ORを広く社会に役立てたい

オペレーションズ・リサーチ(OR)の最適化法という応用数学の分野で
活躍する武田朗子さん。
意外にも、幼い頃は学校の成績が悪く、勉強が苦手だったという。
その劣等感をバネに、人より努力し、探究心を持ち続けることで、研究者への道を拓いてきた。
でも、武田さんのやわらかな笑顔に気負いはない。
学問の世界に閉じこもることなく、自らの研究の成果を世の中に役立てたいと、
その目指すところは常に外に開かれている。

Profile

武田 朗子 / Akiko Takeda

管理工学科

不確実性を考慮した最適化技術の開発に従事。最近は、金融工学や統計的機械学習分野における最適化問題を効率よく解くためのアルゴリズムの開発に取り組んでいる。2001 年、博士(理学)を取得後、(株)東芝 研究開発センター 研究員、 東京工業大学情報理工学研究科 助手を経て、2008 年より慶應義塾大学理工学部 専任講師、現在に至る。

落ちこぼれの小学生が一転して研究者に

数学の研究者というと、とても優秀な方しかなれないイメージがあります。
昔から数学の成績はよかったのですか?

実は私、小学校時代は落ちこぼれだったんですよ。学校いち成績が悪くて、親が学校に呼び出されたこともあるほどなんです(笑)。さらに、校内を走り回ったり、校庭の木によじ登ったり、野生児のような子どもだったので、叱られてばかりでした。だから、小学校時代の友人に会って、私が研究者になったと言うと、ものすごくびっくりされるんですよ。
それでも、母が諦めずに、「この子は人よりも進むのが遅いだけなんです」と先生に言ってくれたおかげで、人より勉強すればいいんだなと思うようになったのです。 勉強ができなかった理由は、要領が悪くて、全ての科目をちゃんとやろうとしすぎていたことと、暗記モノが苦手で、数学の公式なんかを覚えていかなかったからなんですね。だからテストでも、公式自体を自分で証明しようとしてしまって、いつも時間が足りなくなってしまうのです。そうしたわけで、高校までは、取り立てて得意科目はありませんでした。高校時代の友人も、私が数学の道に進んだことに、とても驚いています。てっきり文系に進むと思っていたと、よく言われます。
負けず嫌いでもあったんでしょうね。苦手なものを克服したいという気持ちが強かったので、中学、高校では、暗記モノもがんばって、どの科目もまんべんなく勉強するようになりました。だから、とくに数学が好きだったというわけではなくて、正直言うと、やめるにやめられなかったというのが本音です(笑)。
どちらかといえば、選択肢を広くもっておきたいという気持ちだったのかもしれません。自分で言うのも何ですが、努力家なんでしょうね。

努力するうちに、成り行きで数学の道に進まれたということですか? 
将来の夢とか、何をやりたい、ということはなかったのでしょうか?

あまり、貪欲に何かになりたいと考えたことはなかったですね。ちなみに、父はアパレル関係の会社を経営していて、妹も従姉妹も、数年前まで宝塚歌劇団で活躍していましたし、歌って踊るのが好きな家系というか(笑)、研究とは無縁の環境に育ったので、進学の時点では、研究者になろうと思ったことはまったくありませんでした。
高校を卒業して慶應義塾大学理工学部に進み、2年次で管理工学科を選択しました。管理工学科というのは、いうなれば数学的な道具を使って社会の仕組みをつくったり、それをマネジメントするための方法を研究する学科で、研究対象はとても広いんです。スーパーの店内でのお客の動線を計画したり、工場内の生産ラインを考えたり、都市計画などもこの学科で扱います。
私の場合は、修士までは数理経済学を専攻していたのですが、しだいに、数式を解くこと自体に面白味を感じるようになりました。応用分野を限らずに、問題の解き方を考案したり、アルゴリズムを考えて計算機に実装してどう解くかを考えたりといった、数理的な研究をしたいと思うようになっていったのです。そうしたことから、博士課程では慶應義塾大学から、東京工業大学情報理工学研究科に移り、オペレーションズ・リサーチ(OR)の一分野である最適化法を専門に学んで、理学博士号を取得しました。
博士課程での3年間は、難問をいかに解くかということに終始していたのですが、やがて、自分の研究が実社会にどう生かせるのか、実際に確かめたくなっていきました。いったんは社会を見てみたいという思いも強かったので、博士号を取得して、大手電機メーカーに就職しました。そこで、研究所に勤務して、電力会社の発電機の最適化などの仕事に携わることになりました。

企業の研究員を経て母校に戻る

2年後に、再び大学の研究室に戻られたのはどうしてですか?

メーカーでの仕事はとても楽しくて、クライアントに喜んでいただけたり、自分の研究が製品や特許に結びついたり、とても充実していましたし、不満はありませんでした。
一方で、研究室では、研究仲間とお互いの研究テーマについて議論をすることができたのですが、会社では1人で仕事を任されている感じだったので、研究について同レベルで話せる仲間がいなくて、少し寂しい思いをしていたんですね。研究を続けられる状況にはありましたが、特許の関係などから自由に論文を書くことができないのもネックでした。
ちょうど2年たった頃に、「東京工業大学の助手のポストに応募してみたら?これが研究者として大学に戻れるラストチャンスだよ」と言われ、決心をしたのです。
このときまで、私は自分が研究者でやっていけるとは思っていませんでした。自分は天才肌じゃないし、向いてないんじゃないかと……。研究に専念しようと思ったのは、会社を辞めて大学に戻る決心をしたときですから、今から6~7年前。そう考えると、わりと最近ですよね(笑)。

さらに、東京工業大学の研究室から慶應義塾大学に移られたわけですね。

慶應義塾大学に戻ってきたのは、2年前です。ちょうど東京工業大学の研究室に任期付きのポストで戻るときに結婚したのですが、夫が現在、都内の大学の研究者をしているので、同居しようと思うと首都圏の大学にしか移れなくて……。そんな折、ちょうど慶應の公募が出たので、応募したのです。思いがけず母校に戻ることができて、とても嬉しかったですね。

ご主人も同じような研究をされているのですか?

ええ、同じくORの研究者で、共同研究もやっています。よく人に、夫婦で共同研究なんかしてけんかにならないの?と聞かれますが、いつも夫が折れてくれるのでけんかにはなりません(笑)。しかも、夫は金融工学が専門なのですが、私が理論を担当するといった具合に、役割分担ができているので、けんかにならないんですね。ちょうど今も2人で論文を書いていて、仕上げの段階です。家でもよく、研究について議論したり、相談したり、お互いにいい刺激になっています。

ご夫婦で仕事のことや、研究のことを互いに理解して、話し合えるなんて素敵ですね。
ところで、現在、大学ではどんな授業をもっていらっしゃるのですか?

大学2~3年生を対象に、数学のほかに、私の専門であるORの授業を担当しています。それから私の研究室には、大学4年生が6人在籍しています。
東京工業大学で助手として在籍していた研究室は世界的に有名で、博士課程の学生や留学生も多かったのですが、現在の私の研究室は立ち上げたばかりですし、半数くらいは学部だけで卒業する学生なので、ある意味、現在は仕込み段階といったところです。ようするに、学生たちがちゃんと論文を書けるよう、いずれ一緒に共同研究ができるように、育てている段階ですね。
修士課程を含めた3年間でみっちり研究をしたいという学生には最新の研究テーマを与えて、つねにディスカッションを心がけています。一方で、学部で卒業する学生には、研究を楽しんでもらいたいと思っていて、彼らがやりたいことや興味のあることをできる限りサポートするようにしています。
たとえば、ダーツが得意な学生の場合は、趣味を発展させてダーツの最適化の研究をしていますし、フルートを趣味にしている学生は、戦火で失われてしまった楽譜の一部をどうやって復元するか、最適化の手法で研究したりしています。

「最適化法」をより多くの人に
知ってもらい役立てたい

ORの最適化法というのは、本当にいろんな分野に応用できるんですね。

そこが面白いところなんです。進学を決めたときもそうでしたが、私はいろんな選択肢を残しておきたいというか、応用分野を1つに絞りたくないと思っているのです。だから、いつも、テーマごとに色々な分野の人と組んで研究をするようにしています。
数学のなかには、社会で役立つかどうかにかかわりなく、理論を究めていく学問もありますが、私は理論がどう使われるのか、どう社会に貢献できるのか、具体的に応用を見てみないと気がすまないのです。もちろん分野によっては、カルチャーがまったく違っていたり、摩擦があったり、ぶつかることもありますが、だからこそ面白いのです。
さらに、これまで勘や経験に頼ってきた経営判断に、定量的に助言を与えられるというのも、ORならではです。ちょうど昨日、研究者仲間から、携帯電話の基地局を減らそうという役所の計画に対して、電波干渉が起こらないようにするためには、最低いくつの基地局が必要かを、最適化法の手法で提案し、役人を説得してきたという話を聞きました。こんな場面でも最適化法が役立つんですね。
あるいは、私が現在手がけている研究に、機械学習というのがあって、血糖値やインシュリン値などのデータを用いて糖尿病かどうかを判別する場合に、医師の診断に頼ることなく、データを見ただけで機械的に判別する手法を開発したりしています。このように最適化法は、数学そのものの面白さを味わえるだけでなく、実社会のさまざまな場面に応用できるのが醍醐味です。「最適化法って、こんな意外なことにも役立つんだ」と思ってもらえるように、ORおよび最適化法の研究をより多くの人に知ってもらい、役立てていけたらと思っています。

 

どうもありがとうございました。

 

 

◎ちょっと一言◎

学生さんから
先生は天才肌というか、集中力とひらめきがすごいんです。逆に集中すると、ほかのことはまったく見えなくなるくらい(笑)。何か聞けば、かならずアドバイスをくれますし、次々にアイデアを出してくれます。いつも明るくて、楽観的に物事を捉える方なので、研究室の雰囲気も明るいですよ。

(取材・構成 田井中麻都佳

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