勉学にバスケにピアノに、継続する力が成果を生んできた

兄姉の影響で始めたピアノにバスケットボール。
いずれも自分の意思で始めたわけではなかったが、
継続することでしか得られない数々の喜びを経験してきた奥田さん。
ピアノやバスケを通じて培われた継続する力と、
環境の変化の中で養われた物事を客観視する力が、
研究の成果へとつながっている。

Profile

奥田 知明 / Tomoaki Okuda

応用化学科

専門は環境化学、大気化学、エアロゾル工学。生体有害性に関連する大気エアロゾルの物理化学特性の解明を目指して、既往の概念にとらわれない新たな手法を自ら開発しながら研究に取り組んでいる。1997年東京都立大学理学部化学科卒業、同修士課程を経て、2002年東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程修了、博士(農学)。同年慶應義塾大学理工学部応用化学科助手、2007年同専任講師。2007-08年米国ウィスコンシン大学マディソン校客員講師。2015年慶應義塾大学理工学部応用化学科准教授。Asian Young Aerosol Scientist Award (2015年6月)ほか受賞多数。

研究紹介

今回登場するのは、

大気粉塵の捕集技術と物理化学特性の解明を手がける奥田知明准教授です。

大気環境と健康影響を科学で結ぶ

新しい手法と見方で、PM2.5 の真の姿に迫る

近年、健康への影響が懸念されている、直径 2.5µm 以下の微小粒子状物質 PM2.5。応用化学科准教授の奥田知明さんは、その PM2.5 と、より大きな粒子の捕集技術の確立、さらには粒子の表面積濃度、帯電状態といった、物理化学特性の解明に取り組む。既成概念にとらわれることなく、新しい手法で物質の未知の特性を調べ、大気環境の真の姿を明らかにすることにより、人々の健康に役立てることを目指している。

サイクロン方式で PM2.5 を捕集

2013年、中国の大気中におけるPM2.5の濃度が急上昇し、日本への影響が懸念されたことから、PM2.5が大きな社会問題となった。大気汚染による公害問題は、それこそ19世紀まで遡るが、そのなかで直径2.5µm以下の微小粒子状物質について、より深刻な健康被害をもたらす可能性が指摘されるようになったのはずっと後の1970年代以降のことである。
粒子が細かくなることで、それは鼻腔や気管にとどまらず、肺胞深くまで汚染物質が到達し、呼吸器や循環器の疾患を引き起こす原因になることが問題だという。その対策として、米国では1997年に、日本では2009年に環境基準が定められた。
その後、各国でPM2.5の研究と対策が進められる中、奥田さんは、その捕集技術と物理化学特性の研究の両方に取り組んでいる。
「なぜ、捕集からやるのかといえば、実際の大気から採取した物質で実験をしない限り、人体への真の影響は解明できないと考えるからです。そこで、まずは、大気中の粒子状物質を大量に集めることから始めました」。
従来、大気中のPM2.5を捕集する技術としては、フィルターによるろ過方式が用いられてきたが、奥田さんは遠心力によるサイクロン方式を採用している。実はこれまで、サイクロン方式は、微小な粉塵の捕集には不向きだというのが常識だった。
「フィルターだと目詰まりしますし、フィルターに吸着したまま取り出せない物質もあるはずです。そこで、フィルターを使わない方法としてサイクロンを採用したのですが、従来、サイクロンは大きい粒子の捕集に使われていて、PM2.5の採取に使用したという論文はわずかしかありませんでした。ところが、実際にやってみるとほとんど採取できてしまった。いまだにサイクロンの専門家には信じてもらえません」と言って奥田さんは笑う。
そもそも大気粉塵には、PM2.5とともに、鼻や喉に悪影響を及ぼす花粉など、粒径が10µm弱程度の大きな粒子も多く含まれる。そこで、奥田さんはサイクロンを2つ用いて、1分間に1,200リットルの大気を吸い込む流路に工夫を凝らし、流速を変えることで二系統に分ける「バーチャルインパクター」により、同時に大小の粉塵を選り分けて捕集する独自の装置を開発した。
「反響が大きく、今では僕の手法に倣った装置が各地で取り付けられ始めています」と、奥田さんは自負している。

図 1 PM2.5と粗大粒子の大流量同時採取装置の概略図
分級技術としてバーチャルインパクターとサイクロンを用いたPM2.5と粗大粒子の大流量同時採取装置。PM2.5の成分組成は、約半分が水溶性の無機物質で、残りはディーゼル排気などの煤(すす)や有機化合物など。元々はガスだった物質が大気中の化学反応により粒子となる場合があり、従来の規制では対応しきれないとして問題視されている。一方、花粉や砂塵などは粗大粒子に分類され、例えば汚染物質を吸着した黄砂粒子が飛来する可能性が指摘されている。PM2.5と粗大粒子を同時にかつ大量に採取することで、細胞曝露実験など様々な研究への展開が期待できる。

表面積濃度をリアルタイムに測る

奥田さんの最近のもう1つの研究が、粒子状物質の表面積濃度をリアルタイムに測る研究である。
「これまで、PM2.5の化学組成だけが問題とされてきましたが、実は物質の状態により生体へ与える影響に違いがあるのです。例えば、PM2.5のほとんどは、小さな粒子が凝集した集合体ですが、集合体は表面がでこぼこで、たんなる球体に比べて、表面積が大きいのです。そのため、より生体に悪影響を及ぼすことがわかっています」。
カーボンナノチューブとマウスによる吸入実験では、粒子の表面積が大きくなるにつれ、マウスの気道組織の炎症が促進されることが確認されている。また、表面積の大きさに比例して、大気中の有害物質を粒子表面に吸着しやすくなる。そこで、奥田さんは、「拡散荷電法」により、イオンを発生させたチャンバー内に試料をくぐらせ、粒子を帯電させて、下流でその電流値を測ることにより、リアルタイムに表面積濃度を割り出す装置を利用。2013年より、データ収集に取り組んでいる。
「2015年3月からは福岡大学、産業技術総合研究所、国立環境研究所などと共同で、より多くの化学成分濃度と粒子の表面積をリアルタイムで計測し、時系列による違いを観察し始めています。現在の環境基準では質量しか定められていませんが、いずれ、表面積濃度も指標の1つに加えられるようになるかもしれません」。

微粒子の帯電状態を調べる

さらに近年、粒子が生体内へ吸入される際に、粒子の荷電数に伴い、生体への沈着量が増加することが明らかになってきた。
「人体の気道模型による実験では、帯電している粒子のほうが、していない粒子に比べて約6倍も多く気道に吸着することが明らかになりました。ということは、大気中の有害物質の濃度が6倍高いことと同じですよね。しかし、ここに着目している研究者は、ほとんどいません」。
そこで、奥田さんは、電極板の間に粒子を通過させ、流路を分岐させた下流の粒子数を粒子カウンターで測定するという「電気移動度法」により、粒子の帯電状態のリアルタイム測定にも取り組んでいる。
「面白いのは、時々刻々とプラスとマイナス、それぞれに帯電している粒子のバランスが変わることです。宇宙線の影響だけでこれほどまでに変わることは考えられないため、ほかに排気ガスや高圧電線など、何らかの原因があるはずですが、これまでほとんど調べられてこなかった。当然、装置もすべて手づくりです。未知の領域だけに、大きなやりがいを感じています」。
既知の世界も、既成概念を取り払って見方を変えれば、未知の世界が広がっている。奥田さんのユニークな視点が、大気環境のさらなる知見を生み出すことに期待したい。

図 2 微小粒子状物質の表面積と生体影響
同一の化学組成を持つ物質であっても、その表面積が異なると、生体への影響が異なる場合がある。粒子の表面積が大きくなると、粒子表面の化学反応や汚染物質吸着促進のため、生体への有害性が大きくなる可能性がある。実環境大気中の粒子は球形ではなく、非球形や凝集体であると表面積は増大するが、その実測はこれまでにほとんど行われていない。

(取材・構成 田井中麻都佳)

インタビュー

奥田知明准教授に聞く

父の背中を見て大学教員を目指す

どんな幼少期を過ごされたのですか?

出身は東京都福生市で、3人兄弟の末っ子です。7つ違いの兄と5つ違いの姉の影響で、4歳からピアノを始め、就職する27歳までずっと習い続けていました。兄たちも幼い頃から弾いていたので、ピアノを弾くのは当たり前だと思っていました。小学校に入学して初めて、ピアノを弾かない子もいるんだと知ったくらいです(笑)。あと、家族全員で、よくマージャンをしていましたね。
父は高校教員から大学教員になって、私大の文学部で社会教育学を教えていました。夕方6時には必ず家に帰ってくる生活で、よく学生たちを家に呼んでは、読書会や飲み会をやっていて、実に楽しそうでした。
その父の背中を見て、いずれ自分も大学教員になろうと思うようになったのです。実際は、文系と理系では生活がかなり違っていて、想像とはかけ離れた忙しい毎日を送っています。ちょっと気づくのが遅かったですね(笑)。いまは大学のすぐそばに家があるので、夕食時はいったん家に帰って家族と一緒に食事をすませてから、また大学に戻る生活です。

勉強の方はいかがでしたか?

両親からは、数学と国語だけはしっかりやりなさいと言われましたが、とくに勉強しろと注意された記憶はありません。小中学校までは、勉強で苦労したことはなかったと思います。高校は、都立立川高校へ進学し、早くから理系を目指しました。とはいえ、好きだったのは化学だけで、物理はまったくダメでした。得意分野は統計データを扱うこと。例えば、友達と野球をする際に、メンバー全員の打率や打順を調べて記録しておき、統計データをもとに作戦を立てたりしていましたね(笑)。
高校3年のとき、将来は環境問題の解決など、人の役に立つことをしたいと考えるようになりました。そこで、進路は工業化学系を目指そうとしていたところ、当時の化学の先生だった大町先生から、「将来、化学の応用分野に進みたいのであれば、大学では基礎をしっかり学んだほうがいい」とアドバイスをいただきました。そういうものかと、大学は東京都立大学(現・首都大学東京)理学部化学科へ進学しました。
ちなみに、ちょうど高校3年の1年間、父の研究の関係で両親がともにイギリスへ行っていたため、進路について親に相談することはありませんでした。すでに兄は社会人になって独立していて、その間は社会人1年目だった姉と2人暮らしだったので、姉にはたいへん苦労をかけたと思います。
大学に入学すると、中高と続けてきた体育会のバスケットボール部に所属しました。連日、練習で疲れきってしまい、授業には出るものの、いつも教室の最前列で寝ている日々でした。今から思えば、先生方には本当に申し訳ないことをしたと思っています。だから、自分の授業では、学生たちが退屈して眠くならないように、できるだけ面白い授業を心がけています。
実は、そのバスケも兄と姉の影響で始めたんですよ。本当は野球をやりたかったのですが、結局、バスケをやることに。ピアノもバスケも自分の意思で始めたわけではないんですね。もっとも、それを後々まで続けているのは、意思の力ではありますが…。
ちなみに、バスケは頑張って週一で続けており、社会人チームに所属して主に日曜日に活動しています。応用化学科の学生たちと一緒に試合に出て、塾長杯で優勝したこともあります。まさかこの歳までバスケを続けることになるとは思いませんでしたが、定期的に身体を動かしていないと、体調が悪くなってしまうので、これからも続けていきたいと思っています。
一方ピアノは、27歳までは、年に3回ほど発表会で演奏していました。何度か辞めようと思ったこともありましたが、男性の奏者は少なく、小さい男の子たちの憧れの的のような存在になってしまっていたので、その期待に応えたくて、なかなか辞められなかった、というのはありますね(笑)。その後始めたジャズやフュージョンなどのバンドでは鍵盤パートを担当し、アメリカ留学をした32歳まで続けていました。オリジナルバンドでインディーズから2枚のCDをリリースしたほか、ライブハウスや矢上祭(学園祭)などのステージでも何度も演奏したことがあります。いまは、多忙になってしまったので、演奏活動はお休み中です。
兄弟の影響は、研究にも及んでいます。実は兄は、分析機器メーカーに勤めるX線装置の技術者で、私の研究にヒントをくれたことがあるのです。以前、PM2.5中の金属成分の多元素同時分析法として、従来の酸分解/ICP-MS法ではなく、「エネルギー分散型蛍光X線分析法(EDXRF)」を使って、簡便かつ短時間に精度よく分析できる手法を開発したんですね。そのエネルギー分散型蛍光X線分析を勧めてくれたのが兄でした。
この方法はこれまで、感度が低く、微量分析には適さないと考えられてきたのです。そこへ工夫を凝らして条件を調えることで、約15種類の元素について、1試料あたり約15分で分析できるようになりました。この研究の成果により、「2014年度エアロゾル学会論文賞」および「鉄鋼環境基金第4回助成研究成果表彰【鉄鋼技術賞】」を受賞しました。半分は兄のおかげですね。
そうしたことから、去年、兄の会社に呼ばれて講演をさせてもらいました。まさか兄と仕事上でつながるとは思いませんでした。不思議な縁ですね。

バスケ一筋の大学生活から研究者の道へ

研究に本腰を入れ始めたのはいつ頃ですか?

大学4年のときに、環境・分析化学系の研究室に所属したのですが、10月まで体育会バスケ部で活動していたので、本気で取り組み始めたのは修士に入ってからです。
ただ、最初は大気の研究ではなく、湖の堆積物から汚染物質を取り出して分析機器で調べていました。ボーリングでコア(円柱形の堆積物のサンプル)を取り出すと、時系列で汚染の状況が変化していく様子がわかるのです。実際に、赤城山麓の湖へ行って手漕ぎボートを操ってコアの採取をしたりしました。
ただ、過去の汚染状況を調べることに、しだいにもどかしさを感じるようになりました。人の健康の役に立つためには、まさに今起きていることを調べたいと思うようになり、修士の2年目くらいから大気の研究にも取り組み始めたのです。
その後、大学教員を目指していたため、企業への就職活動はせずに、そのまま博士課程へ進みました。ただし、指導教官の先生が退官されるタイミングだったこともあり、博士課程は東京農工大学へ移りました。もっとも、主要な計測装置は都立大学にしかなかったので、その大半は農工大と都立大を行き来する日々でした。
博士課程で研究していたのは、土壌や大気に含まれ、人体に有害とされるベンゼン環(6個の炭素原子からなる正六角形の構造)からなる化合物で、その発生源の特定や輸送経路などです。有機化合物には、主に炭素12と炭素13が含まれていますが、由来によってその比率が違います。例えば、自動車の排気ガスであれば炭素13が、木を燃やした場合であれば炭素12がやや多くなる。炭素12と13の比率を測ることで、発生源を調べるというわけです。当時は、フィールド調査にもよく行きましたね。

アメリカ留学で日本を見直す

慶應義塾大学へ来られたきっかけは?

博士課程3年の2001年に、慶應義塾大学の公募に応募したのです。それまで慶應義塾にはまるで縁がなかったので、まさか採用されるとは思いませんでした。
それまで、小中高大と国公立しか経験してこなかったので、私大の雰囲気はかなり違うものに感じられました。慶應義塾の学生さんは、勉強もよくできるけれど、勉強以外のことにも興味があるし、活動範囲も広い。私自身、研究だけでなく、バスケや音楽をやってきたという意味では、慶應義塾の校風に合っているのかもしれません。よく、「塾高(慶應義塾高校)出身ですか」と聞かれるのは、そのせいでしょうか(笑)。
その後、2007年から08年にかけて、米国ウィスコンシン大学への留学を経験しました。ここでやっていたのは、ディーゼルエンジンの排気ガスの浄化に関する研究です。初めての留学で英語では苦労しましたが、非常にいい経験になりました。いかに日本という国が住みやすく、社会システムが整備された恵まれた国であるかを実感しました。基礎学力についても、日本人のほうが格段に優れているように思います。
たとえ研究者でなかったとしても、自国のことを客観的に見るためには、一度は海外へ出るべきでしょうね。現在、大学で国際交流委員を務めているのですが、学生たちに全力で海外留学を薦めているところです。

慶應義塾大学の良さについて教えてください。

やはり、教員、職員、同窓会を含めて、福沢諭吉先生の理念が浸透しているところでしょうか。皆が理念を共有しているからこそ、けっして方向性がブレないのが最大の良さでしょう。例えば、海外への留学についても、全校あげて手厚いサポート体制があるのは素晴らしいことだと思います。とくに職員さんの献身的な働きには、いつも感謝しています。
本当に働きやすく、学びやすい環境だと思います。外部の大学から来たからこそ、その良さがよく見えるんですね。やはり「視点を変えてさまざまな物事を見る」ということは、とても大事なことだと思います。

どうもありがとうございました。


◎ちょっと一言◎


学生さんから
●非常に熱心に指導をしてくださる先生で、ときに厳しく叱ってくださることも。社会に出たときのことを考えて、話し方からプレゼンの方法まで指導してくださる先生は、なかなかいらっしゃらないと思います。一方で、OFFのときは学生と一緒に飲んだり、スポーツをしたり…。活気のある楽しいところです。

(取材・構成 田井中麻都佳)

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