ORを広く社会に役立てたい

オペレーションズ・リサーチ(OR)の最適化法という応用数学の分野で
活躍する武田朗子さん。
意外にも、幼い頃は学校の成績が悪く、勉強が苦手だったという。
その劣等感をバネに、人より努力し、探究心を持ち続けることで、研究者への道を拓いてきた。
でも、武田さんのやわらかな笑顔に気負いはない。
学問の世界に閉じこもることなく、自らの研究の成果を世の中に役立てたいと、
その目指すところは常に外に開かれている。

Profile

武田 朗子 / Akiko Takeda

管理工学科

不確実性を考慮した最適化技術の開発に従事。最近は、金融工学や統計的機械学習分野における最適化問題を効率よく解くためのアルゴリズムの開発に取り組んでいる。2001 年、博士(理学)を取得後、(株)東芝 研究開発センター 研究員、 東京工業大学情報理工学研究科 助手を経て、2008 年より慶應義塾大学理工学部 専任講師、現在に至る。

研究紹介

今回登場するのは、オペレーションズ・リサーチの手法を駆使して

社会の難問に挑む、武田朗子専任講師です。

ORで最適な答えを導き出す

実社会の難問に数学で挑戦

首都圏で JR や私鉄、地下鉄を乗り継いで目的地まで行こうとすると、いくつものルートが思い浮かび、選択に迷う。そんなとき役立つのが、携帯電話や PC から利用できる「乗り換え案内」サイトだ。いくつもあるルートの中から、最短・最安のルートを瞬時に導き出してくれるこの便利なツールには、じつは、オペレーションズ・リサーチ(OR)と呼ばれる応用数学の研究成果が活用されている。実社会と密接に結びつく OR、そして武田さんの専門である最適化法とはどのような学問なのだろうか。

オペレーションズ・リサーチとは ?

「オペレーションズ・リサーチ(OR)というのは、実世界の解決すべきいろいろな問題に対して、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、解決案を見つける 科 学 的 技 法 で す。とくに私は最適化法といって、解決したい現実の問題を最適化問題と呼ばれる形にモデル化した上で、そのモデルに対する答えを求めるための計算方法の研究に携わっています。“最適化” の考え方はさまざまな応用研究分野と関係していて、たとえば、企業経営、金融、バイオインフォマティクス、制御分野などでも使われているんですよ」と言うのは、慶應義塾大学理工学部管理工学科の武田朗子専任講師だ。
そもそも OR は、第二次世界大戦で始まった学問である(8 ページのコラムを参照)。戦後は計算機の開発・進展とともに発展し、現在では、実社会の難問を定量的に解くためのツールとして利用されている。
「たとえば、病院や銀行の窓口をどれくらい設けたらいいかとか、窓口の数が決まっていれば、平均待ち時間はどれくらいになるか、といったことも算出できます。余談ですが、鳩山由紀夫首相のご専門も OR で、その博士論文のテーマは『待ち行列理論を用いた機械の保守モデル』でした。つまり、機械の保守・修繕をどれくらいの時点でやればいいかを算出する手法について研究されていたのです」。

さまざまな分野で応用される最適化法

博士課程を修了したのち、いったん電機メーカーに就職した武田さんが担当していたのは、ある電力会社の発電計画だ。これは、石炭、石油、天然ガスという 3つの違う燃料を用いて稼働する発電機を、電力需要を満たしながら、コストが最小になるように、それぞれの発電出力を決めるというもの。為替に連動して燃料の価格が変動するだけに、将来を見越して答えを導き出さなければならない難問だ。
「停電は許されませんから、需要を満たすことは絶対であり、一方で、燃料価格の変動を想定して、コストも抑えなければなりません。もっとも、予測不可能なほどの急激な価格変動まで想定していたら問題を解くことはできませんから、状況に応じて、解けるように条件の範囲を決めることが求められます。
じつは、この問題に限らず、実際に解いてみると、現場で経験的に行われていることと、だいたい似たような答えが導き出される場合がほとんどです。ただ、最適化法を使えば、勘や経験に頼るのではなく定量的に答えを導き出すことができるので、社内でコンセンサスを得るとか、クライアントを納得させるための材料として使うことができます。最近では、経営判断を裏付ける定量的な材料の1 つとして、最適化の手法が使われています」。
そのほかにも、たとえば、株や債券といったさまざまな金融商品を組み合わせたポートフォリオを検討する場面でも最適化法が役立つ。期待するリターン(利益)を想定しつつ、一方で、リスクを最小限に抑えるために、景気に連動して値動きしやすい銘柄と景気に左右されにくい銘柄を組み合わせるなど、最適な資産の組み入れ比率を決める際に、最適化法の活用が有効なのだ。
ちなみに、ポートフォリオ選択理論を提唱したハリー・マーコビッツ博士は、「平均・分散モデル」と呼ばれるポートフォリオ最適化問題を提案した功績により、ノーベル経済学賞を受賞している。

期待されるロバスト最適化法

一方、リーマンショックで見られたような株価や為替の大きな変動があると、変動前に株価・為替収益率を予想して低リスク・高リターンになるように組んでいたポートフォリオが現状に合わないものとなり、大きな不利益を被ってしまう点が、最適化法の課題でもある。低リスク・高リターンのポートフォリオを求めるために最適化問題をつくるのだが、収益率などのデータを予測して 1 つに決めなければならないとなると、実社会に役立てることが難しくなってしまう。
前述した電力会社の発電機の例にしても、燃料の価格変動をどう予測するかによって、答えが大きく変わってくる。従来は、不確実要素である燃料の価格を 1つに予想して問題をつくり、答え(どの燃料を使った発電機を動かすか)を導き出してきたが、その予想が外れると、答えの信頼性が失われてしまうのだ。そうしたなか、1998 年にアメリカの研究者ベンタル(Aharon Ben-Tal)とネミロフスキー(Arkadi Nemirovski)によって提案されたのが、最適化問題に将来の予測値といった不確実なデータが含まれている場合には、データを 1 つに決めてしまわずに取りうる範囲を与えて、その範囲内での最悪状況を想定した上で最もよい答えを導き出すという、「ロバスト最適化法」である。
「ロバスト(robust)というのは、強いとか頑健な、という意味の言葉ですが、要するに変動に強い答えを導き出すための手法です。たとえば、先の発電機の例では、燃料の価格や電力需要の数値に幅をもたせて計算することで、最悪のケースまで想定できるようになります。そうすると、より現実に即した意思決定に役立てることができるのです」。
このロバスト最適化法は、ほかにも、タワークレーンでモノをつり上げる際の最適化などにも役立てられる。モノの重さやクレーンのロープの長さ、腕の角度に加え、不確実な外力である風力に幅をもたせて最適化するのだ。安全という絶対条件を満たしつつ、効率化を最大限に行うことができるツールとして、期待が寄せられているのである。
「ロバスト最適化法を用いると、複雑な構造をした最適化問題を解く必要があるのですが、多くの場合には、難しすぎて簡単には答えを得ることができません。そこで現在は、“こんな条件を満たしたロバスト最適化問題だったら、このようにすれば簡単な問題に変形できて解けますよ” といった研究が進められているのです。どのような条件を満たせば簡単な問題に変形できるのか、あるいは、簡単な問題に変形できなければ、とりあえず“最もいい” 答えを求めることは諦めて、“それなりにいい” 答えを求めるためにどういう計算方法を取ればいいか、といったことを考えていくのです。
解決すべき課題はたくさんありますが、課題を理論的に解決するとともに、色々な分野の研究者と手を組んで応用範囲を広げ、実社会に役立てていきたいと思っています。ちょうどいまも、金融関連の論文と同時に、バイオインフォマティクス関連の機械学習について、ロバスト最適化法を適用した論文を書いているところなんですよ」。
数学理論の研究を手がけつつも、武田さんのまなざしは常に実社会に向けられている。OR にはまだまだ計り知れない可能性があること、そして社会の裏方として欠かせない存在であることを、武田さんの研究からうかがい知ることができた。

(取材・構成 田井中麻都佳)

インタビュー

武田朗子専任講師に聞く

落ちこぼれの小学生が一転して研究者に

数学の研究者というと、とても優秀な方しかなれないイメージがあります。
昔から数学の成績はよかったのですか?

実は私、小学校時代は落ちこぼれだったんですよ。学校いち成績が悪くて、親が学校に呼び出されたこともあるほどなんです(笑)。さらに、校内を走り回ったり、校庭の木によじ登ったり、野生児のような子どもだったので、叱られてばかりでした。だから、小学校時代の友人に会って、私が研究者になったと言うと、ものすごくびっくりされるんですよ。
それでも、母が諦めずに、「この子は人よりも進むのが遅いだけなんです」と先生に言ってくれたおかげで、人より勉強すればいいんだなと思うようになったのです。 勉強ができなかった理由は、要領が悪くて、全ての科目をちゃんとやろうとしすぎていたことと、暗記モノが苦手で、数学の公式なんかを覚えていかなかったからなんですね。だからテストでも、公式自体を自分で証明しようとしてしまって、いつも時間が足りなくなってしまうのです。そうしたわけで、高校までは、取り立てて得意科目はありませんでした。高校時代の友人も、私が数学の道に進んだことに、とても驚いています。てっきり文系に進むと思っていたと、よく言われます。
負けず嫌いでもあったんでしょうね。苦手なものを克服したいという気持ちが強かったので、中学、高校では、暗記モノもがんばって、どの科目もまんべんなく勉強するようになりました。だから、とくに数学が好きだったというわけではなくて、正直言うと、やめるにやめられなかったというのが本音です(笑)。
どちらかといえば、選択肢を広くもっておきたいという気持ちだったのかもしれません。自分で言うのも何ですが、努力家なんでしょうね。

努力するうちに、成り行きで数学の道に進まれたということですか? 
将来の夢とか、何をやりたい、ということはなかったのでしょうか?

あまり、貪欲に何かになりたいと考えたことはなかったですね。ちなみに、父はアパレル関係の会社を経営していて、妹も従姉妹も、数年前まで宝塚歌劇団で活躍していましたし、歌って踊るのが好きな家系というか(笑)、研究とは無縁の環境に育ったので、進学の時点では、研究者になろうと思ったことはまったくありませんでした。
高校を卒業して慶應義塾大学理工学部に進み、2年次で管理工学科を選択しました。管理工学科というのは、いうなれば数学的な道具を使って社会の仕組みをつくったり、それをマネジメントするための方法を研究する学科で、研究対象はとても広いんです。スーパーの店内でのお客の動線を計画したり、工場内の生産ラインを考えたり、都市計画などもこの学科で扱います。
私の場合は、修士までは数理経済学を専攻していたのですが、しだいに、数式を解くこと自体に面白味を感じるようになりました。応用分野を限らずに、問題の解き方を考案したり、アルゴリズムを考えて計算機に実装してどう解くかを考えたりといった、数理的な研究をしたいと思うようになっていったのです。そうしたことから、博士課程では慶應義塾大学から、東京工業大学情報理工学研究科に移り、オペレーションズ・リサーチ(OR)の一分野である最適化法を専門に学んで、理学博士号を取得しました。
博士課程での3年間は、難問をいかに解くかということに終始していたのですが、やがて、自分の研究が実社会にどう生かせるのか、実際に確かめたくなっていきました。いったんは社会を見てみたいという思いも強かったので、博士号を取得して、大手電機メーカーに就職しました。そこで、研究所に勤務して、電力会社の発電機の最適化などの仕事に携わることになりました。

企業の研究員を経て母校に戻る

2年後に、再び大学の研究室に戻られたのはどうしてですか?

メーカーでの仕事はとても楽しくて、クライアントに喜んでいただけたり、自分の研究が製品や特許に結びついたり、とても充実していましたし、不満はありませんでした。
一方で、研究室では、研究仲間とお互いの研究テーマについて議論をすることができたのですが、会社では1人で仕事を任されている感じだったので、研究について同レベルで話せる仲間がいなくて、少し寂しい思いをしていたんですね。研究を続けられる状況にはありましたが、特許の関係などから自由に論文を書くことができないのもネックでした。
ちょうど2年たった頃に、「東京工業大学の助手のポストに応募してみたら?これが研究者として大学に戻れるラストチャンスだよ」と言われ、決心をしたのです。
このときまで、私は自分が研究者でやっていけるとは思っていませんでした。自分は天才肌じゃないし、向いてないんじゃないかと……。研究に専念しようと思ったのは、会社を辞めて大学に戻る決心をしたときですから、今から6~7年前。そう考えると、わりと最近ですよね(笑)。

さらに、東京工業大学の研究室から慶應義塾大学に移られたわけですね。

慶應義塾大学に戻ってきたのは、2年前です。ちょうど東京工業大学の研究室に任期付きのポストで戻るときに結婚したのですが、夫が現在、都内の大学の研究者をしているので、同居しようと思うと首都圏の大学にしか移れなくて……。そんな折、ちょうど慶應の公募が出たので、応募したのです。思いがけず母校に戻ることができて、とても嬉しかったですね。

ご主人も同じような研究をされているのですか?

ええ、同じくORの研究者で、共同研究もやっています。よく人に、夫婦で共同研究なんかしてけんかにならないの?と聞かれますが、いつも夫が折れてくれるのでけんかにはなりません(笑)。しかも、夫は金融工学が専門なのですが、私が理論を担当するといった具合に、役割分担ができているので、けんかにならないんですね。ちょうど今も2人で論文を書いていて、仕上げの段階です。家でもよく、研究について議論したり、相談したり、お互いにいい刺激になっています。

ご夫婦で仕事のことや、研究のことを互いに理解して、話し合えるなんて素敵ですね。
ところで、現在、大学ではどんな授業をもっていらっしゃるのですか?

大学2~3年生を対象に、数学のほかに、私の専門であるORの授業を担当しています。それから私の研究室には、大学4年生が6人在籍しています。
東京工業大学で助手として在籍していた研究室は世界的に有名で、博士課程の学生や留学生も多かったのですが、現在の私の研究室は立ち上げたばかりですし、半数くらいは学部だけで卒業する学生なので、ある意味、現在は仕込み段階といったところです。ようするに、学生たちがちゃんと論文を書けるよう、いずれ一緒に共同研究ができるように、育てている段階ですね。
修士課程を含めた3年間でみっちり研究をしたいという学生には最新の研究テーマを与えて、つねにディスカッションを心がけています。一方で、学部で卒業する学生には、研究を楽しんでもらいたいと思っていて、彼らがやりたいことや興味のあることをできる限りサポートするようにしています。
たとえば、ダーツが得意な学生の場合は、趣味を発展させてダーツの最適化の研究をしていますし、フルートを趣味にしている学生は、戦火で失われてしまった楽譜の一部をどうやって復元するか、最適化の手法で研究したりしています。

「最適化法」をより多くの人に
知ってもらい役立てたい

ORの最適化法というのは、本当にいろんな分野に応用できるんですね。

そこが面白いところなんです。進学を決めたときもそうでしたが、私はいろんな選択肢を残しておきたいというか、応用分野を1つに絞りたくないと思っているのです。だから、いつも、テーマごとに色々な分野の人と組んで研究をするようにしています。
数学のなかには、社会で役立つかどうかにかかわりなく、理論を究めていく学問もありますが、私は理論がどう使われるのか、どう社会に貢献できるのか、具体的に応用を見てみないと気がすまないのです。もちろん分野によっては、カルチャーがまったく違っていたり、摩擦があったり、ぶつかることもありますが、だからこそ面白いのです。
さらに、これまで勘や経験に頼ってきた経営判断に、定量的に助言を与えられるというのも、ORならではです。ちょうど昨日、研究者仲間から、携帯電話の基地局を減らそうという役所の計画に対して、電波干渉が起こらないようにするためには、最低いくつの基地局が必要かを、最適化法の手法で提案し、役人を説得してきたという話を聞きました。こんな場面でも最適化法が役立つんですね。
あるいは、私が現在手がけている研究に、機械学習というのがあって、血糖値やインシュリン値などのデータを用いて糖尿病かどうかを判別する場合に、医師の診断に頼ることなく、データを見ただけで機械的に判別する手法を開発したりしています。このように最適化法は、数学そのものの面白さを味わえるだけでなく、実社会のさまざまな場面に応用できるのが醍醐味です。「最適化法って、こんな意外なことにも役立つんだ」と思ってもらえるように、ORおよび最適化法の研究をより多くの人に知ってもらい、役立てていけたらと思っています。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
先生は天才肌というか、集中力とひらめきがすごいんです。逆に集中すると、ほかのことはまったく見えなくなるくらい(笑)。何か聞けば、かならずアドバイスをくれますし、次々にアイデアを出してくれます。いつも明るくて、楽観的に物事を捉える方なので、研究室の雰囲気も明るいですよ。

(取材・構成 田井中麻都佳

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