楽しいことを見つけて研究にも遊びにも全力投球で挑む

信号処理技術をベースに画期的なシステムの開発に取り組む満倉さん。
ショートスリーパーで、研究も遊びも決して手を抜かない満倉さんのエネルギーの源は、
楽しいことを見つけて、とことん追求するという前向きな姿勢にあるようだ。

Profile

満倉 靖恵 / Yasue Mitsukura

システムデザイン工学科

生体信号処理、脳波解析、画像処理、画像意味解析、印象解析などをキーワードに、マルチメディア信号処理や生体信号解析に関する研究を行っている。1999 年、徳島大学工学部知能情報工学科助手、2002 年、岡山大学情報教育コース専任講師、05 年、東京農工大学大学院助教授、07 年、同大学院准教授となり、11 年より慶應義塾大学理工学部准教授。

国際学会での受領を機に研究者を目指す

ご出身は奈良県ですが、その後、松江に移られて、理系の高校に進学されたんですね?

はい。これまで転々として来ましたが、ようやく安住の地を見つけました。理系に進んだのは、父が理系で、母が医療系という家庭に育った影響でしょうか。家の本棚には絵本などはなく、数学や物理の本、医学書などが並んでいました。休日にそれらの本をずっと読んでいる勉強熱心な父の姿が心に焼き付いています。今でも記憶に残っているのは、ガラスでできたものを落として割ったとき。父が「なぜ割れるか」を、子どもの私相手に延々と語り、その話が面白かったので、興味から他のいろいろな物も壊して、母に叱られていました。その流れで高校も理系を選択し、大学では電気電子系を専攻しました。
その後、さまざまな所に移動してきました。修士までは岡山県立大学で、博士を取ったのが徳島大学です。そして、東京大学大学院医学系研究科で学び、岡山大学、東京農工大学などを経て、2011年に慶應大学に移りました。

研究者になろうと思ったのはいつ頃ですか?

大学4年生のときに、通信関連の国際学会に参加する機会があり、そこでベストペーパー賞とベストプレゼンテーション賞をダブル受賞したときです。
このときの研究で、今考えれば大した問題ではないのですが、当時はたいへん大きな壁を感じていて、何日も徹夜をすることに。でも、受賞して苦しかったことがすべて吹っ飛び、大きな喜びに変わったことが心に残っています。そして、何か問題にぶつかったときに、それを解決するために必要な努力と根性は、ここで教えられました。
その後、研究者としての転機となったのが、徳島大学時代の赤松則男先生との出会いです。外からうるさく聞こえてくる工事現場の騒音に対して、「この音と逆位相の音を作ってみたら騒音が消えますよね」と先生にお話したところ、当たり前のことなのですが、自分の研究を常に生活で意識していることを褒めてくださいました。そういった姿勢は研究者として成長できる、と太鼓判を押していただき、今に至っています。音や画像を周波数に変換し、定式化するということをやり続けるなかで、まわりの種々の現象と周波数が結びつくようになり、音を聴いたり、画像を見るだけで、自然と、そこにどんな周波数成分が含まれているのか見当がつくようになったのです。あるいは水面の波紋を見ただけで、どんな波が含まれているのか、それはどんな式で表わすことができるのかも、ピンとくるようになりました。もうほとんど職業病というか、今や、身の回りの現象はなんでも周波数や式で見えるようになってしまいました。
ちなみに、うちの学生でも、研究を続けてしばらくすると、「あの人の髪の毛の巻き具合は、こんな式で表わせるよね?」なんて、冗談を言い合ったりしています。数学的なセンスというのは訓練により磨かれる部分が大きいのでしょうね。
話が横道にそれてしまいましたが、赤松先生にアドバイスをいただいたことで、以来、脳波の研究に携わるようになりました。当時はもう、夢中で周波数のことばかり考えていましたね。博士課程では顔の画像の周波数解析の研究を行いましたが、これは、画像を定式化することで、個人を識別するというものです。個人の顔がそれぞれ個別の式で区別できるなんて面白いでしょう? 結局、1年半でドクター(博士号)を取得しました。
ちなみに、赤松先生の関わった学生には、先輩として青色発光ダイオードの研究者として有名な中村修二さんがいらっしゃいます。そうした進取の気鋭に富んだ研究者たちに囲まれていたこともたいへん幸運だったと思います。私は本当に、先生にも周りの研究者にも友人にも恵まれているとつくづく思います。

楽しいことを見つけて全力でチャレンジする

どんな研究生活だったのですか?

朝8時には研究室へ出て、夜中2時くらいまで研究に没頭するという毎日でした。もともとショートスリーパーで、5時間も寝たら完全に復活するので辛いと思ったことはありません。しかも、赤松先生と一緒に、夕方1時間ほどジョギングをするのが日課でした。おかげで、今もマラソンを続けています。毎年、湘南国際マラソンなど、大きな大会にも出ているんですよ。

パワフルですね。そのエネルギーの源はどこにあるのですか?

そもそも何かを決めるとき、私はすべて「好きか嫌いか」で判断しており、好きなことだけをやっているから、ストレスがたまらないんだと思います。面白そうだと思ったら、全力でチャレンジする性質で、岡山大学時代には音声圧縮のベンチャーのCTO(最高技術責任者)を務めていたこともあります。その本社が東京にあって、しょっちゅう東京には来ていましたし、東京には研究者以外の友人も多かったので、岡山から上京する際も、まったく不安はありませんでした。
それから、じつは私は一卵性双生児で、弘恵という名の姉がいたのです。その姉を亡くしたことが、私の人生を大きく変えました。以来、姉の分まで、楽しい思いも辛い思いも苦しい思いも、2人分以上生きようと心に決めているのです。
だから、研究も精一杯やるけれど、遊ぶときも徹底して遊ぶ。よほど仕事が詰まっていたり出張が入っていたりしない限りは、日曜日は自由の日と決めて、目一杯遊ぶことにしています。土曜の夜23時から日曜の23時59分まで、寝る間も惜しんで遊ぶこともあります。豪快に飲み歩いてお金を使ってしまったり、派手に買い物をしたり、友人たちとキャンプや海水浴、スノーボードを楽しんだり、山に登ったり――。
今月も1カ月先まで、休みの日のスケジュールは一杯です(笑)。でも、どんなに遊んでも、疲れは翌日まで引きずらないのが鉄則です。
あとは、美味しい料理をたくさん食べること。もっぱら食べる役専門ですが(笑)。よく食べ、よく学び、よく遊び、よく感動し、よく笑い、たまに泣く……。そんな毎日です。

すばらしい環境の慶應義塾で安住の地を見つける

でも、それだけ全力投球していたら、くたびれてしまいそうですが……。

走っているのがいいんでしょうね。体力だけは自信があります。日曜日にはできる限り走るようにしていますし、海外出張に行くときも、ランニングシューズを持って行って、走ることで訪れた街を肌で感じるようにしています。走ると、移動の疲れも吹き飛んでしまいます。学生たちにも走ろうといって声を掛けますし、私と同じように、よく学んで、よく遊びなさいとアドバイスしています。走ったり、仕事を離れて遊ばないと、新しい考えは浮かばないと思うからです。
もう1つのストレス発散法は人と会うこと。前の職場から数えると、満倉研究室を立ち上げてからすでに14年になり、多くの卒業生を送り出してきました。博士課程を出た卒業生の多くが研究者になっていて、たまに彼らと会うことがいい刺激になっています。学部の卒業生たちもメーカーやマスコミに就職していたりして、いろんな情報を交換できる。彼等の元気な顔を見ると、それこそ疲れや嫌なことなんて、一気に吹き飛んでしまいます。

慶應義塾大学での研究生活はいかがですか?

慶應はじつに自由で、個性豊かな研究者が多いし、私ものびのびと研究をさせていただいています。学生を大事に育てようという環境も素晴らしい。そんな慶應が好きです。これからも信号処理技術を基盤に、自由な発想で、社会に役立つさまざまな研究に精力的に取り組んでいきたいですね。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
●学生さんから:研究に対しては、本当にストイックな方ですが、一方で、僕らの突拍子もないアイデアでも面白がって、「やってみなさいよ」と自由にやらせてくれます。それでいてちゃんとフォローもしてくださる。僕らも先生を見習って、研究にも遊びにも全力投球しています。

(取材・構成 田井中 麻都佳

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