人がやっていないマイナーなことを根気よく続けるのが面白い

これまで、珠算、卓球、競技ダンスなど、いずれも少しマイナーだが、
奥深い世界が広がる趣味やスポーツを、根気よく続けてきたという湯川さん。
その姿勢は、流行の研究に飛びつくことなく、
理論研究を究める研究者としての湯川さんの姿勢と重なる。
その陰には、家族の支えや、友人、恩師とのかけがえのない出会いがあった。

Profile

湯川 正裕 / Masahiro Yukawa

電子工学科

専門は凸解析・不動点近似に基づく信号処理工学。数理科学の知見を活かして信号処理分野に新しい地平を拓くことを目標に研究している。東京工業大学工学部電気電子工学科卒業(2002年)。同大学院博士課程修了(2006年)。英国ヨーク大学博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、理化学研究所基礎科学特別研究員、ミュンヘン工科大学客員研究員、新潟大学工学部准教授などを経て、2015年4月より現職。

幼少期から暗算や算数が得意で、
しだいに数学に興味をもつ

どんな幼少期を過ごされたのですか?

どうやらおしゃべりな子どもだったみたいで、保育園の先生に家で起きた出来事を、逐一、話していたようです。しかも、はきはきと、わかりやすく話していたようで……自分ではあまり覚えていないのですが、両親は「かなり恥ずかしい思いをした」と言っていました(笑)。
それから、いつも4つ上の姉の後をついて歩いては、一緒におままごとなどをしていて、「金魚のフン」と言われていましたね……(笑)。
出身は神奈川県南足柄市です。父も母も公務員で、父は小田原市役所、母は大蔵省印刷局に勤めていました。理数系の科目が得意だった両親の遺伝子を受け継いだのか、幼稚園の頃から暗算が得意だったと聞いています。ただその頃の記憶はあまりなくて、覚えているのは小学生の頃に、母の買い物について行って、金額を暗算していたことくらいでしょうか。
数学的な興味という意味では、なぞなぞとかクイズ、パズル、算数に関する本は好きでよく読んでいました。それ以外は、『ドラゴンボール』や『聖闘士星矢』など、流行の漫画を読むくらいで、読書はあまりしない子どもだったと思います(笑)。
小学校に入学すると珠算を習うようになり、先生の指導がよかったこともあって、中学2年まで続けました。珠算は初段、暗算は三段を持っています。競技会ではいつも上位に入賞していて、小学6年生の時には、読み上げ算で、神奈川県大会で優勝したこともあるんですよ。昔ほどではありませんが、今でも二桁くらいの足し算やかけ算は暗算で計算します。
算数や数学を友達に教えていたこともあります。今から思えば、友達に教えることで、自分の勉強にもなっていたのでしょうね。友達には感謝しています。

インドア派だったのですか?

いえ、家の周囲に田んぼが広がっていて、よく、田んぼや花畑など外で遊んでいました。小学校では休み時間の度に、校庭にダッシュしていって、クラスの皆とボール遊びをするような、活発な子どもでした。学校に行くのが好きで、朝、6時に登校しては、友達と一緒に持久走の練習をしていたこともあります。そのほかにも、クラブで野球をしたり、スイミングスクールで水泳をしたり、身体を動かすのは好きでしたね。中学では卓球部のキャプテンを務め、県大会にも出場しました。身体を動かす分、睡眠もよく取っていました(笑)。
一方で、ファミコンやゲームボーイに夢中になった時期もありました。飽きるまでやって、中学に入る頃には、本当にすっかり飽きてしまい、ゲーム遊びは卒業しました(笑)。

ご両親から「勉強をするように」と言われることはなかったのですか?

なかったですね。宿題など、最低限の勉強はしていたし、授業もしっかり聞いていたと思うので、勉強のことで叱られたりしたことはありませんでした。基本的にやりたいことを好きなだけやらせてもらえる環境で育ててもらったことに感謝しています。小学生の頃に、プラモデルをつくっていて、家の絨毯(じゅうたん)をボンドでベタベタに汚してしまったことがあるのですが、それでも怒られた記憶はありません。それくらい、寛容な親だったのでしょうね。
中学生になると姉の影響もあり、地元の小さな塾に行くようになりました。塾の先生の熱心な指導のおかげもあって、ますます数学の勉強が楽しくなりました。ただ、将来は研究者というよりも、公認会計士になろうかなと考えていました。
高校は学区外の県立厚木高校に進学し、小田急線に片道40分乗りながら数学の教科書を読むのが日課でした。これが、現在の研究者としての血肉になっているのかもしれません。
一方で、社会勉強と小遣い稼ぎを兼ねて、1年生の途中から2年生の終わりくらいまで、クラスの友達と一緒に、高校の近くの生協でアルバイトをしていました。お惣菜コーナーでバイトしていたこともあって、ピタっときれいにラップをかけるのが特技なんですよ。この特技で、妻にびっくりされたこともあります(笑)。
バイトで稼いだお金は、アコースティックギターを買うなど、音楽に使っていました。「スピッツ」とかJ-Popの弾き語りをしていましたが、人前で演奏するほどではありませんでした……(笑)。
高校3年生から受験を意識し始め、理系の大学を目指して、進学塾に通うようになりました。秋の文化祭ではクラスの仲間とダンスや出し物に熱中しましたが、その後のラストスパートでなんとか大学に合格したという感じです。

学部時代は競技ダンスとアルバイトに打ち込む

大学は東京工業大学第5類に進学されましたね。

友人のお父さんの薦めと、予備校のチューターの意見を参考に選びました。この頃には、将来は情報系や数学系の知識を使った仕事をしたいと漠然と考えるようになっていました。
ただ、低学年のうちはそれほど真剣に勉学に励んだわけではありませんでした。フーリエ変換やラプラス変換など、理論系の講義には興味を持って出ていましたが、まだ、何を勉強したらいいのか、あまりピンときていなかったのだと思います。そうしたことから、学部生の頃は、部活動とファストフード店でのアルバイトに精を出していました。ファストフード店でのバイトは、他大学の学生との交流の場であり、サークル活動のように楽しい時間を過ごしました。
それから、大学に入ってから始めたのが、競技ダンスです。きっかけはテレビ番組の影響でしたが、マイナーなことというか、皆がやっていないことをやってみたいという思いがあったんですね。競技ダンス部には各学年で男性は4人程度しかいませんでしたから、相当にマイナーですよね(笑)。そういう意味では、珠算や卓球に通じるところがあるかもしれません。研究はどうかというと、信号処理は世界的にみてすごくメジャーな分野なんです。でもその中で私は他の人が目をつけていないところに焦点を当てて研究しています。
競技ダンスではラテンが専門でしたが、結局、10年ほど続けました。実は留学先にイギリスを選んだのも、競技ダンスの影響という噂も(冗談)。もっとも、イギリスでは競技ダンスではなく、もう少し趣味的な社交ダンスに近い練習会に、毎週、顔を出していたのですが……。

意外ですね。女性と踊るのは照れませんでしたか?(笑)。

最初こそ照れましたが、すぐに慣れました。実は、結婚してから妻を誘って一緒に社交ダンスをしていたことがあるのですが、結局、数回で妻が音をあげて、辞めてしまったのです。私が厳しく指導するので嫌になったと言って……(笑)。そんなに厳しくしたつもりはないのですが、つい競技ダンスの名残で、姿勢や重心の移動などを細かく注意していたようです。何事もやり始めると集中してしまうのは、いいところでもあり、悪いところでもありますね。
研究の面白さにはまったのは大学4年になって、信号処理と通信理論の研究室に入ってからです。実は当初、コンピュータビジョンの研究室に入ろうとしていたのですが、その研究室が定員オーバーで、ジャンケンで決めるというので希望を変更したのです。今から思えば、理論系の研究室に進んで大正解でした。
修士課程になると、国際会議で発表したりするようになり、ますます研究にのめり込むようになりました。そして、研究の世界で生きていきたいと強く思うようになり、博士課程に進学しました。途中からは日本学術振興会の特別研究員に採用され,給料や研究費をもらいながら研究できるようになりました。
博士課程修了後は、念願だった基礎科学特別研究員として、理化学研究所への就職が決まっていましたが、幸い、半年早く修了できたことから、その間、イギリスのヨーク大学に留学しました。帰国後、2007年4月から理化学研究所に3年間ほど勤め、移動体通信や適応フィルタの研究に取り組みました。理研時代には、4カ月間ほどですが、ミュンヘン工科大学にも留学していたことがあります。
その後、新潟大学(2010年4月〜2013年3月)での勤務を経て、慶應義塾大学に移ったというわけです。

いい恩師との出会いに恵まれ順調に研究を進める

順調に研究を進めてこられたのですね。

そうですね。根気よく研究を続けてこられた背景には、節目ごとに、いい恩師に出会えたことが影響していると思います。珠算や塾の先生もそうでしたが、東工大の山田功先生、理化学研究所の甘利俊一先生にはたいへんお世話になりました。
その恩返しもあって、学生には熱心に指導しているつもりですが、もしかすると鬱陶(うっとう)しがられているかもしれません(笑)。一方で、子どもに対しては、自分が親にしてもらったように、勉強のことはうるさく言わないようにしています。

研究の息抜きは?

小さい頃から食べることが好きで、食事が一番の息抜きですね。それから、至福の時は、コーヒーを入れてスイーツを食べながら、ジャズやラテンなどの音楽を聴いている時。学生とランチに行くのが日課で、コーヒーブレイクをともにしたりもしています。

慶應義塾の良さは?

広報が充実していて、私のような若手教員の研究をエンカレッジしてくれるのは非常にありがたいですね。学生にとっても、低学年のうちから教員と直接かかわる機会が多く、教員との距離が近いのは、とても恵まれた環境だと思います。さまざまなサポート体制があって、早くから進路が意識できるのも、まさに慶應義塾ならではの良さでしょうね。

 

どうもありがとうございました。

 

 
◎ちょっと一言◎


学生さんから
●研究に対しては冷静な目を持ちつつも、目標に対しては情熱的で、「世界一の研究室を目指そう」と言うのが湯川先生の口癖。ランチミーティングやコーヒーを飲みながらのアイデア出しやディスカッションなど、つねに会話と笑いの絶えない楽しい研究室です。
                                                                                                           (取材・構成 田井中麻都佳)

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