私が量子コンピュータを研究するに至るまで

私は現在NTTコンピュータ&データサイエンス研究所で量子コンピュータの研究を行っています。量子コンピュータは原子や電子のようなミクロな世界を記述する物理法則である量子力学の性質を活用して高速な演算を行うことができる新方式のコンピュータであり、化学計算や機械学習をはじめとした様々な応用が期待されています。その中でも、私はNoisy intermediate-scale quantum (NISQ) コンピュータと呼ばれる、現在~近未来の計算エラーも大きく小規模なまだまだ不完全な量子コンピュータに対して、量子アルゴリズムの開発、および計算エラー抑制法の理論研究をしています。量子コンピュータは、それで何か世の中が便利になったという実用化のステージには至っていませんが、成長著しい分野であり世界中の研究機関がしのぎを削って研究しています。私は、将来的に自分が作り出したアルゴリズムやエラー抑制法が必須技術になり量子コンピュータの実用化を早めるものと信じて日々研究を行っています。この記事では、私が量子コンピュータ研究の理論家になった経緯を学生時代の様子も踏まえ振り返ってみようと思います。

私が量子コンピュータ研究を行う経緯として重要なのが、学部4年生になってからの研究室配属です。物理に関心があったものの、特にこの分野がやりたい、ということもなかったのですが、なんとなく難しそうでかっこよさそう程度の理由で物質と光の相互作用を実験的に研究する早瀬研究室を希望し、量子情報を蓄えておくための量子メモリの研究を行うことになりました。本当は理論がやりたかったのですが、成績もまずまずくらいだったということもあり、自分の理論家としての能力に期待がもてず、あえて実験を選びました。結果、自分があまりに不器用で実験に向いていないということを悟りました。

早瀬先生誕生日パーティー
左から3番目 早瀬先生と早瀬先生の後ろでピースをする執筆者

学部時代にはレーザー光を用いた実験を行っていたのですが、いくつレンズやミラーを破壊したかわかりません。それでも早瀬潤子教授や先輩には温かく指導していただきました。じっくり時間を割いて議論に応じていただき、また、理解が遅い私が理解するまで指導していただきました。物理学の教科書や論文は数式を基に書かれることが当然多いですが、早瀬先生は数式に頼るだけではなく「物理的に現象を説明できるように」とよくおっしゃられていました。それは今も大事にしていることです。卒業論文執筆時に、やはり理論研究も行いたかった私は、実験結果を説明する理論構築を試みたうえで、「実験と理論の奇妙な関係」を見出しました。結局それを卒業論文では解決することができなかったのですが、早瀬先生と研究室の先輩にNTT物性科学基礎研究所の理論家である松崎雄一郎博士(現在は産業技術総合研究所所属)を紹介していただき、議論することになりました。松崎先生との出会いは、私の人生を大きく変えることになります。

慶應義塾大学と近隣の小学校との交流
小学生へ研究に関しての授業

また、私は卒業時に大きな決断をしました。それは修士の入学と同時に物理学科の理論研究室に移籍し、理論研究に転向するということでした。理論に関するバックグラウンドが無く、周りとの差がある私に対して、指導教官の古池達彦先生は親身になって指導してくださいました。また、同じグループのメンバーにも頻繁に議論にのってもらい、一緒に自主ゼミを行ってもらいました。初めは研究を行う上で基礎も何もなかった私ですが、古池先生に「実験から培ったセンスがあるのは非常に良いことだ」という旨のことをおっしゃっていただけたのが強い自信になったことを覚えています。そうして徐々に理論研究を行う基礎が身についていきました。当時の、物理と数式に基づく理論がかっちり結びついていく強烈な快感は今でも覚えています。

さて、修士課程に入学した直後の4月に、松崎先生と議論するためにNTT物性基礎科学研究所に赴きました。松崎先生や他の同僚の研究者の方には時間を惜しまず議論にのっていただき、私の卒業論文の「実験と理論の間の奇妙な関係」は解決されることとなりました(古池先生、早瀬先生にも議論に応じていただきました)。これは量子力学の有名な「波動と粒子の二重性」にも直結する結果であり、私はますます研究にのめり込んでいきます。その後、松崎先生にNTTでインターンをするように勧めていただき、松崎先生に指導を受けることとなり、量子コンピュータを実現するための有用な物理系の1つである超伝導量子ビットの理論研究を行うことになりました。人生で初めての投稿論文もこのインターンの間に書くことになりました。そして、松崎先生はよく「量子コンピュータの最先端理論研究を行うなら海外に留学するべき」とおっしゃられていて、自然と海外留学を志すようになりました。

オックスフォード在籍時のポスター発表

松崎先生もイギリスのオックスフォード大学に博士課程で留学されたご経験があり、その経験を生かして留学のためのアドバイスまでしていただきました。結果、私も修士課程修了後、理化学研究所での研究員を経てオックスフォード大学に進学し、Simon Benjamin 教授のもとで今の研究分野を研究しました。Simon Benjamin 先生も素晴らしい指導者であり、世界最先端の研究を行うことができたと胸を張って言えます。

高台から見える早朝のオックスフォード

妻と公園で

卒業後にNTTでお世話になったこともあり、NTTに恩返しがしたいと思い入社し、今に至ります。
こう考えると、今の自分があるのは非常にたくさんの方にお世話になったからであると、しみじみと感じます。これから様々なキャリアを歩まれる後輩の方々にも、人との出会いを大切にし、その意味を自分なりに考えながら、素敵な人生を歩んでいっていただきたいと心から願っています。

プロフィール

遠藤 傑
(東京学芸大学附属高等学校 出身)

2014年3月
慶應義塾大学物理情報工学科 卒業

2016年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻前期博士課程 修了

2016年4月
国立研究開発法人理化学研究所 Junior Research Associate

2019年11月
University of Oxford, Doctor of Philosophy in Department of Materials

2020年1月
NTTセキュアプラットフォーム研究所 入所

2021年7月
NTTコンピュータ&データサイエンス研究所 入所

現在に至る

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