科学を純粋に楽しむ恩師の姿に惹かれ、研究の世界に

これまでに多くのすばらしい人たちと出会い、いろいろな場所で研究をしてきた古川さん。
どんなに小さなことでも、今の学生たちには「考えることの楽しさ」を忘れないで欲しいと強く願っている。
また、生化学と無機化学の境界領域にある金属タンパク質の研究を続けてきた経験から、さまざまな分野に興味をもつことの大切さを感じている。

Profile

古川 良明 / Yoshiaki Furukawa

化学科

兵庫県出身。専門は生物無機化学。特に、金属タンパク質が生理・病理に果たす役割について研究を行う。2002年京都大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。米国ノースウェスタン大学、理科学研究所脳科学総合研究センターでのポスドクを経て、2010年4月より慶應義塾大学理工学部化学科准教授(有期)。2015年4月より現職。

小学生で感じた学問の面白さ

どのような幼少期を過ごされたのですか?

小学生の頃は、学校から帰ると暗くなるまで友達と野球をする毎日で、将来は阪神タイガースの選手になると本気で思っていました。虫や生き物も好きでしたね。放課後には、空き地に行ってバッタを捕まえたり、田んぼや用水路に入ってオタマジャクシやザリガニを捕ったりしていました。
学校の勉強にはあまり興味がありませんでしたが、小学校5、6年生のときに「考えることの楽しさ」に思いがけず触れることになりました。当時の担任だった後藤先生は少々風変わりな先生で、小学生の私たちに、星の明るさと距離の関係を考えさせたり、周期表をもとにして原子のいろいろな性質を教えてくれたりしました。また、私たちをよく外に連れ出して、実際に観察したり体験したりすることの大切さを理解させてくれました。小学生にはかなり高度な内容だったと思いますが、学問の面白さを肌で感じることができました。

化学に興味をもたれたのはどうして?

中学・高校時代に数学オリンピックやいくつかのコンクールに挑戦して、解答ではなく解法の美しさを楽しむ世界があることを知りました。頭の良い人たちの解法はいたってシンプル。問題を速く解くのではなく、じっくり考えて美しく解く。そんな人たちに囲まれた環境が学問の楽しさを教えてくれたと思っています。ある日の化学の授業で有機電子論に触れ、その明解な考え方に魅了されたことをよく覚えています。そのようなシンプルで美しい化学をさらに深く学びたくて、大学は化学が強いといわれる京都大学を選びました。しかし、当時の京都大学では、試験さえクリアすれば卒業できたこともあってか、授業にはあまり出席しませんでした。化学はいろいろな教科書を読んで勉強する代わりに、ラテン語やドイツ語ゼミの輪読会に参加したり、学内で開催されるセミナーを聞きにいったりと、化学以外の学問にも触れることができたのは非常に良い経験になりました。多くの親友もできて学生生活を満喫していましたが、今思うと日本の化学を代表する先生方の授業を聞いておけばよかったと後悔しています。

生化学と無機化学の境界的な研究分野を選ぶ

研究の世界に入られたきっかけは?

私のアカデミックキャリアの原点は、大学4年生で配属された森島績教授の研究室です。当時から、生命現象を分子レベルで理解する生化学と、分子軌道で反応性を記述する錯体化学に興味がありました。森島研ではヘムタンパク質の構造機能相関という、タンパク質と金属錯体の境界を扱った研究をしていたので、私の両方の興味を満たしてくれました。それに加えて、研究室を見学した際にお会いした森島先生の姿は、今でも鮮明に覚えているほど強く印象に残っています。大きな椅子にゆったりと腰を掛けて、パイプをくゆらせながら、ヘモグロビンの反応性をヘムの分子軌道で熱く説明してくださったのには感激しました。 森島先生が、HOMO/LUMOを提唱して1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生の弟子にあたりますので、私は孫弟子ということになります。残念ながら福井先生にお会いすることは叶いませんでしたが、研究にかける情熱には並々ならぬものがあったと森島先生からよくお話を伺い、感銘を受けました。研究室では、生化学・分光学・熱力学などを学びながら、タンパク質の電子移動反応を研究していました。森島先生が放任主義だったので、自分で考えたことを自分で試すような研究をしていました。研究の難しさや辛さも経験しましたが、研究室の至る所に置かれているホワイトボードにあれこれ書きながら先輩や後輩と議論する毎日は本当に充実していました。また、当時の助教授だった石森浩一郎先生には、学術論文に限らず、文章の書き方から研究発表の仕方まで、自分の考えを他人に伝える作法を徹底的に教え込まれ、そのおかげで今でも研究を続けることができていると感謝しています。

大学卒業後はどのような進路を?

実験して、議論して、発表するということに夢中だったので、企業への就職は全く頭になかったですね。気がついたら博士課程3年の夏。来年からどうしようかという危機的な状況でしたが、多くの先生の勧めもあって、銅シャペロンの研究で活躍されていたノースウェスタン大学のトーマス・オハロラン教授のもとに留学しました。銅シャペロンについて研究するうちに、タンパク質と金属イオンの相互作用を明らかにできれば、いろいろな生理現象や病気の発症について理解できるかもしれないと考えるようになり、現在の研究につながっています。
「自然の摂理は常にシンプルであるべき。でも、シンプル過ぎてはよくないんだ」とアインシュタインの言葉をオハロラン教授はよく言っていました。現在は、別の研究プロジェクトでも活躍されており、斬新なアイデアを次々に生み出すその能力には全くかないません。「新しい考えを生み出すことを恐れずに楽しみなさい」とも助言され、研究をもっと楽しもうと考えるようになりました。
その後、理化学研究所の貫名信行先生の研究チームに加わりました。貫名先生は、神経変性疾患の発症をタンパク質の構造変化で理解しようとされる、当時では数少ない神経内科医で、現在も基礎研究を非常に大事にされています。培養細胞やマウス・ラットといった、これまで扱ったことのない実験モデルや、高価な実験装置を自由に使わせていただき、自分の実験技術に磨きをかけることができた最も充実した時期だったかもしてません。
振り返ると、師事した全ての先生には非常に恵まれました。どの先生も科学を、そして人生を楽しんでいて、私のよい「ロールモデル」になっています。

大学は自分の路を考える大事な場所

今の学生に望むことは?

2010年に慶應義塾大学に異動してきました。化学科の先生方が「慶應に新しい研究分野の導入を」と尽力して下さった結果、私は新しい研究室を立ち上げることができました。
慶應義塾大学は、多くの卒業生が広く社会で活躍しており、いわば日本の原動力とでも言うべき存在だと感じています。それは素晴らしいのですが、一方で、学生たちには慶應というブランドやその人脈に頼りすぎず、個々人が各々の色を出して欲しいとも感じています。大学には国の政策には左右されにくい“私学”の良さをこれまで通り発揮し続けて欲しいと思っています。
また、最近の学生に非常に多いと感じるのですが、学問を物理・化学・生物に無理矢理に細分化したり、基礎か応用かをやたらと気にしたりすることはやめるべきだと思います。学問には本来、境界はないので、こうした考えは自然科学の理解の妨げとなるからです。
大学は、自分のこれからの路を見つけるための場所であって、企業に就職するための単なる通過点ではありません。私は“noblesse oblige”という言葉を森島先生から教わりました。これは「高貴なものには、それなりの責務がある」という意味です。慶應という恵まれた環境に置かれているのですから、今の学生には、自分はいったい何をすべきなのかをもっとよく考えて、プライドをもって生きて欲しいと感じています。

研究の合間に息抜きなどはされますか?

世界の言語や文字が大好きで、今でも気になる展覧会などには家族と一緒によく足を運びます。きっかけは、中学か高校時代に読んだ井上靖の『敦煌』に出てくる「西夏文字」。「漢字のようだけれども漢字ではない」と小説の中で紹介されるその西夏文字が一体どのような文字なのか、非常に気になって仕方なかった記憶があります。インターネットで調べることのできない時代だったので、幾つかの図書館や本屋を巡って、西夏文字について色々と調べました。初めて西夏文字を見たときには、何とも言えない不思議な感覚になったことを覚えています。それ以来、世界中の至る所に色々な文字があることを知り、不思議な文字を眺めているだけで癒されます。 本を眺めているだけではどうしても飽き足らず、実際に古代文字を見てみたくなって、エジプト(ヒエログリフ)・イラン(楔形文字)・メキシコ(マヤ文字)をはじめとして、色々なところを旅しました。中国のカシュガル(新疆ウイグル自治区)では、ウイグル語を漢字で表記するので、町中にいろんな漢字が溢れているのだけれども、意味が全く分からないという状況は非常に刺激的でした。そもそも旅行することは大好きでしたが、それは両親が小さい頃から国内外を問わず色々なところに連れて行ってくれたからだと思います。喜びや苦しみを分かち合える人と一緒に、世界の文字を見る旅行をするのが大好きで、妻とは結婚前からあちこちを訪れています。 日々の息抜きは、何と言っても小学生と幼稚園生の娘たちと遊ぶこと。見ているだけでもとにかく面白いんですよ!

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
●古川先生が慶應義塾大学に移られてきた2010年に、私も大学に入学しました。タンパク質のような大きな分子を扱った研究に挑戦したいと考えていたので、「これだ!」と思って金属タンパク質について研究している古川研を迷わず選びました。今は、博士課程1年生の私を信じていただき、自由に研究させてもらっているのが心地いいです。

(取材・構成 池田亜希子)

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