1997年に慶應義塾大学に入学し、学部、修士、博士、そして助教と、 2009年まで12年もお世話になりました。ちょうど入学から20年目となる節目、2017年に、こうして振り返りの機会をいただき、自身でも楽しく執筆させていただいています。できの悪い学生だった私が、こうして寄稿できるのも、良い恩師、同期、先輩たちに恵まれたお陰だと思います。この場を借りてお礼を申し上げます。

大学2年時に情報工学科を志望したのは楽しそうだからという軽い気持ちからでした。特に情報工学科はできたばかりの学科で漠然とした未来を感じていました。4年生の研究室選びでは、ちょうど携帯電話が広がっている頃だったので、通信に関する研究が楽しそうだなと思い、笹瀬研に見学に行くと、博士がたくさんいるとても活気のある研究室で楽しそうだと思って即決しました。そこから、はや17年が経ちましたが、笹瀬先生や博士からお世話になった山中先生はもちろんのこと、先輩後輩、そして同期に恵まれ、矢上で過ごした時間は人生の中の大切な思い出です。2009年に慶應を離れてから、福岡、フランス、ドイツ、奈良、と移り住み、現在は、米国ロサンゼルスに住んでいます。本職は、奈良先端科学技術大学院大学の、IoTやAIなどを取り扱うユビキタスコンピューティングシステム研究室の准教授なのですが、国際共同研究のためUCLAに長期滞在しているところです。

笹瀬研や山中研での思い出写真1

笹瀬研や山中研での思い出写真2

しかし、大学時代、大学院時代をご存知の、笹瀬先生、山中先生、そして諸先輩方からすると、現在の私が、研究者であることも、その研究分野も、海外にいることも、すべて意外だと思います(笑)
 
と言うのは、学生時代は、研究よりも起業に興味があり、研究はそこそこに、西野さん(塾員来往[第68回]寄稿者)の会社に入り浸っていました。先生方のサポートで何とか論文を通すことができ、博士は取れたものの、アカデミックの道など考えてもみませんでしたし、考えたところで駄目だったでしょう。

この頃は、研究としては光ネットワークに取り組みつつ、趣味で起業に向けたソフトウェア開発という二足の草鞋状態でした。IPAの未踏ソフトウェアに採択されたりもしたのですが、やはり力が分散してしまうため、趣味のようにやっていた事を研究対象にしたいと思い、32歳の頃に、思い切って、大学を移り、研究分野を変更する決意をしました。学部、修士、博士、そして助教と、9年もやってきたものを捨てるのは怖かったのですが、笹瀬先生がよくおっしゃっていた「555作戦」というのが心の支えになりました。「555作戦」とは、1日5時間、週5日、5ヶ月やれば、別の分野でも論文は書ける、 というものです。

そして、好きこそものの上手なれという感じで、新しい研究領域でもすぐに研究成果がでるようになりました。スマートフォン上のアプリケーションの研究していたのですが、ちょうどその頃に、クラウド連携などが広がり、通信に関する知識があったことで新しいソフトウェアのアイデアが湧き出てくる感じでした。あれだけ苦労した論文も次々と採録され、賞も多数いただき、新しいコミュニティに溶け込むことができました。その後、フランス、ドイツに留学することもでき、気づくと、奈良先端大の准教授になり、アカデミックの道を歩んでいます。

ACM UbiComp/ISWC2016にて

ACM UbiComp/ISWC2016 Best Demo Awardを受賞した独自センサSenStick

私も自分がこのような人生を送るとは想像もしていませんでしたが、直感に従って研究領域を変更する決断をしてよかったなと、今は思います。

起業から遠ざかって、10年が経ちますが、まだ心の片隅にその炎は灯り続けています。学生の頃は『コアコンピタンスは?』とよく山中先生に突っ込まれていましたが、今となってはその言葉の意味もよくわかるようになり、コアコンピタンスを求めて研究しています。ユビキタスコンピューティングという言葉はすでに古い言葉になっていますが、いよいよAIが社会に浸透していく時代が到来しようとしています。その中で、最先端の研究を通して、社会貢献ができればと思っています。昨年は、IoTに関する研究を加速するSenStickというセンサボードを開発し、ACM Ubicomp/ISWCという難関会議でBest Demo Awardを受賞するとともに一般販売まで漕ぎ着けました。こうしたアウトプットを通じて、山中先生が私にしてくれたように、夢を追いかける次世代の人材をサポートしていきたいと思っています。

国際会議やイベントで恩師の先生とパシャリ (CCNC2015@Las Vegas)

国際会議やイベントで恩師の先生とパシャリ (情報処理学会全国大会2016@矢上)

これからの皆様へのアドバイス

人生一回きりですので、自身の直感で面白い!と思ったことにチャレンジしてみてください。そして、555作戦です。スティーブ・ジョブズのConnecting the dotsという言葉で集約されますが、一生懸命やったことは、いつかどこかで繋がり役に立ちます。私も、起業という夢を追いかけたことで、アカデミアとしては遠回りした気分になっていましたが、その経験があったから、今の研究、教育ができていると最近は実感しています。

プロフィール

荒川 豊(あらかわ ゆたか)
(久留米大学附設高等学校 出身)

2001年3月
慶應義塾大学理工学部情報工学科 卒業

2003年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修士課程 修了

2006年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻博士課程 修了

2006年4月
慶應義塾大学大学院理工学研究科 特別研究助手/助教

2009年3月
九州大学大学院システム情報科学研究院 助教

2011年11月
フランス トゥールズ大学ENSEEIHT 客員研究員

2012年1月
ドイツ 人工知能研究所 客員研究員

2013年3月
奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科 准教授

2015年8月
大阪府立大学・文章解析・知識科学研究所 客員研究員(兼務)

2016年4月
大阪大学・大学院情報科学研究科 招へい准教授(兼務)

2016年6月
一般社団法人ブロードバンド推進協議会 理事(兼務)

2016年7月
九州大学スマートモビリティ研究開発センター 客員准教授(兼務)

2016年12月
JSTさきがけ 研究員(兼務)

2017年8月
米国 UCLA 客員研究員(兼務)

2017年8月
一般社団法人ドローン自動飛行開発協会 参与(兼務)

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