突き詰めることで面白さが見えてくる

高校時代は物理より化学の方が好きだったという能崎さん。
恩師である宮島先生に師事し、大学時代の友人や海外の研究者らとの交流を通して、
物理の面白さに目覚めたという。
しかも、教壇に立って教えることで分かってくる物理の奥深さにも改めて気付かされ、物理への関心は深まるばかりだ。そんな能崎さんを学生たちは厳しくも優しい先生と慕う。

Profile

能崎 幸雄 / Yukio Nozaki

物理学科

専門はスピンダイナミクス、スピンエレクトロニクス。現在の研究テーマは、強磁性金属中において電子系やフォノン系と強く結合するスピン角運動量のダイナミクスの制御。基礎研究から実用を想定した応用研究まで幅広く展開している。1998 年、博士(理学)を取得後に九州大学大学院システム情報科学研究院助手となり、2006 年同大学准教授に就任。2010 年に慶應義塾大学理工学部准教授に就任。現在に至る。

仕組みを知りたくてカメラを分解してしまう

子どもの頃、好きな遊びや熱中していたことがありますか?

母に言わせると、ものを分解するのが好きな子どもだったみたいです。わが家は両親が自営業をしていたので留守がちで、1人っ子ということもあり、1人で遊ぶことがほとんどでした。そんなある日、母が仕事から帰ってみたら私がカメラを分解して遊んでいたというのです。
今思えば、私はカメラを分解したかったのではなく、その仕組みを知りたかっただけだと思います。カメラの中にどんな仕掛けがあって写真を撮れるのか。そして、シャッターボタンを押すと音がするのはどんな仕組みによるのか。そんなことを不思議に思い、疑問を感じていたことを覚えています。おそらくカメラの内部を見ようと裏ぶたを開け閉めするうちに何かが取れたか壊れたかして分解が始まり、母が帰ってくる頃にはネジや部品になっていたんでしょう。ひどく怒られましたね。
それでも似たようなことは何度もやっていた、と母から聞かされています。他にも何かのお祝いに、庭に置いて遊ぶブランコを祖母が買ってくれたのですが、遊ぶ前にバラバラにしてしまったらしいんです。どうして動くのか、その仕組みを知りたいという気持ちを我慢しきれなかったみたいです。
そんなこともあって、母は私のことを理系向きだと思っていたようです。そしてそれ以後は、何かを壊されるよりはとプラモデルを与えられるようになり、壊すだけでなく、作る方にも興味を持つようになりました。

学校の勉強も理系が好きだったのですか?

どうでしょうか。理系が好きというよりは文系に対する苦手意識が先にあったように思います。その場で考えれば答えが出る算数とか理科は好きでしたが、暗記ものなど、日々の地道な勉強が必要な科目は苦手でした。漢字の書き取りなどは全滅でした。それでも中学くらいまでは試験前の一夜漬けでなんとかなりましたが、高校になるとそれも通用しなくなり、文系科目を遠ざけ、数学や化学といった理系科目に傾倒していきました。ただ、物理だけは別でした。仮想的な問題ばかり解かされて現実感がないというか、その本質的な面白さがあまり分からなかったのです。
例えば、力学ではボールをスロープに置いて転がしたとき、その先にある上り坂をボールはどこまで上れるかといった問題が出ます。しかし高校時代の私には、それが何の役に立つのか実感できませんでした。机上の空論というか、想像上のスロープに想像上のボールを置き、それがどう動くかということに興味を持てなかったんです。また、電磁気学では、離れた物質間に力を及ぼす面白い現象が出てきたにもかかわらず、それを引き起こす磁場や電場の本質を説明されることはありませんでした。
それに比べて化学は、化学式で記述した通りに薬品を組み合わせると目の前で化学式通りの反応を再現することができます。化学の方がリアルというか、当時の私には面白く思えたのです。

恩師の授業で物理の楽しさを知る

現実世界を説明できるところが面白いということですか?

そうですね。どこか現実離れした印象がある物理に比べて化学はシンプルで、原因と結果が直結するすっきり感もありました。それが高校時代の私には面白く感じられたのだと思います。物事の本質をつかんでいる感覚さえありました。
実は、私が物理の面白さに気付いたのは大学に入ってからです。きっかけは大学で出会った友人で、とにかく物理が面白い、物理以外は学問じゃないと力説する彼に感化されたんです。とりあえず選択肢に残しておこうというくらいの気持ちでした。それを決定的にさせたのが、今は名誉教授になられている宮島先生の電磁気学の授業です。先生の授業にはそれまで物理に感じていた非現実感がなく、腑(ふ)に落ちるというか、わかりやすく、面白くさえありました。物理って楽しいかもと思えたんです。大学2年のことでした。本音をいえば、もう少し早く気付きたかったですね。
大学で物理を教えるようになって痛感したことの1つに、実感を持たせながら物理を教えることの難しさがあります。様々な現象の本質を説明するためには、ミクロな世界の物理的記述が不可欠です。ミクロな世界では、物質を構成する電子などが日常生活の感覚とは大きく異なる振る舞いをしていて、逆にそれがたいへん面白いのです。しかし、それを説明するには複雑な数式を駆使する必要があり、さすがに高校物理では難しすぎます。物理の面白さを実感するには高いハードルをクリアする必要があり、またハードルの高さに見合った面白さがあります。教える立場になって気付かされる物理の魅力があり、慶應義塾大学が掲げる「半学半教」を実感しています。
また、物理の面白さを授業でも伝えたいと工夫していますが、これが難問です。今意識しているのは記憶に残る授業をしようというものです。そのため、手を動かしてもらうためにパワーポイントではなく板書をし、現実の現象との接点を意識できるようなエピソードを交えるようにしています。後々、必要に迫られて勉強し直すときに記憶を呼び戻すきっかっけになればと思っています。複雑な計算式が続いて板書が大変だったとか、見慣れない公式を使うといった曖昧な記憶でも、全部忘れているよりはよっぽどましです。。

研究者になろうと決心したのはいつ頃でしょうか?

私が研究者になろうと真剣に考えたのは宮島先生の研究室に所属し、修士課程に入ってからでした。私が研究テーマを探していた頃、助手をしていた先生が研究のために夏休みにフランスに行くことになり、一緒に行って現地で研究を手伝ってくれる学生を探していたんです。その話を聞くなり、面白そうだと手を挙げたところ、他に適任者も現れず、フランス行きが決まりました。
手を挙げた本音を言えば、単にフランスに行ってみたかっただけです。それでも今振り返るとフランス行きは私にとって大きな転機でした。現地での経験はとても貴重で、それは私に研究者になることを強く意識させるものでした。現地で出会う学生や研究者は誰もが研究のためにフランスに来るほどですから、当然モチベーションも高く、やる気にあふれています。しかも、2カ月という期限があるので必然的に研究漬けの毎日です。
フランスという異国で、しかも高いモチベーションを持った研究者に囲まれて研究に没頭する日々を通して、集中して研究することの面白さに気付きました。手伝いでも十分面白いんだから自分の研究だったらどうなんだろうと考え、研究者の道を選びました。
振り返ると、人生の転機ごとに人との出会いに恵まれていたと思います。物理好きな友人に出会い、面白い授業をされていた宮島先生の研究室に所属でき、フランスでは多くの研究者とともに日々を過ごせたなど、節目ごとに大事な人に助けられてきました。今の私があるのもこうした出会いのおかげと感謝しています。

迷いがある時こそ集中すること

研究とプライベートの区別は難しいですか?

結婚するまでは研究三昧でした。でも結婚を機にそれを改め、子どもが生まれてからはちゃんと切り分けられるようになりました。講義の準備が大変なので、家に持ち帰ることもありますが、子どもと一緒にいるときは完全にプライベートですね。実際、子どもを前にするとそれだけで手一杯で、物理どころじゃないというのが正直なところです。子どもは何を考えているのかさっぱり分かりませんし、少しもロジカルではない。でも、その分からない感じと手に負えない感じとが相まって面白いんでしょう。現在、プライベートの最大の関心事は子どもであることは間違いないですね。

学生には何を学び取って欲しいと考えていますか?

私自身の経験を踏まえたアドバイスをするなら、どんな研究分野でもいいので、自分が面白いと思える対象に出合って欲しいと思います。すでに見つけている方はそのまま邁進(まいしん)してください。そして、まだ出合えてない方はあれこれ目移りしてしまう気持ちをぐっと抑えて、とりあえずでよいので、何か1つに集中することをお勧めします。
1つのことに集中して一所懸命になることが格好わるいという風潮もありますが、せっかく勉強できる環境にいるのですからそれを活かさない手はありません。何かに集中して取り組むといくつも壁が見えてきます。その壁を1つ1つ乗り越えていくと、乗り越えた瞬間に劇的に視界が広がることがあります。すると世界の広さを実感できるはずです。
勉強以外にやるべきことも多く、大変とは思いますが、迷いがある時ほど何かに集中してみてください。それまでの疑問や謎といったいろいろなことがつながり、納得できる瞬間が必ず訪れます。その瞬間をぜひとも捉えて欲しいと思います。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
一般教養の講義ではただの厳しい先生という印象でしたが、研究室に入って一変しました。研究で分からないことを質問した時も、単に答えを教えてくださるだけでなく、疑問を解決するためのステップを細かく刻んで、僕らに考えさせながら理解の階段を上っていくように説明してくださいます。質問者だけでなく、ゼミに参加する全員がなるほど、そういうことだったんですかとうなずくことも少なくありません。難しいことをごまかすことなく、難しさはそのまま、ちゃんと理解できるようになりました。

研究とそれ以外のメリハリがはっきりしています。研究室では研究のことばかりが話題になりますが、一緒に食堂で食事をしているときはワールドカップの行方を心配するなど、研究だけにならないところが先生の魅力です。今年は研究室ができて3年目なので、合宿を計画しています。先生の新たな一面を見ることができるかも、と今から楽しみです。

(取材・構成 渡辺 馨

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