卒業して27年、年齢も50歳を過ぎると、人との出会いや自分の進んできた道が運命的と思うようになるのはなんとも不思議なものです。近頃では現在の自分は運命に誘われたのだと切に思うようになりました。

私は高校時代、医学部を志望していましたが、高校3年生だった1982年の受験では、慶應、早稲田の理工学部は合格したものの、国立大、慶應の医学部は不合格という結果になりました。しかしながら、不思議なもので、浪人して医学部を再度目指そうという気は全く起きず、同年4月、慶應義塾大学理工学部に入学しました。振り返ればこれが運命の始まりだったのでしょうか。入学当初、高校時代の医者になりたいという気持ちが大きすぎたせいか、大学で何をしたいのかがわからずにいましたが、1年生の後期の竜田邦明助教授(当時、現在、早稲田大学名誉教授、栄誉フェロー)の有機化学の授業で私は大きな衝撃を受けました。

最初の授業で先生はご自身の最近の研究成果についてお話をしてくださり、それはD-グルコースからマクロライド系抗生物質を全合成したという内容でした。その有機化学は高校までに習ったそれとは全く違い、砂糖から抗生物質を作るといったそのスケール感がなんとも衝撃的で、”これが大学の研究なんだ。“とただただ感動しました。この時、将来、有機合成化学を専攻することを決め、4年生の卒業研究では木下・竜田研究室に配属され、その後の大学院修士課程までの計3年間、竜田先生にご指導いただきました。先生のご指導は非常に厳しいもので、実験は朝早くから夜遅くまで行い、1日3回のディスカッションは非常に厳しく、よい緊張感を伴った環境下で研究に没頭しました。私の修士課程での研究課題は”14員環マクロライド系抗生物質オレアンドマイシンの生体類似全合成”であり、先生のご指導のおかげで、この研究における重要な鍵化合物となったポリケチドラクトン、生合成前駆体、アグリコン部であるオレアンドライドの合成とそれに対する配糖化に世界で初めて成功し、4つの論文にまとめることが出来ました。このときの研究経験、先生から学んだ研究哲学が、現在の私の仕事の礎になっていることは言うまでもありません。

修士1年(1987年、実験室にて)

1988年に三共株式会社(現、第一三共株式会社)に入社し、その後の13年間、化学系の研究所で探索研究に従事しました。入社3年目の9月に “砂糖をベースとした新薬の探索研究”を行うグループへ異動となり、そこでは、当社で単離された糖類水解阻害剤トレハゾリンの全合成研究を行うことになりました。 “砂糖、天然物、全合成“というのが慶應時代の研究でのキーワードでしたが、製薬会社でまさかこのキーワードで仕事をするとは全く思っていませんでしたので、この巡り合わせには驚きました。1994年、この全合成の仕事で学位を取得したのですが、この後も先述のキーワードでの仕事が続きました。1995年~1998年までインフルエンザ治療薬(ノイラミニダーゼ阻害剤)の探索研究(ここでは砂糖の一種のシアル酸をモチーフにしました)を、この間に1996年7月からの1年半は米国・カリフォルニア州サンフランシスコのベンチャー企業、グライコメド社との細胞接着物質シアリルLeXをモチーフとした接着阻害剤の探索に関する共同研究に参加、帰国してからは抗生物質の合成研究をし、結局、会社での研究の軸も大学時代のものと期せずして同じになり、なんか不思議な縁を感じました。

入社後の学会発表

Glycomed(San Francisco時代)

2003年~2007年まで、2度目の米国駐在(サンディエゴ)をしました。このときは研究企画、アライアンス関連といったどちらかというとビジネス寄りの仕事をし、その後、2007年10月に東京に戻り、前述の自分たちが研究所時代に見出したノイラミニダーゼ阻害剤の臨床開発をマネジメントすることになりました。製薬会社で自分たちの見出した化合物を自分で開発を進めるという経験は滅多にできません。これもなにかの縁なのでしょう、お互いがお互いを引き寄せるような感じでこのプロジェクトを担当することになりました。開発は難儀を極めましたが、2010年に治療について、2013年に予防について承認を取得し、現在、“一回で治療完結するインフルエンザ治療薬イナビル®(製品名)”として、医療現場で使用されています。2012年に古巣の化学系の研究所に戻り、2015年4月に創薬化学研究所長の任に就きました。約10年間研究現場から離れ、その後研究所に戻った例は当社では今までにありません。一方で、入社して27年、気がつけば、自分が製薬会社の研究開発に関連するほとんどの仕事を経験していました。今後も今までの私の経験をフルに活用して、新しい薬を見出していきたいと考えています。

San Diego駐在時代(オフィスで)

大学での有機合成化学を専攻し、紆余曲折あったものの、結局、今も研究を続けている自分がいます。“これは運命的なのか?”と未だにその自問は続いています。

プロフィール

小林 慶行(こばやし よしゆき)
(神奈川県立厚木高等学校 出身)

1986年3月
慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業

1988年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程 修了

1988年4月
三共株式会社(現 第一三共株式会社) 入社

2015年4月
第一三共株式会社 研究開発本部創薬化学研究所所長

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