私は現在シンガポールの研究機関、A*STARにてブロックチェーンの研究に従事しています。それまで慶應義塾大学では学部から博士、また教員として計12年間お世話になりました。今回は主に高校生に向けたコラムということで、自分が当時どう進路を選んだのか、その後慶應義塾大学でどんなことを学び今に至ったかを思い出して書こうと思います。これを読んでいる方が進路を決める際のヒントになれば嬉しいです。

私の通っていた高校では、オープンキャンパスに行ってレポートを書くという夏休みの宿題がありました。いくつかの大学を訪れましたが、慶應義塾大学の情報工学科の研究室見学ツアーに参加すると、対応してくれた学生達がとても楽しそうに自分達の研究成果を見せてくれました。そして、自分はこの大学で学ぶんだ、と不思議な直感みたいなものを感じて帰ったことを覚えています。ついでに研究者って響きもかっこいいなあと感じ、ちょうど高校の卒業文集も書かないといけなかったので、そこに研究者になると書きました。

その後無事に入学し、情報工学科に進みました。本学理工学部では学部4年生から研究室に配属されるため、学部3年生のときに改めて研究室見学にいくと、参ったな、どこも楽しそう。ただその中でも無線通信やネットワークに関する研究をしている笹瀬巌先生の下に見学に行くと「なんでも好きな研究していいよ。」という衝撃的な一言が。他人にあれやれこれやれと言われるのが嫌いな私はこの研究室がぴったりだと思い、笹瀬研究室に入りました。するとまず先生から「試験勉強は問題も与えられていて答えも決まっているけど、研究はまず問題を自分で探して、その問題をどう解くかも自由だよ」と助言をもらいました。自分は数学や物理などの難しい問題はさっぱり解けませんでしたが、「難しい問題を解くだけが研究じゃない。自分が解ける問題を、自分なりの方法で解けばいいのだ。」その自由さが自分に向いているかもと感じました。

研究室同期と卒業旅行で中国・三亜に。

オープンキャンパス学科見学ツアー。
今度は自分が研究室を紹介する側に。

笹瀬先生と学会で訪れたブダペスト。
先生とはいろいろな都市に行きました。

大学院1年のときに学部の卒業研究の成果を国際学会で発表することになりました。日本に生まれ育ち、それまで英語で論文を書いたことがなかったのですが、笹瀬先生との何十往復にも渡る添削のおかげでなんとか採録され、生まれて初めて英語でプレゼンをすることになりました。実際に国際会議に参加してみると、英語がうまく話せないことに愕然としましたが、発表を聞いてくれた参加者が「これ卒業研究でできるなんてすごいよ」と言ってくれて、いま考えてみるとお世辞だったと思うのですが、「卒業研究程度でも世界に評価されるわけだし、何より学会で世界中行けるなんてなんと素晴しい!」と、とてもいい気分になって帰ってきて、博士課程への進学を決めました。

博士課程に進学すると、前より視野が広がり、いろいろ面白そうな研究テーマに目移りしていました。さすがに自分一人でやるには時間がいくらあっても足りなかったので、先生に了解を得てまだテーマが決まっていない後輩学生の研究の面倒も見るようになりました。学生と書いた論文が論文誌に採録されたときには自分のことのように嬉しくなり、さらには「豊田さんみたいになりたい!」と博士課程に進むことを決めた学生を見て、生まれて初めて人の役に立ったという幸せな気持ちになりました。1人でも2人でもそういう人が出れば嬉しいと博士号取得後は大学教員になりたいと思っていたところ、縁があり同学科の大槻知明先生の下で助教をすることになりました。

博士号を取れる見込みが立ったときに1ヶ月程時間があったので、「若手研究者育成ものづくり特別事業 」という海外の大学や研究機関にある程度の期間滞在し、その間の滞在費や研究に必要なものは大学が負担してくれるという制度があり、それを利用してアテネ大学のP. Takis Mathiopoulos教授の下で約1ヶ月共同研究をしました。そのときに、仮想通貨ビットコインで生まれた技術であるブロックチェーンに関する研究を思いつき、帰国後も大槻先生の下でその研究を継続しました。

アテネ大学Takis先生とアクロポリスを背景に。

アテネ大学の研究室。みんないろいろな国から来ていました。

大槻先生は常に国際的にトップレベルの学会や論文誌にチャレンジされていて、自分もより高いレベルを目指して研究する姿勢を学びました。また大槻研究室は留学生が多かったので日本にいながら英語も上達し、次第に国外で働きたいと思い始めました。するとたまたま大槻研で学位を取得された留学生がシンガポールの研究機関A*STARで働いていることを思い出し、連絡してみるとすぐに彼のボスから連絡があり面接を受けることに。そしてその翌年の4月からそこで研究員として働くことになりました。

大槻先生と学生で訪れたアブダビ。
留学生が多くて楽しかったです。

シンガポールでビットコインに関する研究成果発表 (大槻研所属の頃)。ついでに今お世話になっている職場に挨拶に行きました。

国は違えど研究のやり方は共通。笹瀬先生、大槻先生、Takis先生の下で学んできたことはそのまま活きています。シンガポールに来て早いもので3年が経とうとしています。次はどんなチャンスがあり、どんな選択をするのか、自分でも楽しみです。

いつどこでチャンスや転機に出会うかはわかりません。私の場合はオープンキャンパス、研究室選択、学会、先生、先輩、後輩との出会いでした。やりたいことなんて無いよ、と進路選択に悩んでいる方は少なくないと思います。大丈夫、焦らずできることからやりましょう。まずはどんな大学があって、どんな先生がいて、どんな研究がなされているのか調べてみましょう。日本だけでなく海外もいいかもしれない。その一歩が素敵なチャンスに繋がるかもしれません。

妻とシンガポール名物のカクテル、シンガポールスリングを。

プロフィール

豊田 健太郎 (とよだ  けんたろう)
(武蔵工業大学付属高等学校 (現・東京都市大学付属高等学校) 出身)

2011年3月
慶應義塾大学理工学部情報工学科 卒業

2013年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修士課程 修了

2016年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程 修了

2016年4月
慶應義塾大学理工学研究科 特任助教、のちに助教、その後訪問助教

2019年4月
Singapore Institute of Manufacturing Technology (SIMTech), A*STAR, Singapore Scientist

現在に至る

受賞歴
2015年度 慶應義塾大学理工学部「藤原賞」受賞

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