豊かな暮らしの実現に制御工学と力学で挑戦

人々のニーズを掘り起こし、人や社会が求める製品、
システムづくりをモデルベース制御で実現する髙橋正樹さん。
スポーツに燃えていた学生時代、数学や物理は得意科目だったが、
何のために学んでいるのか疑問を持っていたという。
しかし、大学で受けた講義をきっかけに力学や制御の面白さに目覚め、
それからというもの研究三昧の日々が続く。
しかもそのスタイルは人や社会と積極的に関わりながら研究を進めるというもので、
髙橋さんの行動範囲は研究室から大きく飛び出し、その視線は世の中に向いている。

Profile

高橋 正樹 / Masaki Takahashi

システムデザイン工学科

専門は制御工学、知的制御工学。モデルベース制御をベースに、機械・力学制御、知能ロボティクス、宇宙工学分野での研究に取り組む。2004 年、慶應義塾大学理工学研究科にて博士(工学)を取得。2004 年に慶應義塾大学特別研究助手、2005 年に慶應義塾大学理工学部助手、2007 年に助教を経て、2009 年より専任講師、現在に至る。

研究紹介

今回登場するのは、モデルベース制御を活用し、

人や社会に役立つシステムデザインに取り組む髙橋正樹専任講師です。

高精度な制御技術で人や社会に役立つシステムをデザインする

人や社会のニーズを実現するモデルベース制御

人の移動や荷物の運搬に便利な自動車、都心の一等地に多くの居住スペースを提供する高層マンションなど、技術の発達は人々の暮らしや社会を便利にしてきた。しかし、人間を中心に見直すと、車酔いはなくならず、高層ビルが地震や風で揺れるときの不快感も改善されていない。こうした技術と人間との関わりに着目し、「人間にとっての安全・快適」という視点で見直す試みがなされている。モデルベース制御で人々や社会に役立つ製品、システムの開発に貢献している髙橋専任講師に話を聞いた。

人や社会と機械のより良い関係を実現する

「モデルベース制御」とは、制御したいシステムをモデル化し、そのモデルに対して制御技術を開発して効率的な制御を実現する手法である。この手法は、シミュレーションを行いながら制御技術を開発していけるというメリットがある。しかし、モデルの精度が悪かったり動作環境が実際と違ったりしていると、シミュレーション通りに動かない場合がある。そのため、動作環境を想定した正確なモデル化と、環境変化・モデル化誤差に対応できる制御系設計が重要になるという。
「高精度なモデルベース制御をするためには動作環境を含めたモデル化が欠かせないのですが、特に難しいのが利用者を想定することです。人間は独自の判断で行動するので、モデル化が難しいのです。しかし、実社会で利用されるシステムの開発のためには利用者を含めたモデル化は避けられません」と髙橋正樹専任講師は語る。
髙橋さんが研究テーマとしてロボットや自動車、建物など、人や社会と関わりの深い領域を選んできたのは、モデルベース制御を活用することで、人や社会に役立つ製品やシステム開発に貢献することを目指しているからだ。

制御技術で安全・快適な社会を
制御技術は、日常生活をはじめ産業から宇宙まであらゆるところで使われている。その技術が進展すれば、図のように、自動車や案内・搬送ロボットなどもより安全に快適に利用できるようになるだろう。

ロボットの自律行動を制御する

病院内での消耗品や備品の運搬作業を自動化する案内・搬送ロボットの研究にも、モデルベース制御が生かされている。
「案内・搬送ロボットは病院内を自律的に行動することを目指しており、その制御技術も人間社会の中でロボットがどう振る舞うべきかを重視して開発しています。そこで重要になるのが、案内・搬送ロボットを見たときの人間の反応です。驚いて立ち去る人もいれば、興味を感じて近寄る人もいるでしょう。ロボットが過去の行動の履歴や現在の状況から目の前の人間の行動を予測・判断して、適切な対応ができるように改良しているところです。また、ロボットに対する認知度は低く、社会にロボットが導入されるためには大きな壁があると感じています。ロボットを受け入れてもらうためには、ロボットを見てもらい、理解してもらうことが大切です」。
そのために欠かせないのが現場での実験と観察だ。病院に足を運んで、ロボットの視点になって、実際に荷物を運ぶ看護師の動き、周囲の人々が看護師を見たときにどのような行動をとるか、車椅子の人や松葉づえの人の行動も観察の対象になる。
「実験や観察はロボットを製造・開発している企業の方々や学生と一緒に大勢で行います。その結果を全員で話し合い、看護師とその周囲の人々の行動から特徴的な部分を抜き出し、必要な要素技術を開発していきます。現場に出向くことでいろいろな発見があります。例えば、研究者は新しい技術を導入して高性能なロボットを作りがちですが、実際の現場で荷物を搬送するために必要な技術は速く移動するための技術ではありません。また、極端に安全性を重視した設計を行うと、環境が時々刻々と変化することに対応できずにロボットが停止して動かなくなってしまいます。現場に特有の障害物を認識する技術や、現場に合わせた適切な速度で回避する技術などが必要になります」。

地震や風から建物を守り快適性も向上させる

社会基盤との連携で世の中の役に立っているモデルベース制御もある。それが地震から建物を守る免震構造の制御技術だ。これまでの免震建物は地震の規模を事前に想定し、それに対応できる建物を設計するというものだった。それに対して髙橋さんは、地震動の新しい予報・警報システムを積極的に活用したアクティブな免震制御を考えている。
「緊急地震速報が伝える情報を活用した免震制御を提案しているところです。震源位置、地震の規模があらかじめ分かっている場合、建物の免震制御の性能を向上させることができます。大きく揺れるブランコも、揺らすタイミングを工夫するだけでその揺れを抑えられるように、震源から伝播してきた地震動による建物の揺れを打ち消すように免震装置を制御することで、効率的に揺れを抑え、安全性の高い免震制御が実現できます」。
地震動が伝播する経路や地盤構造を考慮した地面の揺れ方に関する先行研究の知見と、緊急地震速報が伝える地震の情報とを組み合わせた髙橋さんの手法は、社会基盤の整備が急速に進展していく中で、新しい免震制御として注目されている。
「このアクティブな振動制御は地震だけでなく、風によるビルの揺れ対策にも利用できます。高層ビルが増えていくに従い、新しい予報・警報システムと連動したビルの振動制御といったニーズも今後は増えていくものと予想しています」。

先端分野で活躍する制御技術
緊急地震速報の情報をもとに、個々の地震に対応する免震制御を行ったり、高層ビルの振動制御を行ったりできる。人工衛星などの宇宙機の制御技術は、エレベーターロープの振動制御など地上の問題の解決にも応用可能である。

人工衛星の制御ノウハウをエレベーターロープの制御に活用

モデルベース制御によって、宇宙空間で稼働する機器の制御技術も開発している。小型の人工衛星の姿勢制御もその一例だ。近年の小型衛星は電力消費が増え、大型で柔らかくて軽い太陽電池パネルを備えるようになっている。この状態でカメラを搭載した衛星本体が観測点の方に向きを変えると、その動きで柔らかな太陽電池パネルが揺れてしまう。その揺れの影響でデジタルカメラの手ぶれのように撮影した画像がゆがんでしまうという。
「衛星の軌道によっては、衛星が地球上の同じ観測点を撮影する位置に来るのに数日かかることがあります。現在、深刻な問題になっている環境変化が起きている場所や、自然災害の現場など、一度に複数の観測点を撮影したいという要求があります。その場合、速やかに衛星本体の姿勢を変更したいのですが、太陽電池パネルなどの柔らかい構造物が揺れてしまう問題があります。そこに制御技術を適用することで、揺らさずに速やかに姿勢を変更することができます」。
柔らかな構造物に力を加えると全体が大きく揺れるという現象は、人工衛星に限ったことではない。類似する問題は地上にあるエレベーターのロープにも見ることができる。
「建物の高層化によって、エレベーターのロープも長くなり、振動が問題になっています。人工衛星用の揺らさずに高速に姿勢を変更する制御技術を、地上にあるエレベーターロープに適用できるのが数学や力学をベースにしたモデルベース制御のメリットです」。
多方面での活用実績を持つ「モデルベース制御」だからこそ、これからも人々の暮らしや社会生活を豊かにしていくに違いない。

(取材・構成 渡辺 馨)

インタビュー

髙橋正樹専任講師に聞く

大学に入って力学・制御工学に関心を持つ

どんな学生生活を送られましたか?

思い出すのは勉強よりもむしろサッカーとスキーに明け暮れていた日々です。サッカーは小学生の頃から始めて、11人がそれぞれ異なる役割を持ってゲームを作っていくチームプレーが楽しくて続けました。中学時代は主将を務め、県大会で優勝したこともあります。つらいこともありましたが、やるからには結果を出したいと練習に精を出していました。そんな毎日でしたので、将来研究者になるなんて当時の自分からは想像もできません。それに今でこそ制御工学と力学を専門にしていますが、高校時代の私にとって物理は「文系科目よりは得意」という程度でした。ただ、問題を解いていくに従って1つの答えに集約していくところは面白いと思っていました。絡まったヒモがするするとほどけるように答えが導かれるのですが、パズルやミステリーの謎を解き明かしたときのような爽快感が心地よかったです。

では制御工学や力学に関心を持つようになったのはいつ頃ですか?

私が力学に関心を持ったのは大学に入ってからです。高校時代には、教科書に書かれている公式が実際に社会の役に立っているという意識、あるいは身近な現象を理解し説明するために必要なものだという意識はほとんどありませんでした。今思えば、もっと早く気付いておけばよかったです。

恩師の講義が意識を大きく変えた

慶應義塾大学理工学部のシステムデザイン工学科に進学されたのですね。

ええ、実はシステムデザイン工学科の1期生です。新設されたばかりのこの学科を選んだきっかけは、システムデザイン工学科の理念にあったように思います。学科パンフレットには、「これからの社会に対応できるシステムを作るには機械系と電気系の双方の知識が必要になるし、システムの設計、解析、評価を考えることができる人材の育成を目指している」と書かれていました。こうした、いくつかの知識を組み合わせて全体をデザインするという発想に出合ったとき、素直にそうだなと思えたからです。あと、デザインという言葉の響きにかっこよさを感じていたことも少しは関係あるかもしれません。
入学当時は新設学科ということもあり、すべてが整っているわけではありませんでした。しかしそれを補って余りある先生方の熱意と創意工夫に満ちた講義が、私たち学生の好奇心を満たしていました。特に力学と制御工学の講義は私の意識を大きく変えました。講義を担当されていたのが私の恩師でもある吉田和夫先生だったのですが、高校時代に学んだ数学や物理、これから学ぶ力学の法則が、単なる数式ではなく人や社会の役に立つ道具として使えるし、多くの現場で活用されているということを、分かりやすく説明してくださったのです。
例えば、海峡に架かる橋を風雨から守り、建物を地震で崩壊しないようにするための制御技術がありますが、そのためには橋や建物のモデルが必要で、これらは高校の物理で習った公式をベースに発展させたものであることを吉田先生が話され、ハッとさせられたことを今でも鮮明に覚えています。高校時代にパズル的な面白さを感じながら何気なく解いていた物理が、橋やビルを作り出す基盤となっていることに改めて気付かされたのです。
問題を解くことにだけに関心があった数学や物理が、実は私たちの日常生活に深く関わっていることに驚くとともに、物理の新たな一面を垣間見ることができ、もっと知りたいと思うようになったのもこの体験がきっかけでした。

吉田先生の講義が物理の印象を大きく変えたのですね。

最初の講義で吉田先生は、アメリカのワシントン州の海峡に架かるタコマナローズ橋の映像を見せてくださいました。この橋は、架橋後間もなく、想定した耐用範囲内の強風にあおられて落橋したのですが、その様子が鮮明な記録映像として残されていることでも有名なので知っている方も多いと思います。力学や制御のもつ役割を強く意識した瞬間でした。
そのときの印象が強かったこともあって、3年生の秋に研究室を決めるときも吉田研究室を訪ね、見学後に先生のもとで勉強しようと決めました。講義中の先生は優しく、分かりやすい解説を心がけてくださるのですが、研究となると非常に厳しく、随所で的確な指摘が入ります。学生を指導する立場となった今、そうした姿勢も見習いたいのですが、難しさを実感し、日々格闘しています。
吉田先生には、日頃から“まずは現場に行って現状を確かめなさい”といわれていました。思い込みから自分を解放し、偏見のない目で現状を確認することで問題の本質が見えてくるというのです。実際には見ろといわれてもなかなか問題の本質を見ることは難しいのですが、案内・搬送ロボットの研究をする時も実際の現場での試験を繰り返し行い、利用者やそれを見ている人たちから積極的に話を聞くようにしています。また、私1人ではなく企業の方や研究室の学生と一緒に出向き、ディスカッションすることで、研究室では見えなかった問題に気付いたり、別の要望が生まれてくるなど、さまざまな波及効果を得ることができます。
残念ながら2008年に吉田先生は他界され、もうお話をうかがうこともかないません。今は先生の言葉を頼りに少しでも近づけるように日々努力を積み重ねているところです。

外部との関わりを重視して学生を指導する

他に大学の教員としてどんなことを心がけていますか?

学生の活動範囲が研究室の中だけにならないように、なるべく外部との関わりを持てるよう工夫しています。他大学との交流や、海外の人々と接した経験は、彼らの研究生活だけでなく、卒業後にも役立つと考えています。例えば、秋田県の能代市で行われている宇宙イベントや、アメリカのネバダ州Black Rock砂漠で行われているロケットを使って模擬人工衛星を打ち上げて回収するイベント(ARLISS)に参加したりと、いろいろな人と関われる場を提供するように努めています。また、学生の発案で、学園祭で地域の小学生を対象にペットボトルロケットを飛ばす実験教室を開催したりもしています。
これらのイベントへの参加は決して強制するものではないのですが、研究室のOBやOGのサポートもあって、毎年多くの学生がそれぞれのイベントに積極的に参加してくれています。しかも単なる参加者として加わるのではなく、学生がイベントを運営する主体として、あるいはボランティアスタッフとして積極的に関われるように研究室をあげて協力しています。こうした取り組みを通し、コンピュータ上でのシミュレーションに終始しがちな研究では体験できない、設計から製作、実証までを仲間と協力して行うプロジェクトベースでの取り組みを経験して欲しいと思っています。
小学生を対象にする実験教室では、ロケットが飛ぶ仕組みや、ロケットを飛ばす角度を変えると飛ぶ距離が変わることを体験してもらっています。やはり体験したことは印象に残ると思うのです。高校で物理を学ぶとき、「あのときにロケットが飛んだのはこういう理屈だからか」とつながってくれれば、その先に興味を持つ原動力になるはずです。そして研究室の学生には、教えることの難しさを感じとってもらえるとうれしいです。

先生自身が人との出会いの中で記憶に残っていることはありますか?

イタリアの大学にロボットで有名な研究者がいらっしゃるのですが、その方と話したことですね。その先生は、私の専門が制御工学であることを知ると、自分の専門は情報工学で制御工学のことが分からないから君と話をしたいと、博士を取ったばかりの私に言ってきたのです。先生の姿勢は非常に話しやすく、有益な情報交換の場になりました。自分の専門分野を極めると当然分からない領域は出てきますし、そのことを必要以上に恥じる必要はないこと、自分の専門的な視点を持つことが大切であることを実感しました。学生にもこのことはきちんと伝えていきたいです。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
僕ら学生のがんばりを辛抱強く見守ってくれつつ、必要な時にはそれとなく的確なアドバイスをしてくれる頼れる先生です。しかもバイトや就活などへの理解もあるなど、バランス感覚も絶妙です。合宿では、学生の発表に鋭い指摘を入れつつ、フットサルでも先導する、厳しくも優しい兄貴のような存在です。

(取材・構成 渡辺 馨

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