豊かな暮らしの実現に制御工学と力学で挑戦

人々のニーズを掘り起こし、人や社会が求める製品、
システムづくりをモデルベース制御で実現する髙橋正樹さん。
スポーツに燃えていた学生時代、数学や物理は得意科目だったが、
何のために学んでいるのか疑問を持っていたという。
しかし、大学で受けた講義をきっかけに力学や制御の面白さに目覚め、
それからというもの研究三昧の日々が続く。
しかもそのスタイルは人や社会と積極的に関わりながら研究を進めるというもので、
髙橋さんの行動範囲は研究室から大きく飛び出し、その視線は世の中に向いている。

Profile

高橋 正樹 / Masaki Takahashi

システムデザイン工学科

専門は制御工学、知的制御工学。モデルベース制御をベースに、機械・力学制御、知能ロボティクス、宇宙工学分野での研究に取り組む。2004 年、慶應義塾大学理工学研究科にて博士(工学)を取得。2004 年に慶應義塾大学特別研究助手、2005 年に慶應義塾大学理工学部助手、2007 年に助教を経て、2009 年より専任講師、現在に至る。

大学に入って力学・制御工学に関心を持つ

どんな学生生活を送られましたか?

思い出すのは勉強よりもむしろサッカーとスキーに明け暮れていた日々です。サッカーは小学生の頃から始めて、11人がそれぞれ異なる役割を持ってゲームを作っていくチームプレーが楽しくて続けました。中学時代は主将を務め、県大会で優勝したこともあります。つらいこともありましたが、やるからには結果を出したいと練習に精を出していました。そんな毎日でしたので、将来研究者になるなんて当時の自分からは想像もできません。それに今でこそ制御工学と力学を専門にしていますが、高校時代の私にとって物理は「文系科目よりは得意」という程度でした。ただ、問題を解いていくに従って1つの答えに集約していくところは面白いと思っていました。絡まったヒモがするするとほどけるように答えが導かれるのですが、パズルやミステリーの謎を解き明かしたときのような爽快感が心地よかったです。

では制御工学や力学に関心を持つようになったのはいつ頃ですか?

私が力学に関心を持ったのは大学に入ってからです。高校時代には、教科書に書かれている公式が実際に社会の役に立っているという意識、あるいは身近な現象を理解し説明するために必要なものだという意識はほとんどありませんでした。今思えば、もっと早く気付いておけばよかったです。

恩師の講義が意識を大きく変えた

慶應義塾大学理工学部のシステムデザイン工学科に進学されたのですね。

ええ、実はシステムデザイン工学科の1期生です。新設されたばかりのこの学科を選んだきっかけは、システムデザイン工学科の理念にあったように思います。学科パンフレットには、「これからの社会に対応できるシステムを作るには機械系と電気系の双方の知識が必要になるし、システムの設計、解析、評価を考えることができる人材の育成を目指している」と書かれていました。こうした、いくつかの知識を組み合わせて全体をデザインするという発想に出合ったとき、素直にそうだなと思えたからです。あと、デザインという言葉の響きにかっこよさを感じていたことも少しは関係あるかもしれません。
入学当時は新設学科ということもあり、すべてが整っているわけではありませんでした。しかしそれを補って余りある先生方の熱意と創意工夫に満ちた講義が、私たち学生の好奇心を満たしていました。特に力学と制御工学の講義は私の意識を大きく変えました。講義を担当されていたのが私の恩師でもある吉田和夫先生だったのですが、高校時代に学んだ数学や物理、これから学ぶ力学の法則が、単なる数式ではなく人や社会の役に立つ道具として使えるし、多くの現場で活用されているということを、分かりやすく説明してくださったのです。
例えば、海峡に架かる橋を風雨から守り、建物を地震で崩壊しないようにするための制御技術がありますが、そのためには橋や建物のモデルが必要で、これらは高校の物理で習った公式をベースに発展させたものであることを吉田先生が話され、ハッとさせられたことを今でも鮮明に覚えています。高校時代にパズル的な面白さを感じながら何気なく解いていた物理が、橋やビルを作り出す基盤となっていることに改めて気付かされたのです。
問題を解くことにだけに関心があった数学や物理が、実は私たちの日常生活に深く関わっていることに驚くとともに、物理の新たな一面を垣間見ることができ、もっと知りたいと思うようになったのもこの体験がきっかけでした。

吉田先生の講義が物理の印象を大きく変えたのですね。

最初の講義で吉田先生は、アメリカのワシントン州の海峡に架かるタコマナローズ橋の映像を見せてくださいました。この橋は、架橋後間もなく、想定した耐用範囲内の強風にあおられて落橋したのですが、その様子が鮮明な記録映像として残されていることでも有名なので知っている方も多いと思います。力学や制御のもつ役割を強く意識した瞬間でした。
そのときの印象が強かったこともあって、3年生の秋に研究室を決めるときも吉田研究室を訪ね、見学後に先生のもとで勉強しようと決めました。講義中の先生は優しく、分かりやすい解説を心がけてくださるのですが、研究となると非常に厳しく、随所で的確な指摘が入ります。学生を指導する立場となった今、そうした姿勢も見習いたいのですが、難しさを実感し、日々格闘しています。
吉田先生には、日頃から“まずは現場に行って現状を確かめなさい”といわれていました。思い込みから自分を解放し、偏見のない目で現状を確認することで問題の本質が見えてくるというのです。実際には見ろといわれてもなかなか問題の本質を見ることは難しいのですが、案内・搬送ロボットの研究をする時も実際の現場での試験を繰り返し行い、利用者やそれを見ている人たちから積極的に話を聞くようにしています。また、私1人ではなく企業の方や研究室の学生と一緒に出向き、ディスカッションすることで、研究室では見えなかった問題に気付いたり、別の要望が生まれてくるなど、さまざまな波及効果を得ることができます。
残念ながら2008年に吉田先生は他界され、もうお話をうかがうこともかないません。今は先生の言葉を頼りに少しでも近づけるように日々努力を積み重ねているところです。

外部との関わりを重視して学生を指導する

他に大学の教員としてどんなことを心がけていますか?

学生の活動範囲が研究室の中だけにならないように、なるべく外部との関わりを持てるよう工夫しています。他大学との交流や、海外の人々と接した経験は、彼らの研究生活だけでなく、卒業後にも役立つと考えています。例えば、秋田県の能代市で行われている宇宙イベントや、アメリカのネバダ州Black Rock砂漠で行われているロケットを使って模擬人工衛星を打ち上げて回収するイベント(ARLISS)に参加したりと、いろいろな人と関われる場を提供するように努めています。また、学生の発案で、学園祭で地域の小学生を対象にペットボトルロケットを飛ばす実験教室を開催したりもしています。
これらのイベントへの参加は決して強制するものではないのですが、研究室のOBやOGのサポートもあって、毎年多くの学生がそれぞれのイベントに積極的に参加してくれています。しかも単なる参加者として加わるのではなく、学生がイベントを運営する主体として、あるいはボランティアスタッフとして積極的に関われるように研究室をあげて協力しています。こうした取り組みを通し、コンピュータ上でのシミュレーションに終始しがちな研究では体験できない、設計から製作、実証までを仲間と協力して行うプロジェクトベースでの取り組みを経験して欲しいと思っています。
小学生を対象にする実験教室では、ロケットが飛ぶ仕組みや、ロケットを飛ばす角度を変えると飛ぶ距離が変わることを体験してもらっています。やはり体験したことは印象に残ると思うのです。高校で物理を学ぶとき、「あのときにロケットが飛んだのはこういう理屈だからか」とつながってくれれば、その先に興味を持つ原動力になるはずです。そして研究室の学生には、教えることの難しさを感じとってもらえるとうれしいです。

先生自身が人との出会いの中で記憶に残っていることはありますか?

イタリアの大学にロボットで有名な研究者がいらっしゃるのですが、その方と話したことですね。その先生は、私の専門が制御工学であることを知ると、自分の専門は情報工学で制御工学のことが分からないから君と話をしたいと、博士を取ったばかりの私に言ってきたのです。先生の姿勢は非常に話しやすく、有益な情報交換の場になりました。自分の専門分野を極めると当然分からない領域は出てきますし、そのことを必要以上に恥じる必要はないこと、自分の専門的な視点を持つことが大切であることを実感しました。学生にもこのことはきちんと伝えていきたいです。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
僕ら学生のがんばりを辛抱強く見守ってくれつつ、必要な時にはそれとなく的確なアドバイスをしてくれる頼れる先生です。しかもバイトや就活などへの理解もあるなど、バランス感覚も絶妙です。合宿では、学生の発表に鋭い指摘を入れつつ、フットサルでも先導する、厳しくも優しい兄貴のような存在です。

(取材・構成 渡辺 馨

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