突き詰めることで面白さが見えてくる

高校時代は物理より化学の方が好きだったという能崎さん。
恩師である宮島先生に師事し、大学時代の友人や海外の研究者らとの交流を通して、
物理の面白さに目覚めたという。
しかも、教壇に立って教えることで分かってくる物理の奥深さにも改めて気付かされ、物理への関心は深まるばかりだ。そんな能崎さんを学生たちは厳しくも優しい先生と慕う。

Profile

能崎 幸雄 / Yukio Nozaki

物理学科

専門はスピンダイナミクス、スピンエレクトロニクス。現在の研究テーマは、強磁性金属中において電子系やフォノン系と強く結合するスピン角運動量のダイナミクスの制御。基礎研究から実用を想定した応用研究まで幅広く展開している。1998 年、博士(理学)を取得後に九州大学大学院システム情報科学研究院助手となり、2006 年同大学准教授に就任。2010 年に慶應義塾大学理工学部准教授に就任。現在に至る。

研究紹介

今回登場するのは、磁性体を利用した電子デバイスの

新技術開発に取り組む能崎幸雄准教授です。

スピンエレクトロニクスで電子デバイスに革新を

ナノ電子デバイス技術の向上に貢献する

最も小さな磁石、それが電子スピンだ。電子スピンには 2 種類の向きがあり、この違いが磁石の N 極と S 極を生み出す。しかも 2 種類ある電子スピンは磁場や電流の影響を強く受け、その向きが入れ替わることもある。この磁場や電流と電子スピンとの関係に注目しているのがスピンエレクトロニクスだ。比較的若い研究分野だが、世界中の注目を集めている分野でもある。その実用化を目指して研究に取り組む能崎准教授を訪ねた。

磁石の源となる電子スピン

「磁石とは、周囲に磁場を作る N 極とS 極を持つ物質のことですが、その磁性の源ともいえるのが電子スピンという現象です。このスピン現象により、電子そのものが小さな永久磁石として働くのです」と能崎幸雄准教授が磁石の基本原理を説明する。
では、電子スピンとは何か。ミクロな世界の現象なのでまだ不明確な部分も多いとしながらも能崎さんは「電子スピンとは、2 回転しないと元に戻らないような奇妙な自転運動です。磁気モーメントを持つため、磁場中で歳差運動をします(図 1)。イメージとしては、回転するコマが回転軸を傾けて首振り運動をしている様子が近いでしょう。ただし、時間が経つと摩擦により回転が止まるコマとは違い、電子スピンはずっと回転し続けます。これは、電子が波としての性質も持っているからです。その電子スピンが作る磁場が磁性体の磁力の源になっています」と話す。
スピンエレクトロニクスとは、この電子スピンの向きを自在に操る研究分野のことで、電子デバイスの性能を飛躍的に向上させる技術として注目を集めている(図 2)。
こうした特徴を持つ電子スピンだが、磁場や電流、電場、熱、マイクロ波などを刺激として与えると歳差運動が大きくなり、スピンの向きが反転してしまう。つまり物質の N 極と S 極が入れ替わる。この現象は磁化反転と呼ばれ、パソコンなどで使われているハードディスクドライブ(HDD:磁化の向きに 1 と 0 を割り当てた磁気記録装置)にも応用されている。現在の HDD は、磁場による磁化反転をデジタル情報の書き換えに採用している。しかし、この方法では HDD の省電力化や高記録密度化などが限界に達しつつあるという指摘もある。そこで能崎さんは、電流による磁化反転に着目し、電子スピンの反転を省エネかつ高速に制御するための研究を進めている。

図1 電子スピンはミクロな世界の磁石
原子核の周囲にある電子がスピン状態になることで磁化(磁気モーメント)が起こり、1つの永久磁石として振る舞う。電子スピンには上向きと下向きの2 種類あり、この向きによってN極とS 極が決まる。

図2 スピンエレクトロニクスの概念
電場が誘引する電流と、磁場が誘引する磁化が、物質中で相互作用する。これを利用して電流で磁化を、磁化で電流を制御できる。

電子スピン制御の鍵は4 つのトルクの解明

電子スピンを制御する際に鍵となるのが、電子スピンに作用する力(トルク)である。このトルクには、①ダンピングトルク、②歳差運動トルク、③スピントランスファートルク、④非断熱トルクの4 つの種類がある(図 3)。電子スピンに磁場や電流を刺激として与えた時、この 4 つのトルクが作用して電子スピンが反転する。このことは理論的に明らかにされており、特に磁場を与えた時のトルクの作用と磁化反転の関係はすでに紹介した HDD の例もあるように、先行研究も多い。「それに対し、電流による磁化反転はまだ研究も少なく、始まったばかりの分野です。しかし電流は磁場と違い、単一の磁性体素子に直接アクセスできるので効率が良く、数十 GHz の高速動作を小さい消費電力で実現できるのです」と能崎さんは電流による制御のメリットを話す。
能崎さんが取り組んでいるのも電流を刺激として使った時に生じる各トルクを定量化する研究だ。狙いは単にスピンを反転させるだけでなく、より高速に、そしてより小さな刺激で効率的に反転させることにある。
そこで電流を刺激として与えたとき、4 つのトルクがそれぞれどのように磁化反転に効いているのかを明らかにしようとした。しかし、個々の電子スピンの変化を観測し、4 つのトルクの働きそれぞれについて解析するにはあまりに対象が小さすぎる。そのため、複数の電子スピンによって作られる磁気構造に注目し、その特徴を活用したという。
「隣り合う電子スピンの間には、互いの向きを平行に保とうとする相互作用が働いています。そのため、磁性体素子をナノメートル規模にまで小さくすると、全体の振る舞いから 1 つの電子スピンの振る舞いを解析できるようになります。例えば、材料を 100 ナノメートル程度の大きさにすると、すべての電子スピンが同調して動くマクロスピンを実現できます。また、円盤状にすると、電子スピンが互いに調和を取ろうとして一塊の磁気渦を形成します」。これらの磁気構造は極めて安定性が高く、与えた刺激に対してシンプルでリニアな反応を見せるので、4 つのトルクの解析もしやすくなる。ただし、サイズが 10 マイクロメートルを超えると、スピンが複数の場所で異なる安定構造を取ろうとするため、構造が複雑になってしまうという。

図3 電子スピンに作用する4 つのトルク
電子スピンには4 つのトルクが作用しており、磁気モーメントの向きや運動を決定する要素とされている。4 つのトルクは、すべて磁気モーメントと直交して作用するため、磁気モーメントの大きさを変えずにその方向を変える効果を持つ。刺激として与える磁場や電流の周波数を変えると、各トルクの作用が変わり、それが磁気渦の旋回軌道の変化として現れる。そのため、与えた刺激と磁気渦の変化を解析すると、刺激に対する各トルクの変化を定量化できる。

応用先は磁気メモリから論理演算デバイスまで

マクロスピンや磁気渦に関する研究は日々進展しており、電子スピンの振る舞いが解明されつつあると能崎さんは笑顔を見せる。
「例えば、磁気渦に交流電流を刺激として与えると、磁気渦の中心が共鳴し、同心円状に回り出します。この時の共鳴スペクトルの線幅が①ダンピングトルクと、共鳴周波数が②歳差運動トルクとそれぞれ強い関わりがあることはよく知られていました。しかし最近、刺激として与える電流の周波数を大きく変えると、渦の軌道が同心円状から楕円状に変化することを発見したのです。さらに、詳しい計算の結果、楕円軌道の形状から③スピントランスファートルクと④非断熱トルクを求めることができることが分かりました(図 3)。今はこの理論の検証実験を進めているところです」。
これら 4 つのトルクと刺激との関係が明らかになると、電流による磁化反転が定量的に解明されるだけでなく、磁気メモリの高速化や、書き換え可能なスピン演算デバイスの開発といった新たな応用にもはずみがつく(図 4)。
「電子スピン制御の高度化が進むと、電流を ON/OFF するミクロなスイッチとしても利用できるようになります。情報の保存だけでなく、様々な機能に書き換え可能な万能型電子回路が実現できるなど、ポスト半導体デバイス技術としても期待されています」。
画期的なデバイスの開発につながる技術として、電子スピンに注目が集まっている。

図4 電子スピンのデバイス応用
電子スピンは、待機電力がほぼゼロになる磁気メモリや様々な機能に書き換え可能な電子デバイスへの応用が期待されている。

(取材・構成 渡辺 馨)

インタビュー

能崎幸雄准教授に聞く

仕組みを知りたくてカメラを分解してしまう

子どもの頃、好きな遊びや熱中していたことがありますか?

母に言わせると、ものを分解するのが好きな子どもだったみたいです。わが家は両親が自営業をしていたので留守がちで、1人っ子ということもあり、1人で遊ぶことがほとんどでした。そんなある日、母が仕事から帰ってみたら私がカメラを分解して遊んでいたというのです。
今思えば、私はカメラを分解したかったのではなく、その仕組みを知りたかっただけだと思います。カメラの中にどんな仕掛けがあって写真を撮れるのか。そして、シャッターボタンを押すと音がするのはどんな仕組みによるのか。そんなことを不思議に思い、疑問を感じていたことを覚えています。おそらくカメラの内部を見ようと裏ぶたを開け閉めするうちに何かが取れたか壊れたかして分解が始まり、母が帰ってくる頃にはネジや部品になっていたんでしょう。ひどく怒られましたね。
それでも似たようなことは何度もやっていた、と母から聞かされています。他にも何かのお祝いに、庭に置いて遊ぶブランコを祖母が買ってくれたのですが、遊ぶ前にバラバラにしてしまったらしいんです。どうして動くのか、その仕組みを知りたいという気持ちを我慢しきれなかったみたいです。
そんなこともあって、母は私のことを理系向きだと思っていたようです。そしてそれ以後は、何かを壊されるよりはとプラモデルを与えられるようになり、壊すだけでなく、作る方にも興味を持つようになりました。

学校の勉強も理系が好きだったのですか?

どうでしょうか。理系が好きというよりは文系に対する苦手意識が先にあったように思います。その場で考えれば答えが出る算数とか理科は好きでしたが、暗記ものなど、日々の地道な勉強が必要な科目は苦手でした。漢字の書き取りなどは全滅でした。それでも中学くらいまでは試験前の一夜漬けでなんとかなりましたが、高校になるとそれも通用しなくなり、文系科目を遠ざけ、数学や化学といった理系科目に傾倒していきました。ただ、物理だけは別でした。仮想的な問題ばかり解かされて現実感がないというか、その本質的な面白さがあまり分からなかったのです。
例えば、力学ではボールをスロープに置いて転がしたとき、その先にある上り坂をボールはどこまで上れるかといった問題が出ます。しかし高校時代の私には、それが何の役に立つのか実感できませんでした。机上の空論というか、想像上のスロープに想像上のボールを置き、それがどう動くかということに興味を持てなかったんです。また、電磁気学では、離れた物質間に力を及ぼす面白い現象が出てきたにもかかわらず、それを引き起こす磁場や電場の本質を説明されることはありませんでした。
それに比べて化学は、化学式で記述した通りに薬品を組み合わせると目の前で化学式通りの反応を再現することができます。化学の方がリアルというか、当時の私には面白く思えたのです。

恩師の授業で物理の楽しさを知る

現実世界を説明できるところが面白いということですか?

そうですね。どこか現実離れした印象がある物理に比べて化学はシンプルで、原因と結果が直結するすっきり感もありました。それが高校時代の私には面白く感じられたのだと思います。物事の本質をつかんでいる感覚さえありました。
実は、私が物理の面白さに気付いたのは大学に入ってからです。きっかけは大学で出会った友人で、とにかく物理が面白い、物理以外は学問じゃないと力説する彼に感化されたんです。とりあえず選択肢に残しておこうというくらいの気持ちでした。それを決定的にさせたのが、今は名誉教授になられている宮島先生の電磁気学の授業です。先生の授業にはそれまで物理に感じていた非現実感がなく、腑(ふ)に落ちるというか、わかりやすく、面白くさえありました。物理って楽しいかもと思えたんです。大学2年のことでした。本音をいえば、もう少し早く気付きたかったですね。
大学で物理を教えるようになって痛感したことの1つに、実感を持たせながら物理を教えることの難しさがあります。様々な現象の本質を説明するためには、ミクロな世界の物理的記述が不可欠です。ミクロな世界では、物質を構成する電子などが日常生活の感覚とは大きく異なる振る舞いをしていて、逆にそれがたいへん面白いのです。しかし、それを説明するには複雑な数式を駆使する必要があり、さすがに高校物理では難しすぎます。物理の面白さを実感するには高いハードルをクリアする必要があり、またハードルの高さに見合った面白さがあります。教える立場になって気付かされる物理の魅力があり、慶應義塾大学が掲げる「半学半教」を実感しています。
また、物理の面白さを授業でも伝えたいと工夫していますが、これが難問です。今意識しているのは記憶に残る授業をしようというものです。そのため、手を動かしてもらうためにパワーポイントではなく板書をし、現実の現象との接点を意識できるようなエピソードを交えるようにしています。後々、必要に迫られて勉強し直すときに記憶を呼び戻すきっかっけになればと思っています。複雑な計算式が続いて板書が大変だったとか、見慣れない公式を使うといった曖昧な記憶でも、全部忘れているよりはよっぽどましです。。

研究者になろうと決心したのはいつ頃でしょうか?

私が研究者になろうと真剣に考えたのは宮島先生の研究室に所属し、修士課程に入ってからでした。私が研究テーマを探していた頃、助手をしていた先生が研究のために夏休みにフランスに行くことになり、一緒に行って現地で研究を手伝ってくれる学生を探していたんです。その話を聞くなり、面白そうだと手を挙げたところ、他に適任者も現れず、フランス行きが決まりました。
手を挙げた本音を言えば、単にフランスに行ってみたかっただけです。それでも今振り返るとフランス行きは私にとって大きな転機でした。現地での経験はとても貴重で、それは私に研究者になることを強く意識させるものでした。現地で出会う学生や研究者は誰もが研究のためにフランスに来るほどですから、当然モチベーションも高く、やる気にあふれています。しかも、2カ月という期限があるので必然的に研究漬けの毎日です。
フランスという異国で、しかも高いモチベーションを持った研究者に囲まれて研究に没頭する日々を通して、集中して研究することの面白さに気付きました。手伝いでも十分面白いんだから自分の研究だったらどうなんだろうと考え、研究者の道を選びました。
振り返ると、人生の転機ごとに人との出会いに恵まれていたと思います。物理好きな友人に出会い、面白い授業をされていた宮島先生の研究室に所属でき、フランスでは多くの研究者とともに日々を過ごせたなど、節目ごとに大事な人に助けられてきました。今の私があるのもこうした出会いのおかげと感謝しています。

迷いがある時こそ集中すること

研究とプライベートの区別は難しいですか?

結婚するまでは研究三昧でした。でも結婚を機にそれを改め、子どもが生まれてからはちゃんと切り分けられるようになりました。講義の準備が大変なので、家に持ち帰ることもありますが、子どもと一緒にいるときは完全にプライベートですね。実際、子どもを前にするとそれだけで手一杯で、物理どころじゃないというのが正直なところです。子どもは何を考えているのかさっぱり分かりませんし、少しもロジカルではない。でも、その分からない感じと手に負えない感じとが相まって面白いんでしょう。現在、プライベートの最大の関心事は子どもであることは間違いないですね。

学生には何を学び取って欲しいと考えていますか?

私自身の経験を踏まえたアドバイスをするなら、どんな研究分野でもいいので、自分が面白いと思える対象に出合って欲しいと思います。すでに見つけている方はそのまま邁進(まいしん)してください。そして、まだ出合えてない方はあれこれ目移りしてしまう気持ちをぐっと抑えて、とりあえずでよいので、何か1つに集中することをお勧めします。
1つのことに集中して一所懸命になることが格好わるいという風潮もありますが、せっかく勉強できる環境にいるのですからそれを活かさない手はありません。何かに集中して取り組むといくつも壁が見えてきます。その壁を1つ1つ乗り越えていくと、乗り越えた瞬間に劇的に視界が広がることがあります。すると世界の広さを実感できるはずです。
勉強以外にやるべきことも多く、大変とは思いますが、迷いがある時ほど何かに集中してみてください。それまでの疑問や謎といったいろいろなことがつながり、納得できる瞬間が必ず訪れます。その瞬間をぜひとも捉えて欲しいと思います。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから

一般教養の講義ではただの厳しい先生という印象でしたが、研究室に入って一変しました。研究で分からないことを質問した時も、単に答えを教えてくださるだけでなく、疑問を解決するためのステップを細かく刻んで、僕らに考えさせながら理解の階段を上っていくように説明してくださいます。質問者だけでなく、ゼミに参加する全員がなるほど、そういうことだったんですかとうなずくことも少なくありません。難しいことをごまかすことなく、難しさはそのまま、ちゃんと理解できるようになりました。

研究とそれ以外のメリハリがはっきりしています。研究室では研究のことばかりが話題になりますが、一緒に食堂で食事をしているときはワールドカップの行方を心配するなど、研究だけにならないところが先生の魅力です。今年は研究室ができて3年目なので、合宿を計画しています。先生の新たな一面を見ることができるかも、と今から楽しみです。

(取材・構成 渡辺 馨

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