日本は研究しやすい環境が整っている

専門家でなくても誰もが手軽に扱える、紙のセンサーの開発を手がけるチッテリオさん。
スイス・チューリッヒ出身のチッテリオさんが、
縁あって日本で研究をするようになってから、今年で通算して8年になる。
研究者どうしのつながりが強く、予算的にも設備的にも研究環境に比較的恵まれている日本は、研究者にとってとても魅力的な場所なのだという。

Profile

チッテリオ・ダニエル / Daniel Citterio

応用化学科

既存の物質を組み合わせたり、全く新しい材料(色素、高分子など)を開発することにより、 産業・医療・環境分析への応用を目指した化学センサーおよびバイオセンサーの開発に取り組んでいる。スイス、チューリッヒ生まれ。1992 年スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)化学科卒業、1998 年同大学大学院博士課程修了。慶應義塾大学ポスドク研究員を経て、ETHZ 助手に就任。その間、知的財産管理の修士を取得。その後、スイスの化学メーカーにて弁理士。2006 年慶應義塾大学に戻り、2009 年より慶應義塾大学理工学部応用化学科准教授、現在に至る。

研究紹介

今回登場するのは、インクジェットプリント技術を使って、

手軽なセンシングチップの開発、実用化を目指すチッテリオ,ダニエル准教授です。

インクジェットプリンターで、紙のセンサーをつくる

手軽に使える医療・環境センシングチップの開発

1 枚の紙のチップに 1 滴の唾液・尿などを垂らすだけで、色変化から健康状態がわかる。少量の川の水から汚染状況がわかる。─そんな手軽なセンシングチップの開発が進んでいる。チップの作製に必要なのは、紙とインクジェットプリンター。既存の技術と開発中の化学センシングインクなどを組み合わせることで、社会に役立つセンサー開発に取り組むチッテリオさんの研究について話を聞いた。

付随設備も電源もいらない紙のセンサーの魅力

「私が手がけているのは、誰でもどこでも持ち運びができ、簡便な方法で測定できる化学センサー・バイオセンサーの開発です」と言うのは、チッテリオ,ダニエル准教授だ。
化学物質を検知する化学センサーには、身近なところでは pH(ピーエイチ)を測るリトマス試験紙やガス漏れ探知機などがある。また、バイオセンサーとは酵素や抗体などのタンパク質を使うことでターゲットとなる物質を選択的に認識するセンサーである。例えば、妊娠検査キットがそれにあたる。チッテリオさんが目指すのは、リトマス試験紙の色彩変化のように、人間が目で見て瞬時に認識できるような簡便なセンシングシステムだという。
「目指しているのは、とくに医療と環境への活用です。たとえば、家に居ながらにして、尿や唾液、血液から、タンパク質や血糖、ヘモグロビンの状態を検査し、健康管理や医療診断に用いたり、川や湖などの水質を調べ、pH をはじめ、重金属や鉛、カドミウム、亜硝酸イオン、ヒ素、農薬などの汚染物質がないかどうかを簡単にチェックしたりすることができるセンサーをつくりたいと考えています。そのために、すでに確立されている汎用的な技術と新たな技術を組み合わせることにより、誰にでも使いやすく、実用的な仕組みが実現できればと思っています」。
そこでチッテリオさんがセンサーのチップ基板に採用したのが「紙」、具体的にはセルロースのファイバーでつくられたろ紙である。紙であれば、どこでも安く手に入れることができ、軽くて持ち運びもしやすく、郵送も可能なうえ、保存性もよく、使用後には焼却・破棄できる。大掛かりな装置になれば、付随して空調設備のある検査室や冷蔵庫などの冷却装置も必要になるが、紙なら電源すらいらない。フィールドワークの現場や医療施設が整っていない発展途上国、緊急時でも手軽に使えるのが大きな利点だ。
「紙は、化学の世界では昔から使われてきた材料です。化学物質を固定し、毛細管現象で溶液を移動させることができるため、例えばペーパークロマトグラフィーといって、ろ紙のこれらの性質を利用して化学物質を分離する技術も確立されています。
小さな 1 枚の紙のチップにわずか 1 滴のサンプルを垂らすだけでさまざまな検査ができれば、試薬の使用量も少なくてすみます。抗体・抗原反応を活用した試薬などには高価なものもありますから、チップ自体を小さくして、使う試薬をできるだけ減らすことも重要な課題なのです」。

手軽に使える医療・環境センシングチップ
これを使えば、わずかな体液(唾液、血液、尿など)で医療用の検査や、専門家でなくても排水や河川の水質検査が安価で、迅速、簡単にできる。

1 台のプリンターでチップ作製のすべてを行う

実は紙をセンサーとして用いる手法は、近年、多くの研究者が手がけ始めているのだが、チッテリオさん達の独創性は、チップをつくるプロセスにピエゾ方式(印字ヘッドに電圧をかけると変形するピエゾ素子を使ってインクを押し出す方式) のインクジェットプリンターを用いることにある。
「 十 数 年 前 か ら、 小 さ な チ ッ プ 上に 微 小 な 流 路 や 反 応 室、 混 合 室 を 設け、化学物質を分析するデバイス、いわ ゆ る Micro-TAS(Micro-Total AnalysisSystems) の研究が盛んになってきました。それらのチップとして、これまではガラスやプラスチックなどが用いられてきましたが、2007 年にハーバード大学のホワイトサイド教授が、より安く簡便な方法として初めて、紙のチップを提案したのです」。
紙から連想して、その作製においてチッテリオさん達が目をつけたのが、思いのままの量の液滴を吹きつけることができるインクジェットプリンターだった。いまやインクジェットプリンターは、紙への印刷だけでなく、ディスプレイのカラーフィルムなどの大きなものから、半導体の基板といった小さなものの製造にまで幅広く活用され、汎用性が高い技術であることが魅力なのだという。
「インクジェットのカートリッジに試薬を入れ、それを紙に吹き付けて印刷してチップをつくります。そこにスポイトで血液や尿などのサンプルを垂らすと反応が起こる。それだけではなく、私達はチップ上の流路のパターンもインクジェットプリンターで描きます。1台のプリンターでチップの作製プロセスをすべて実現できれば、よりコストを抑えることができますからね」。

医療・環境センシングチップの作製法
チップは以下のような3つの工程で作製する。まず、ろ紙をポリマー(ポリスチレン)にひたし、コーティングして疎水性にする(1)。次に、インクジェットプリンターで有機溶媒(トルエン)を吐出して流路を作る(2)。するとトルエンが当たった部分のポリマーが溶かされて、親水性の流路ができる。その後、インクジェットプリンターでセンシングインク(検査試薬)を流路の先端の検査領域に印刷する(3)。

鍵はセンシングインクとチップの流路設計

紙のチップの作製工程の中でもとくに難しいのが、多様な機能をもつセンシングインクの開発である。それには、化学でつくる新しい機能性ナノ粒子材料の開発が不可欠である。
「プリンターのノズルでは吐出できる液体の粘度や粒子の大きさには制限があるうえ、水に溶かしたサンプルが流れてしまうことなく検査領域にちゃんと固定され、均一で再現性のある色変化を起こすようにしなければなりません。そこで、インクにポリマーを使うなどして、サンプルの紙への吸着を促すといった工夫が必要なのです。まだまだ化学的・物理的な課題はありますが、将来的には家にある普通のプリンターですべてがつくれるようなシステムが開発できたらいいですね」。
もう1つ、チッテリオさんが腐心しているのが、紙の基板の上に描く 500μmほどの流路のパターン設計だ。
「ポリスチレンという疎水性の高いポリマー溶液につけて乾かしたろ紙に、ポリスチレンを溶かす有機溶媒のトルエンをインク代わりにして、パターンを印刷して流路をつくります。つまり流路の部分だけが親水性になるわけですね。その上から、化学センシングインクを印刷し、チップをつくる。パターンをうまく設計できれば、1枚の紙にいくつもの検査項目を入れることが可能になります」。
現在、トルエンよりもさらに環境にやさしい材料を用いてパターンを描く方法も研究中で、数年内の実用化に向け、研究を加速している。

誰でもどこでも使えるシステム
センシングチップを作製するときに、サルモネラ菌や除草剤(アトラジン、シマジン)の成分など調べたいもののセンシングインク(検査試薬)を印刷しておけば、注入口にサンプルを1滴たらすだけでそれぞれの場所で反応が起こり、いくつかの項目が同時に測定できる(図 A)。このセンシングチップは、目視での判定だけでなく、スキャナーを使えば定量的な分析もできる。パソコンと組み合わせてこれらをシステム化すれば、簡単に持ち運びできる画期的なセンシングシステムが構築できる(図 B)。

(取材・構成 田井中麻都佳)

インタビュー

チッテリオ,ダニエル准教授に聞く

人生の幅を広げるために日本へ

いつ日本にいらしたのですか?

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)のドクターだった1996年に、共同研究プロジェクトに参加するため、東京大学の化学・バイオセンサーの研究室に所属したのが最初です。そのときは3カ月間だけの来日でした。ヨーロッパの大学では、通常、ドクターコースを終えると、1年ほど海外に留学してから就職します。たいていの学生はアメリカに行くのですが、私はアメリカには行きたくなかった。研究のためというよりも、自分の人生の幅を広げるために、文化も言葉もまったく違う場所で、新しいことにチャレンジしてみたいと思ったからです。そこで、ドクターのときに訪れた日本で、ポスドクとして研究をすることにしました。
最初に訪れたときから、日本はとても面白い国だと感じました。一見、見た目は東京も他の都市と変わらないのですが、実際に人と話をしてみると、欧米とはまったく違う文化があると感じました。たとえば、研究室内で上司・部下、あるいは先輩・後輩の関係が絶対的なのには驚かされましたね。もちろん、食べ物も人々の暮らしぶりも、見るものすべてが新鮮で、驚きの連続でした。
実は最初の留学のときに、1日だけ慶應義塾大学を訪れる機会があったのです。その折、現在、所属している鈴木孝治先生の研究室を訪ねて、自分の研究に近い分野の研究をしていることを知っただけでなく、慶應の学生はとてもオープンで、話がしやすく、よい印象をもちました。 慶應義塾大学のポスドクとして再来日したのは、1998年3月です。当初は1年間の予定でしたが、ようやく日本での研究生活に慣れたところで帰国するのはもったいないし、研究室の雰囲気も居心地よく、先延ばしするうちに4年半ほど滞在することになりました。

日本語はそのとき習得されたのですか?

ええ。最初はほとんどしゃべれなくて、日常の買い物にも困るほどでしたが、週1回の日本語家庭教師や学生とのコミュニケーションを通じて徐々に上達しました。とくに学生とのやりとりが一番効果的でしたね。でも、こちらに来て驚いたのは、日本の学生が思った以上に英語がしゃべれなかったこと。当初は、互いに英語と日本語で筆談しながら会話したものです。私は、いまだに漢字が苦手なんですけどね(笑)。
その後、2002年の秋にいったんスイスに戻り、大学で助教授として働き始めました。同時に、慶應の研究室でいくつか特許を出したことがきっかけで特許に興味をもつようになったので、もう一度大学に入りなおして勉強し、弁理士の資格を取りました。昔は、研究者は研究に専念し、特許を取ることなど研究の邪魔だと考えられていましたが、今の時代は違います。自分たちが手がけた研究を社会で活かすためには、特許についての知識をもつことはとても大事だと思います。
そうしたキャリアも携えて、その後、いったんスイスの化学メーカーに就職しました。でも、結局1年で辞めて、再び日本に戻りました。

研究しやすい日本の環境

なぜですか?

大学の研究室で実験したり、論文を書いたり、自由な発想で研究に取り組んでいたのに、会社に就職したとたん、そうした生活がなくなったら、急に将来に対して不安を抱くようになってしまったからです。やはり自分は研究者に向いていると思いました。
実はそのときは、また日本に戻りたいと積極的に思っていたわけではないのです。ただ、すでに日本語が話せるようになっていたので、前回よりもやはり苦労が少ないだろうと思ったことと、慶應での4年半の研究生活がとても楽しく、よい印象をもっていたことが根底にはあったと思います。
そんな折、鈴木先生から新しいプロジェクトのお話をいただいて、2006年に再び、特別研究助教授として慶應義塾大学理工学部に戻ってきました。2009年度からは、専任の教員(准教授)になりました。このときに、以前よりもキャンパスに留学生が増えていたのに驚きました。それだけ国際化が進んだということでしょうね。
インクジェットプリンターによる紙のチップの研究には、2007年から取り組んでいます。慶應義塾大学は研究者にとって素晴らしい環境が整っている場所だと思います。

研究しやすい環境にあると?

自分でプロジェクトの提案をし、それが通ったら、大学がサポート環境を整えてくれますし、それでいて自由に研究ができるのがいいところです。
今は状況が変わってきていますが、それでも、日本は比較的、研究予算を取りやすい環境にあると思います。また、鈴木先生をはじめ、日本では研究者どうしの結びつきが強く、コネクションを大事にしているのはいい点ですね。自分の研究分野と離れていることを知りたい場合でも、ネットワークを通じて、誰かに相談できる環境にあります。
一方で現在は、不景気の影響もあり、日本の学生の就職はとても厳しい状況にあります。せっかく海外留学をしたいと思っても、就職を優先して留学を断念する人もいます。残念ですね。
最近は、学生が留学に後ろ向きだという話も聞かれますが…。
実際には、留学したいというモチベーションも機会もあるとは思いますが、今は、早く就職を決めておかなければという風潮が強いように思います。実際に国際会議に出て、外の世界に触れたことをきっかけに、留学を希望する学生もいます。もちろん英語のハードルは越える必要があります。積極的に国際会議に出るなどして、自信をつけてほしいですね。私自身、日本語を習得するのは大変でしたが、専門分野のセミナー、学会などに参加するなかで、専門用語を身につけることができたので、チャンスがあれば利用して欲しいと思います。

どうして研究者を目指したか

ところで、先生のお名前はイタリア名でしょうか?

先祖が1800年代にイタリア北部から移住してきたためです。父はスイス出身、母はドイツとスイスの国籍をもっています。母国語はドイツ語です。
ちなみに、幼い頃から研究者に憧れていたわけではなかったと思います。パイロットになりたいと思っていたのですが、目が悪かったので断念しました。学校では、外国語(英語、フランス語、イタリア語、ラテン語)の成績がよかったこともあり、先生からは語学の勉強をしたらどうかと薦められていました。もちろん外国語の勉強をするのは好きだったのですが、それを仕事につなげたいとは思いませんでした。
研究者になったのには、隣のマンションに高校の化学の先生が住んでいたことが影響しているのかもしれませんね。よく学校まで車に乗せてもらって、化学の話を聞いたことを覚えています。それから、中学生用の化学の実験セットに夢中になったこともあります。実験に失敗して、部屋の壁紙が茶色に変色してしまったこともありましたね(笑)。とにかく実験するのが好きだったのです。

ご自身で手を動かすことがお好きなんですね。

ええ。実は料理も得意なんですよ。料理って、化学の実験に似ているところがありますからね。日本ではずっと日吉周辺に住んでいて、1人暮らしということもあり、時間があれば、友達や学生たちを呼んで手料理を振る舞うこともあります。日本食は複雑なのであまりつくりませんが、チーズフォンデュなどをよくつくります。
手だけでなく、体を動かすことも好きなので、休日に時間があればアウトドアを楽しみます。サイクリング、スキーやハイキングなどですね。日本の若者があまりハイキングをしないのには驚きました。よい自然風景がたくさんあるのだから、もっと自然を楽しんでほしい。私はそういった気分転換で、研究への活力を取り戻しています。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
ダニエルさんは、とても気さくで話しやすく、皆、先輩のように慕っています。やりたいことをやらせてくれるだけでなく、親身になって相談にも乗ってくれる、とても頼れる先生です。

(取材・構成 田井中麻都佳

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