私は現在、東京工業大学で教員の職に就いています。大岡山と日吉とは電車一本で結ばれていることもあり、慶應義塾大学の存在感を常に肌で感じています。今回この稿に筆を執るにあたり、少し昔懐かしい記憶に思いを馳せてみました。

入学→日吉キャンパス

自分としてはめずらしく、高校でコツコツと成績を稼ぎ、最終的に推薦という形で慶應義塾大学に入学することができました。内申書を提出して認められれば、面接もないという驚きのシステムでした。成績の追跡調査があると知ったのは、その後のことです...。

自分が籍をおいたのは理工学部のIII系(化学)です。ですが、最初の2年間は、他学部の学生と一緒に日吉キャンパスで過ごせたので、この間、特に「理系人」を強く意識することはありませんでした。いろいろな人と出会い、非常によい時を過ごせました。大学というところは(特に慶應?)驚くほど自由な場所で、その気になれば、あらゆることに道を拓くことができる、という実感を得ました。反面、自分自身で進むべき道を見つけないといけないという、プレッシャーも感じました。

入学後はテニスサークルに入り、4年生の卒業研究が始まるまでは、日々お気楽に過ごしました。バイトも積極的に行いました。ただ、家庭教師などは自分の性に合わなかったので、ひたすらガテン系の徹夜バイトに明け暮れました。おかげで1年後には自力で愛車をゲットできました。

矢上キャンパス

日吉キャンパスをくぐり抜け、一度谷を下って、また少し登ると矢上キャンパスが現れます。華やかな日吉キャンパスと比べると、落ち着いた(?)雰囲気に包まれており、はじめはそのギャップ(疎外感?)に戸惑いました。しかし、いざこちらに来てしまうと、こういう環境のほうが、むしろ自分には馴染むと感じました。

3年生になると、授業の専門性が一気に高まり、もはやこれまでのように授業を片手間(?)でこなすことは困難でした。しかし、逆に化学の奥深さを知る機会を得、その魅力に俄然引き込まれました。
白状しますと、実は高校時代、私は化学が嫌いでした。端数の多い計算が頻出し、理由なき(本当はありますが)暗記事項が多かったからです。授業で実験が少なかったことも一因だったと思います。

では何故、化学の世界に身を投じたかというと、実は、有機化学にだけは特別に興味がありました。はじめて目に触れたときのワクワク感は今も忘れません。生命現象の根幹を司り、小さな分子が巨大分子の働きを精密にコントロールする。そんなことが本当に可能なのか?...興味が尽きませんでした。残念ながら、高校では有機化学をほんの触り程度しか勉強できなかったので、大学に入ったら是非これを詳しく勉強してみたいと思っていました。弁解するようですが、大学に入ってからの化学の授業は、有機化学に限らず、みなとても新鮮で興味深いものでした。この時期に学んだことは、その後の研究・教育において、大いに役立っています。

矢上での授業風景(?)

研究生活

恩師である山村庄亮先生の研究室(天然物化学)の門を叩いたのは、第3学年も残り僅かとなった2月の半ばのことでした。訪問日は土曜だったのですが、先輩方は皆、忙しそうに実験室内を動き回っていました。この研究室で有名なのは、なんといっても「おじぎ草はなぜ動くのか、その謎を化学の目で突きとめる」という研究でしたが、その他にも複雑な天然物の単離や合成などが、独自のアプローチで進められていました。

海洋天然物の採集...

おじぎ草のお世話...

当時は、教授の山村庄亮教授を筆頭とし、志津里芳一先生(助教授)と西山繁先生(専任講師)がその脇を固めるという、強力な布陣で研究が展開されていました。さしづめ、天然物化学界の黄門様と助さん、格さん、といったところでしょうか。

驚いたことに、訪問してみると既に自分の研究テーマが決まっており、その日からいきなり実験が始まりました(土曜日なのに...)。テーマは、海洋生物由来のマクロリド(ブリオスタチン)の合成研究です。見るからに「でかもの(・・・・)」であり、一筋縄ではいかなさそうなことが、シロウト目にも明らかでした。

研究室内で数々の実験テクニック、ノウハウ等を伝授してくださったのが、鈴木孝之さんでした(当時修士2年)。私の師匠です。不運にもご病気で早くして亡くなられてしまいましたが、私は、その時の教えを心に深く刻み込み、今でもそれらを忠実に守っています。

結局、勢い余って修士、博士と進学し、残りの5年間をこの研究室で過ごしました。その間、(当然ですが)多くのことを学ぶことができました。肝心の「でかもの」の合成は、いいところまでいったものの、結局完成には至りませんでした(その後、超優秀な後輩達(小櫃徹夫君、小川泰之君)がきっちり完成させてくれました)。

合成ターゲット

於、山村邸。修士卒業時、食事に招待していただきました。同期三人衆(右から私、石島君、宮田君)、そして山村先生

東工大 大岡山キャンパス

ということで、私自身は博士号を半分オマケで貰ったようなものですが、大変ありがたいことに、当時、隣の部屋で研究室を主催していた鈴木啓介教授がお声をかけてくださり、(お隣の研究室の)助手の職に就くことができました。そして、鈴木先生と、当時その研究室の助手であった松本隆司先生と共に東工大に移り、新たな研究室を立ち上げました。

以後、15年間私はずっと大岡山に留まっていますが、不思議なことに年を追うごとに慶應義塾への愛校心が増しています。折しも今年、化学科7期生の学部卒業20周年記念パーティーが慶應の日吉で催されました。皆元気で、それぞれの世界で大いに活躍していましたが、それを見て自分にも元気がフツフツと沸いてきました。この時ほど同級生の繋がりの大切さを実感したことはありません。自分は決して「慶應ボーイ」ではありませんが、やはり私にも「塾員」としての血が通っていたようです。

学部卒業20周年記念パーティー(於日吉)(化学科7期生と先生方)皆さん、ほとんどかわらない!(驚)

プロフィール

大森 建(おおもり けん)
(神奈川県立新城高等学校 出身)

1991年3月
慶應義塾大学理工学部化学科 卒業

1993年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻修士課程 修了

1996年3月
慶應義塾大学大学院理工学研究科化学専攻博士課程 修了

1996年4月
東京工業大学理学部化学科 助手

2007年11月
東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻 准教授

受賞

2000年
手島記念研究論文賞 中村賞

2002年
日本化学会 進歩賞

2004年
有機合成化学協会 研究企画賞

2008年
東工大挑戦的研究賞

2008年
Merck–Banyu Lectureship Award(MBLA)

専門研究分野
有機合成化学,天然物化学

趣味
おやつ、車の運転

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