほど、デジタルの情報が埋もれやすくなってしまうのが現状です。ですから、コンテンツとコンテンツを繋いでおいて、何かをきっかけに少しでも人の目に触れる機会をつくっておくことが重要になります。すなわち、コンテンツをネットワーク化することが重要と考えたのです。現在のインターネットの規模の何兆倍もの規模のネットワークです。そして、この大規模なコンテンツのネットワークにどんな仕組みがあったら情報の精査がしやすくなるのかを研究テーマにしています。

情報の精査とは?

何が真実かを自分なりに見極めることです。先生が教えてくれたことだから、教科書や文献に書いてあるから、経験したことだから、すべて間違いがないと考えてはいけません。これらはきっとある事象のある側面においては真実ですが、今自分が向き合っている事象において同じ側面を見いだせるのか、また同じ側面を見ることに価値があるのかは、よくよく考えなければいけません。過去の知見は最大限活用して事象の側面の切り取り方の参考にしながら、真実をつねに模索し続けることです。ひとつの側面に満足してはいけません。側面が多いほど真実に近づくのです。もちろん、真実の探求に失敗はつきものです。失敗しても新たな側面に気づくことができたのであれば、必ず次につながります。
過去の知見を自分のものにするためにも、常日頃のいろいろな経験や観察、そして惜しみない考察が重要です。

 

どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎


学生さんから
IT機器の修理サポートのアルバイトがきっかけで、ネットワークの知識を深めたいと思うようになって、金子先生の研究室を選びました。私たちの世代は、インターネットはつながって当たり前ですが、インターネットが機能する理由を1つずつ理解することが大事だなと思います。先生からは、世の中の課題を見つけ、解決策を考える姿勢を学んでいます。一方で、学生のプライベートも気にかけてくださる、気さくな先生です。

奥様の池田真弓さんから
理工学部で英語と総合教育科目を教えています。慶應義塾大学が所蔵するグーテンベルク聖書のデジタル化に携わっていた関係で、DMCのメンバーになりました。現在は、金子さんのモザイクプロジェクトのミュージアムコンテンツに関わっています。9カ月の男の子がいて、子育てに奮闘中です。金子さんはなかなかイクメンで、保育園の送迎、お風呂、オムツ替え等々、育児はほぼ全てこなすことができます。料理もできるのですが、なぜか離乳食作りはしてくれません…。

(取材・構成 池田亜希子)

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